第六章「《退魔光剣》、復活!?」その2
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「な、何なのよ、こいつ~!?」
闇の中から姿を現したその男--アルカザールのあまりに禍々しい姿に、クリスは完全に半ベソ状態だった。
「この邪気……ただのアンデッドじゃない……もしかして『死霊』か!?」
クリスを抱えたまま、ヒョウもまたゴクリと唾を飲む。『死霊』とは生前高位の魔道士だったものが、怨念を残して死にきれずアンデッドと化したものだと聞いている。さっきのスケルトン風情など比較にならない、いわば上級アンデッド!
「へっ、どんな奴が出てくるのかと思えば、別にさっきの骸骨共に服着せて髪を生やしただけじゃねぇか!」
不敵に笑うジークだったが、そんなジークに向かってヒョウが鋭く叫んだ。
「馬鹿野郎、うかつに近付くな! 上級アンデッドには触っただけで相手の生命力を吸い取る《死の接触》があるんだ! しかも奴は魔道士……どんな魔道を使ってくるか分からんぞ!」
「……!」
その言葉に、さすがの強気なジークも、慎重にシェルザードを構え直す。
--ククク、サッキマデノ威勢ハドウシタ?
そんな一行の反応を楽しむように眺めていた『死霊』=アルカザールだったが、そのかつては眼であった空洞に燃える赤い光が《銀の聖女》の姿を捉えた時、まるでギョッとするかのように大きくなった。
--マ、マサカ、オマエハ《銀ノ聖女》!?
「あらら、やっぱりばれちゃいましたかー」
困ったようにポリポリと可愛く頬をかく《銀の聖女》に、ジーク達も驚いて振り返る。
「知り合いなのかよ!?」
その問いに《銀の聖女》が答える前に、アルカザールが感慨深げにつぶやいた。
--五百年振リダナ、マサカココデ愛シイオ前ニ会エルトハ……!
「ねぇ、今あいつ『愛しいお前』とか言ったよ!?」
更に驚くクリスの前で、《銀の聖女》はタハハと苦笑いを浮かべた。
「いやぁ、五百年前、《神の代理人》のお仕事で、ある冒険に彼を誘ったんですが、その時にやたらと惚れられてしまいましてー」
「……どうせお前のことだから目標達成のために、その気持ちをうまく利用してたんだろ?」
「で、困ったことに冒険の後も、随分ストーカーチックに迫られちゃいまして」
ジークの突っ込みは軽くスルーして、《銀の聖女》がため息をつきながら続ける。
「だから諦めてもらおうと、ちょっとばかり難しめの条件を出したのですが……」
--ソウダ。オ前ハアノ時、伝説ノ宝珠《太陽石》ヲ手ニ入レテ来タラ、私ノモノニナルト約束シタデハナイカ! ダカラ私ハ何年モカケテ《太陽石》ヲ探シ求メ、ツイニコノ谷ニ来タノダ!
「……ってことは、もともとはてめぇが全ての元凶じゃねぇか!」
ジークが再び突っ込むが、《銀の聖女》は全く悪びれた様子も見せずに言った。
「まぁその時は《太陽石》がどこにあるのか分からなかったから、見つけてもらえるならそれはそれでいいかなーって思ったんですけどねー」
そしたら貰うものだけ貰って逃げちゃえばいいだけだしぃ♪ あっけらかんと笑う《銀の聖女》に、突っ込むのを諦めた三人がひそひそと言葉を交わす。
(……何だか最初に聞いてた話と随分違うみたいですね)
(なんかボク、あの《死霊》がちょっとだけ可哀想になってきたよ……)
(何が《銀の聖女》だ。どう考えても一番あいつが邪悪じゃねぇかよ)
--マァヨイ。確カニアノ時ノ私ハオ前ニ利用サレテイタノカモシレヌガ、肉体コソ滅ボサレハシタモノノ、コウシテ《太陽石》ヲ手ニ入レルコトデ、私ハカツテノ何十倍モノ魔力ヲ身ニ付ケルコトガデキタ!
アルカザールはそう言うと、灰色のローブの胸元に白骨と化した指を入れ、中からペンダントのようなものを引きずり出した。
ペンダントにはめ込まれた真紅の宝玉が、まるで小さな太陽のように煌めく。
それこそまさに--シェルザード最後のパーツである《太陽石》であった!
--ドウダ、《銀ノ聖女》ヨ! コレデ約束通リ私ノモノニナレ!
アルカザールの赤い瞳が、五百年越しの妄執に燃え上がる。
「見直しましたわ、アルカザール。本当に《太陽石》を見つけ出すなんて☆」
そんなアルカザールに、《銀の聖女》はニコッとその『通り名』にふさわしい微笑みを浮かべてみせた。
「でもね、申し訳ないんだけど、その約束は守れないの……」
だがその後、少しだけすまなそうに肩をすくめてみせた《銀の聖女》の姿が、次の瞬間、ボンと白い煙に包まれた!
その煙の中から浮かび上がってきた姿を見た瞬間、アルカザールのアゴの骨がカクンと外れた。
だってワシは雄猫じゃしなぁ、元の姿に戻ったニャーゴロがカラカラと笑う。
その言葉にとどめを刺されたのか、アルカザールの骨だけの身体は、ショックのあまりアゴに続いてバラバラと崩れ落ちてしまった。
「た、倒した……のか?」
「な、なんだかホントに可哀想な気が……」
正直、敵ながら気の毒になるジーク達だったが、張本人であるニャーゴロはいたって平然とした様子であった。
「ほれ、何をしとる。早く《太陽石》を回収せんか」
「あ、ああ……」
ニャーゴロに促されて、シェルザードを構えたままジークがアルカザールの残骸へとにじり寄る。そして左手を伸ばし、骨の上に転がる《太陽石》をつかみ取ろうとした--まさにその時であった!
--フザケルナァァァァァ!!!
突如、残骸から凄まじい量の邪悪な気がほとばしったかと思うと、散らばった骨々がたちどころに集結し、アルカザールの身体を再構築した!
「うわっ!?」
慌てて飛び退くジークの前で、復活したアルカザールが、全身に怒りのオーラをみなぎらせて絶叫する。
--コノ俺ヲ……ヨクモ……ヨクモ五百年モ騙シテクレタナ!!
そしてワナワナと震えながら、アルカザールが呪文の詠唱を始める。
その両手の間に黒い球体のようなものが出現し、それはみるみる膨れあがっていった!
--タダ殺ダケデハ飽キタラヌ! 貴様ラ皆、地獄ノ苦シミヲ味ワッテカラ死ヌガイイ!
「わ、ちょっと待て、俺達はただのとばっちりじゃねぇか!」
アルカザールからあふれる魔力のあまりもの凄まじさに、さすがのジークも狼狽える。だが、もはや何を言っても無駄な状態であることを悟ると、ジークは一か八かとばかりに、呪文を唱え続けるアルカザールめがけて突進した!
「させるかぁぁ!」
ジークの叫びとともに、シェルザードがうなる!
だが、シェルザードの刃がその身体を断ち切るよりも一瞬早く--アルカザールの呪文が発動した!
--《魔夢地獄》!!
アルカザールの両手の隙間から、暗黒の波動がほとばしる!
「うわあっ!?」
「な、何だっ!?」
「きゃぁぁぁぁ!?」
黒い魔力の奔流は一瞬でジークを、そしてそのままの勢いでヒョウとクリス、続いてニャーゴロを飲み込んでいく! たちどころにして空間が不気味な暗黒に支配され、同時にジーク達の意識もまたその暗黒に塗りつぶされていく!
--ケケケケ、苦シムガイイ! ソシテ苦シミ抜イテ死ヌノダ!
アルカザールの哄笑が暗黒の空間にこだまする。
その不気味な笑い声を聞きながら、ジーク達の意識は完全に闇の中へと墜ちていった。
5
クリスは8歳の、まだ母親が生きていた頃に返っていた。
柔らかな春の日差しに心地よく暖められながら、クリスは元気一杯にラコールの町を駆け回った。
クリスはこの町が大好きだった。残念ながら一緒に遊べる同じ年頃の子は少なかったけれど、明るいクリスはどこに行っても人気者だったし、それにこのにぎやかな町ではいつでも友達を見つけることができる。
今日の友達は八百屋の裏の路地で出会った、一匹の白いむく犬だった。
犬は人なつっこく尻尾を振って、ペロペロとクリスのほっぺを舐めてくる。
「きゃはっ☆ くすぐったいよ~」
クリスは眼を細めると、それっ! とばかりに駆け出した。
その後を犬がワンワンと追いかけると、クリスは歓声をあげて速度を速める。
昼下がりのラコールの町を舞台に、少女は夢中で犬との鬼ごっこに興じ続けた。
だが、遊んでいる内に次第に日が傾き、やがてクリスは家に帰らなくてはならない時間が来たことを悟った。
「あっ……もうこんな時間だ」
クリスは立ち止まると、軽く汗をぬぐいながら呼吸を整えた。
「じゃあね、ワンちゃん♪ また遊ぼ!」
ニッコリ微笑むと、クリスは何となく名残惜しそうな犬に手を振って、再び走り出していた。
夕暮れの町を駆けながら、クリスは家で待っていてくれる母親と、温かい夕食を思い浮かべた。
クリスには父親がいなかったが、そのことを寂しいと思ったことはほとんど無かった。何故ならクリスには優しい母親がいてくれたから。
その暖かな温もりに包まれるだけで、クリスはどんなつらいことにも、寂しいことにも耐えられるような気がするのだ。
母親はクリスにとって、唯一のかけがえのない宝物だった。
「お母さん、ただいまっ☆」
クリスは勢いよく家のドアを開けた。
しかし家の中は真っ暗で、返事も無い。そんな事はこれまでに一度も無かった事だった。
「……お母さん?」
クリスは不意に猛烈な不安に襲われると、震える声でもう一度呼びかけた。
だが、やはり返ってきたのは沈黙だった。
「……」
クリスは不安に耐えきれなくなって、ランプに明かりを灯してみた。
「……!?」
母親は床にうつぶせになって倒れていた。ランプの薄明かりに照らされた床には、赤い血がにじんでいる。
「お母さん!?」
クリスは小さな腕で懸命に母親の身体を揺さぶった。しかし母親はピクリともしない。どうやら血を吐いたらしく、口元から頬へと赤黒い血の線が流れていた。
「うそ……」
心の底から喩えようもない哀しみと、絶望的な恐怖がじわじわと沸き起こってくる。クリスは目の前が急に真っ暗になっていくのを感じた。
「そんな……そんな……お母さん! 起きてっ! 死んじゃいやだよぉぉ!」
クリスは絶叫すると、すでに冷たくなった母親の身体に泣き伏した。
「お母さーーーーーーん! 起きてよーーっ!!」
だが--その時であった!
突然、母親の目がカッと見開かれたかと思うと、その両手がいきなりクリスの首をつかんだ!
「……!?」
驚愕するクリスの首を、母親が無表情のまま下からぐいぐいと両手で締め上げる。だが、その瞳だけはまるで血のように赤く、薄闇の中で妖しく光っていた。
息が出来ない苦しさの中、その手を振りほどこうと懸命にもがくクリス。必死の力が通じたのか、やがてかろうじて母親の手を首から引き離すことに成功すると、クリスは激しく咳き込みながら飛び退いた。
その目の前で、相変わらず無表情のまま目だけを赤く光らせた母親が、ゆらりと起きあがる。そしてその血のこびりついた口元が、にい……と笑うかのごとく不気味に歪んだ。
「ひっ……!」
クリスはこみ上げる恐怖に押され、母親に背を向け駆け出した。とにかく一刻も早くこの家から逃げなきゃ……!
だが、入り口のドアを開けた時、クリスは見た!
そこにはついさっきまで一緒に遊んでいたむく犬が待ち構えていた。だが、その白い毛並みは今やあちこちが返り血に染まり、剥き出された牙からは生々しい鮮血がしたたり落ちている。
そしてその瞳は、後ろから近付いてくる母親のそれと同じく、赤く爛々と輝いて、クリスの姿を見据えていた!
「や……やだ……やだよぉ……」
あまりの恐怖にもはや立っていることさえできなくなり、へなへなとその場に座り込むクリス。
そんなクリスに向かって、母親と犬はまるで更に彼女の恐怖を煽るかのように、ゆっくりゆっくりとにじり寄っていった。
※ ※
「あなたの子どもです☆」
腕に赤ん坊を抱いた見知らぬ少女に、ニッコリと笑いかけられて、ヒョウは思わず絶句した。
「いや、そんなハズは……大体私はキミのことを知らないし……」
首を振りながら後ずさるヒョウだったが、少女はますます笑顔を強めながら、ずいずいと迫ってくる。
「いいえ、間違いなくあなたの子です。だってあの日、あんなに愛し合ったじゃないですか☆ だから責任取ってください」
あの日……と言われても、ヒョウにはどうしても彼女のことが思い出せなかったが、とはいえ身に覚えが無いかと問われたら、やましいことならいくらでもある。
「ほら、もっとよく見てください。あなたそっくりの可愛い子……」
少女はうっとりとした顔で腕に抱いた赤ん坊を、ヒョウに良く見えるように差し出してきた。
が、そのとき、ヒョウの身体に戦慄が走った。サラサラの金色の髪に、赤子とはいえ整った顔立ちは、なるほどヒョウの赤ん坊時代を思い起こさせる。だが、ヒョウに見られていることに気付いて、キャッキャと笑うその顔には--ギョロリと光る大きな目が、一つしか無かった!
「……!?」
さっきとは違う理由で後ずさるヒョウだったが、そのとき、突然背後のドアが勢い良く開くと、同時に十数人の女性の群れがどやどやと押し入ってくる。
「ここにいたわね、ヒョウ・アウグトース!」
女たちはたちまちにしてヒョウを取り囲むと、それぞれが胸に抱いていた赤ん坊を、一斉にヒョウに向かって突き出した。
「あなたの子よ! 責任取ってよね!」
だが、その赤ん坊のあるものは額から角を生やし、またあるものは四つの目を光らし、そしてあるものは口元が耳まで裂けていた。そんな異形の赤子たちが、オギャーッ! と一斉にヒョウに向かって叫ぶ。
「ひっ、ひぃぃっ!?」
あまりのおぞましさに、ヒョウがたじろぐ。そんな中で異形の赤子たちを抱く女たちの姿も、いつしか変貌をとげていき、気が付けばヒョウは見るだに恐ろしい鬼女たちの群れに囲まれていた!
「責任を取れ……責任を取るのだ、ヒョウ・アウグトース!!」
鬼女と異形の赤子たちが口々にそう言いながら、じわじわと包囲の輪を狭めてくる。だが、恐怖に凍り付くヒョウの耳には、もはや何も聞こえてはいなかった……
※ ※
死霊--かつての幻術師アルカザールは、空洞の目に不気味な炎を宿して、目の前に倒れ臥している侵入者どもを見下ろしていた。
彼らはみな恐ろしい悪夢にうなされているようだった。彼の巨大な魔道の力によって生み出された悪夢に。
--我ガ最強ノ術、《魔夢地獄》ハ、貴様ラガ心ノ奥ニ秘メテイル『一番恐レテイルモノ』ヲ引キズリ出シ、ソレヲ更ナル恐怖ニ染メ上ゲル。ソシテ……
アルカザールは乾いた笑い声を立てると、眠りに落ちたまま苦しみもがく侵入者たちに向けて、ゆっくりと歩み寄った。
--恐怖ニ満チタ人間ノ《生命力》ハ、我ニトッテハ最高ノ供物トナル。サァ……ドイツカライタダクトスルカナ。
舌なめずりせんばかりの口調でアルカザールが笑う。
その足が、ジークの前で止まった。
--コイツナド特ニウマソウダナ。
アルカザールの下で、一体どんな夢を見ているのか、ジークが凄まじい苦悶の表情を浮かべてのたうっている。
そんなジークを見て満足そうに笑うと、アルカザールは《死の接触》でその生命力を吸い取るべく、その肉の無い右手をスッとかざした。
--デハ、イタダカセテモラウトスルカ!
アルカザールの右手が、ゆっくりとジークの心臓に伸びる。
だが、今にもー匹の胸に骨だけの手が触れようとした--まさにその直前!
チリン……不意に聞こえてきた鈴の音色に、アルカザールの手の動きが止まった。
アルカザールが音のした方向にゆっくりと振り返ると、そこには杖を片手にしたニャーゴロが立っていた。その首輪についた大きな黄色い鈴が、再びチリンと揺れる。
--馬鹿ナ? イクラ貴様デモ、我ガ《魔夢地獄》ヲ喰ラッテ意識ガ有ルハズガ!?
驚きの色を隠せぬアルカザール。そんな死霊の前で、ニャーゴロはどことなくうつろな目つきのまま口を開いた。
「……あいにくだが、その男を殺されては困るのだよ。せっかくここまで上手く事が運んでいるのだ」
それはまるで夢うつつの中で喋っているかのような、ぼんやりとした口調だった。が、アルカザールには気付くすべも無かったが、もし仮にジークたちがそれを聞いていたら、単なる口調の違い以上の違和感を感じずにはいられない、そんな異質な何かがそこにはあった。
「シェルザード復活を目前にして、我が計画を阻まれるわけにはいかんからな」
そう言うと、ニャーゴロのうつろな瞳が、妖しい光を帯びた。そして次の瞬間、ニャーゴロの全身から膨大な魔力があふれ出る!
「アルカザールよ、貴様の暗黒魔道はなかなかのものだ。だが、その程度の力で我に挑むなどとは……片腹痛い!」
チリン……鈴の音を響かせて、ニャーゴロが薄く笑う。
--貴様、一体何物ダッ!?
思わず畏怖にも似た凄まじい恐怖に駆られ、飛び退くアルカザール。
「貴様ごときに答える必要は無い……」
ニャーゴロは冷ややかにそう答えると、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
「代わりに教えてやろう。真の暗黒魔道がどのようなものかを……な!」
--クッ、イイダロウ! タダシ教エテヤルノハコチラノ方ダ!
アルカザールもまた、呪文の詠唱に入った。
二人の術者の身体から、おびただしい量の魔力が立ち上る。
そしてその夜の闇を思わせる暗黒のオーラが揺らめく中で、ニャーゴロとアルカザールはそれぞれ不気味に呪文を唱え続けていった。!




