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退魔光剣シェルザード!  作者: 優パパ★
第二部 シェルザード探索編
21/40

第六章「《退魔光剣》、復活!?」その1

第六章 《退魔光剣》、復活!?

 

     1

 

「……そうか、竜宮城が壊滅したか……」


 《竜魔城ドラゴン・キャッスル》、《竜王の間》--魔道士ゴブの報告を受けて、ガロウはわずかにその端正な眉を曇らせた。

「《地魔竜アース・ドラゴン》に続き、《海魔竜シー・ドラゴン》までも倒すとは……やはり無視できぬ相手のようだな」


 だが、その声はやはりどこか無感動で、まるで他人事のような響きさえ感じさせる。そのあまりにもの冷静さに異様な不気味さを感じて、ゴブはひざまづいたままかすかに身を震わせた。


 ゴブ程の男でさえ、この若き《竜の支配者ドラゴン・マスター》には時として底知れぬ恐ろしさを感じることがある。まるで一滴の血も通わぬ死人を相手にしているような、そんな背筋が寒くなるような恐怖であった。


(だが、これはまだ良い方だ……真にガロウ様が恐ろしいのは、その氷の仮面を外されたとき……)


 以前、ガロウが一度だけその感情を表に出したとき、一体何が起こったか--ゴブは今でもあの悪夢のような光景を忘れてはいない。

 思わずゴクリと息を飲みつつ、ゴブはおそるおそる進言した。


「……奴らはすでにシェルザードをほぼ完成させ、残る最後のパーツのある場所へとすでに向かっております。恐れながら、シェルザードを完全に甦らせてしまえば、いささかやっかいかと……」

「わかっている。場合によってはお前達四天王、そして残る魔竜達全てにも動いてもらうことになろうな……」

 だがそのとき、ガロウは不意に思い付いたように問いかけた。


「……ところで、今奴らはどこに向かっているのだ?」

「はっ、おそらく《幻魔の谷》かと存じますが……」

「《幻魔の谷》だと……?」

 ガロウの血のように赤い瞳が、妖しく煌めいた。


「……フッ、なら好都合というものだ。わざわざ向こうから死地に飛び込みおったわ」

 ガロウはニヤリと冷酷な笑みを浮かべると、ゴブに命じた。


「ゴブ、お前はこれまで通り、奴らを見張るがよい。ただし、《幻魔の谷》に入ってはならぬ。外から奴らが狂い果てていくのを見届けるのだ……」

 ハハハハハハ、乾いた声で笑うガロウにゴブはゾッとしたものを感じたが、《竜の支配者》の命令はあくまで絶対である。


「御意……」

 ゴブは恭しく一礼すると、すぐさま《転移ワープ》によって飛び立っていった。


 後にはいつものようにガロウ一人が残された。


〈クックックックッ……〉

 だが、ガロウが一人になると、またいつもの不気味な笑い声が響いてくる。


 その声はガロウのほんのすぐ側から聞こえているはずなのに、今まで声の主は一度も姿を見せたことがない。《竜王の間》に存在するのは、あくまでガロウただ一人であった。


〈どうしたガロウ。えらく余裕ではないか?〉

 からかうような声に、ガロウが静かに応じる。


「《幻魔の谷》に入って未だ嘗て出てきた者はおらん。奴らの運命はもはや定まったも同然だ」

〈どうかな? 奴らはこれまで絶対的な死地を何度もくぐり抜けてきた。ひょっとしたら今度も奇跡を起こすかも知れんぞ?〉


「……どうした。いやに肩を持つではないか?」

 ガロウが意地悪く問いかける。

〈フッ、オレも少々退屈でな。どうせならここまで辿り着いて欲しいものだと、近頃は思うようになったのさ〉


 声はニヤリと笑うと、不敵な口調で続けた。

〈どちらにせよ、たとえシェルザードが復活しようが、奴などしょせんこのオレ様の敵ではないからな!〉


「まぁそう猛るな。お前には残念だが、シェルザードが復活するなどありはしない。奴らの悪運もここまでよ……」

 ガロウの頬に壮絶な笑みが浮かぶ。


「狂い果てるがよい、あの呪われた地で!」

 ハハハハハ……! 薄暗い《竜王の間》の中を、その若き城主の乾いた哄笑が、不気味にこだましていった。


      2


「ここが《幻魔の谷》か? 別にどーってことのねぇタダの谷じゃねぇか?」

 ジークは怪訝そうな顔でそう言うと、改めて前方を眺めやった。


 木々の鬱蒼と繁る深い森をようやくのことで抜け出し、ようやく視界が開けたジーク達の前に、小さな谷があった。


 切り立った岸壁の間に、人が三人並べばやっとの狭い道が続いている。

 谷というよりはむしろ岩の裂け目といった感じだが、かと言って別にその他特に変わった所があるわけでもない。


「ホントにこんなとこに最後のパーツがあるのぉ?」

 いまいち信用できない、と言った風にクリスはニャーゴロを見た。


「そうじゃ。シェルザードの最後のパーツたる《太陽石》は、この谷の奥にある」

 そう答えるニャーゴロに珍しく緊張の気配を感じて、ヒョウが不思議そうに尋ねる。


「どうしたんです? そんなシリアスな声出して。あなたらしくもない」

「お主も魔道士の端くれなら感じるじゃろう。この谷に立ちこめておる《魔力》を……」


「……!?」

 確かにそう言われてみれば、ヒョウにもそれは感じられた。この小さな谷全体を薄い霧のようなものが包み込んでおり、そこからは非常に強い魔力が感じられる。それも間違いなく邪悪な--


「かつてこの谷はシェルザードのパーツが眠るのに相応しい平和な場所じゃった……」

 独り言めいてニャーゴロがつぶやく。


「……じゃが今から五百年前に、一人の男がこの地を訪れた。その男の名はアルカザール--若いが実に優秀な《幻術士イリュージョニスト》じゃった。アルカザールは己の魔力をより高めるために、《太陽石》を手に入れようとした。しかしアルカザールの本性は邪悪であったため、逆に《太陽石》の聖なる力によって討ち滅ぼされてしまったのじゃ。じゃが……」


 ニャーゴロは一瞬だけ遠くを見るような目つきをした後、続けた。

「アルカザールの邪悪な魂は滅びず、その呪いがこの谷を支配した。そしてそれ以来この谷は恐るべき呪われた地へと変貌したのじゃ……入りし者に恐るべき幻影を見せることで災いをもたらす、《幻魔の谷》へと……な」


 シン……ニャーゴロの不吉な言葉に、一行の間を沈黙が流れる。


 が、


「へっ! 幻影だか何だか知らねぇが、俺には関係ないね!」

 ジークはあっさりとそれを笑い飛ばすと、先頭を切って歩き出した。


「敵が出たらぶった斬るまでのことだぜ! さぁいつまでも突っ立ってないで、行くぞ!」

 そしてそのまま気にもとめずに、ずかずかと谷に足を踏み入れていってしまう。


(あーゆー単純バカなのが一番ヤバイんだ……)

 ヒョウは舌打ちしたが、ジークが入ってしまった以上、自分達も行かざるを得ない。


 一人強気なジークを除いて、一行は邪悪な霧の立ちこめる呪われた谷の中を、恐る恐る進んで行った。


      ※      ※


 あっという間に、外に出た。


      ※      ※


「おいっ! 何もねーじゃねぇか! この大嘘つき!」

「ま……待て……! そんなハズは……」

 ジークにしめあげられたニャーゴロはじたばたともがく。


「うるせぇー! どう見たって谷を出ちまっ……うぇっ!?」

 ジークは思わずゴシゴシと目をこすった。


「な……何だ!?」

「うそっ!?」

 ヒョウとクリスも唖然と前を見やる。


 何と彼らの目の前に、今抜けたばかりの谷が、再び存在していたのである!

 しかもご丁寧に、後ろを振り返るとあるべきはずの谷がポッカリと消えていた。


「へへ……谷のくせに人をおちょくりやがって……」

 ジークは低く笑うと、いきなり谷めがけて突進した!


「ふざけんなぁぁ~っ!」

「あっ、ジーク! うかつに行っちゃ、危な……」

 クリスが慌てて止めようとするも--遅かった。


 バキイイイイッ! もの凄い音を立てて、ジークは『何か』に激突した。


「あが……な、なんれ……」

 何もないはずの空間にモロに身体を打ち付けて、ジークは崩れ落ちた。

「ジーク!? だ、大丈夫!?」

 慌ててクリスが駆け寄る。


谷は一行の見ている前でぼんやりと揺らぐと消滅した。

代わりに、さっきまで谷だった空間にはゴツゴツとした岩肌が露出している。


 では肝心の谷はどうなったかというと……


「きゃあっ!? 今度は谷が三つある??」

「ど、どうなってるんだ、これは?」

 何と今度は右、左、真ん中と三つの谷が同時に出現していた!


「ぬう……恐るべき《幻魔の谷》よのう……」

 寸分たがわぬ三つの谷を順番に見比べて、思わずうなるニャーゴロ。


「……って、感心してる場合じゃねーだろーが! いー加減にしやがれってんだっ!」

 カッと頭に血を昇らせて跳ね起きたジークが、右側の谷めがけて走り出した!


「おい、ジーク! どうして右なんだ!?」

「俺が知るか! とりあえず右から試してみるんだよ!」

「む、無謀だなぁ……」

 思わず呆れるクリス。


「いっくぜーっ!」

 スッ、今度は何にもぶつからずに、ジークは谷の中に飛び込んだ!


「よしっ! 一発正解……」

 だが、ジークはふと足下が涼しいのを感じて、そーっと視線を下ろしてみた。


 谷はいつの間にか消え失せ--


 そしてジークの下には……何も無かった!


「うっ、うわぁぁぁぁ!?」

 ジークは大慌てで手足をバタつかせたものの、やはり万有引力の法則は偉大だった。


 どひゃぁぁぁぁ~、見事に落ちて行くジークの悲鳴がしばらく聞こえたかと思うと、次の瞬間、ガラガラガラガラガラ、ドーーーン!! と、もの凄い音があたりに轟いた。


「きゃぁぁぁぁ!? ジーク!!」 

 悲鳴を上げてクリスが崖の底をのぞき込む。

 だが、ヒョウとニャーゴロはいたって呑気なものであった。


「あれは死んだかのう? さすがに」

「なーに、あの程度じゃ死にませんよ。奴の生命力はゴキブリ並ですからね」

「誰がゴキブリだっ! 誰がっ!」

 血塗れになりながらも、ジークが執念で崖から這い上がってくる。


「なんだ。やっぱり生きてるじゃないか」

 ほら見ろ、と言わんばかりのヒョウにジークが猛然と食ってかかった。

「咄嗟に《闘気オーラ》を出さなきゃ死んでたよ!」

「まーったく、二度も似たような手にかかりおって。動物並みの知能しかないのか、お主には?」

「猫に言われる筋合いはねーよ!」


「まぁまぁ、ケンカしてる場合じゃないからさー」

 やれやれ……とため息をつきながら、クリスが仲裁に入る。

「そんなことより、残り二つの内、どっちが本物なのかな……?」


「ひょっとしたら、どっちもニセ物かもしれんぞぃ」

「おい、ジーク、お前もう一度突っ込んでこいよ」

「てめぇが行け! てめぇが!」

「うーん、困ったなぁ……」


 いくら考えても良い考えは浮かばず、とうとうジーク達は煮詰まってしまった。

「しょーがないのぅ」

 その時、ニャーゴロはふいに何やら呪文を唱えた。


 ピカッ! 左側の谷の入り口が一瞬光る。


「何の呪文使ったの?」

「いや《看破ディテクト》をな。見切ったわい。左が本物じゃ」

 あっさりと言い放つニャーゴロに、思わずジークは吹っ飛んだ。


「何でそんな便利な呪文があんのに、さっさと使わないんだぁぁ!?」

「いやぁ、今ふと思い出しての」

 まったく悪びれた様子もなく、ニャーゴロが気楽に笑う。


「何のために俺は二度も痛い目にあったんだ~っ!!」

「まぁまぁ抑えて抑えて。いーじゃない、せっかく道が分かったんだから。早く先に進もうよ、ねっ☆」


 クリスになだめられて、ジークはしぶしぶニャーゴロから離れたが、内心、

(畜生、あの猫……いつか猫汁にしてやるからな~!)

と、固く固く誓ったのであった。


      3


 暗い闇の奥--彼は眼球の無い目に、憎悪に燃える赤い光を宿して、じっと闇の一点を見つめていた。


--ダレニモワタスモノカ。コレハ俺ノモノダ。


 彼は認識していた。彼の宝物を奪いに、この谷に侵入者が現れた事を。そしてすでに谷の中にある洞窟を見つけ、自分のもとへ近づきつつあることを。


 彼はその者達を憎んだ。


--ワタサナイ。ダレガワタスモノカ。コレハ俺ダケノモノダ!


 彼はうっとりと胸に輝く真紅の宝珠を眺めると、その完全に肉のそげ落ちた骸骨のような顔を--すでに表情はわかりはしないが、おそらく--歪ませた。


 ケケケケケ、彼の放つ狂人めいた笑いが、あたりの闇を引き裂くかのようにして、周囲へと響き渡っていった。


      ※      ※


 バサバサバサバサ! けたたましい羽音を立てて、コウモリの群れが洞窟を進む一行の前を横切った!


「きゃっ!」

 思わずクリスはすぐ後ろを歩いていたヒョウの胸にしがみついてしまい、顔をほのかに赤らめる。


「あっ……ごめんなさい……」

「いいんですよ。それよりむしろいつまでもこうしていたいな」

 ヒョウはキザにささやくと、ジークにニヤッと視線を送った。


(……あのやろー!)

 ヒョウの挑発にムカッとするジークだったが、さすがにケンカをしている場合ではないので、何とか気持ちを抑えるべく話題をそらした。 


「ところでよーニャーゴロ」

「なんじゃ?」

 杖の先端に魔道の光を宿し、ジークのすぐ前を進むニャーゴロが、歩を止めて振り返る。

 

「一つ聞きたいんだが、シェルザードはもう剣として完成してるのに、これ以上何がいるっていうんだ?」

「なーにを言っておる。まだシェルザードはちっとも完成などしておらんわい」

 わかっとらんのぅ、とニャーゴロが呆れたように首を振る。


「そんなもんじゃタダの切れ味の良い剣にすぎん。シェルザードの真の力の百分の一も発揮しておらんわい」 

 キッパリと言い切るニャーゴロに、ジークは釈然とせずに問いかけた。


「なら、その太陽石ってのは何の役に立つんだよ?」

「太陽石は太陽の光を莫大なエネルギーに変える、いわば魔力増幅器みたいなもんじゃ。だからアルカザールの奴は己の魔力を高めるために、それを手に入れようとしたのじゃよ……」

 またどこかしら遠くを見るような目つきを一瞬した後で、ニャーゴロは続けた。


「故に太陽石をはめることによってシェルザードは《オーラ》を帯びることになる。まぁ《オーラ》と言ってもお前さんの《闘気》とは違い、《霊気》とでも呼ぶべきものじゃがな。そしてそうなってこそ初めて、魔を退ける光の剣--《退魔光剣》の名にふさわしい剣となるのじゃ」


「へぇー。そうだったのか……」

 ジークは改めて腰に差したシェルザードをしげしげと見つめた。


「それだけではないぞ。実はもう一つあっての。太陽石はシェルザードの『知性』を司っておるのじゃ」

「知性!? 剣にかよ??」

「もちろんじゃ。仮にも《神の右手》と呼ばれる剣じゃぞ。それぐらいあって当然じゃろうが」

 シレッと言ってのけるニャーゴロ。


「そんなもんかねぇ……」

「ねぇねぇ、どんな性格してるの??」

 興味津々で二人の会話にクリスが割り込んでくる。


「それはもう立派なものじゃったわい。《神の右手》の名に恥じぬ、勇気と正義感にあふれた剣じゃったぞ」

 しみじみと懐かしそうに答えると、無駄話はここまで、とばかりにニャーゴロは再び歩き出した。


「しっかし、もう随分奥まで来たぜ。シェルザードがどんな奴だか知らねぇが、そろそろあってもいい頃じゃねーか?」

「それより、どっちかって言うと、何か出そう……だよね……」

 クリスは怖々とつぶやいた。肩が少し震えている。


「何だ? 怖いのかよ」

 ジークがからかうように笑うと、クリスがムッとして言い返した。

「な……なによ! か弱い女の子が怖がっちゃ悪いってゆーの!?」


「そうですよ、相変わらずデリカシーの無い奴だ」

 ねー、とうなづき合うクリスとヒョウの姿に、カチンと来たジークは吐き捨てるように言った。


「へっ、ならさっきみたいにヒョウの野郎にでも助けてもらいな!」

「言われなくてもそうしますよーだ!」

 見せつけるようにヒョウにくっついてみせたクリスが、イーだ! と舌を出す。


(何よジークの意地悪っ! もう知らないから!)

「はん、勝手にしろ」

 そう言って顔を背けたものの、軽く動揺している自分に、ジークは戸惑った。


 何故だか無性に心の中が落ち着かない。どうしてこんなにイライラするのか、そしてどうして何だか寂しいような気持ちがするのか……


「なーにをくだらんことで揉めとるんじゃ。ほれ、霧も濃くなってきおった。油断しておると何が出てくるかわからんぞぃ」

 呆れたようにニャーゴロが声をかける。確かに、谷全体にかかっていたうっすらとした霧が、洞窟の奥に進むにつれ次第にその濃さを増していっていた。


「……!」

 ニャーゴロの言葉に緊張感を取り戻して、一行は再び慎重に霧の中を進んでいった。


 その後、何度かの分かれ道を経、何だか同じ所をぐるぐる回っているような徒労感にも襲われはしたものの、ようやく一行はそれまでの細い通路からかなり開けた空洞へ出た。ちょっとした宮殿の大広間なみの広さがある空間のようだ。


 だがその空洞に一歩足を踏み入れると、とたんに白い霧はますますその濃さを増し、今となっては近くにいないと互いの姿さえ見えにくくなりそうだった。


「……おい、何だかここはやばいぜ。みんな離れるなよ!」

 何か本能的な危険を感じて、ジークがシェルザードを構える。その言葉にうなずき、ヒョウとクリスもそれぞれレイピアとナイフを構えた。


 ……が、そのとき!


(……ん?)

 ジークの視界の端で、何かがキラリと輝く。そしてその正体に気が付いた時、ジークの瞳もまたキラリと輝いた。


 そうそれは、白い霧の中でさえ輝きを失わぬ、ピカピカの金貨であった!


「うぉぉぉぉぉ!」

 たちまち持ち前の貧乏性がむくむくと頭をもたげ、ジークは反射的にその金貨に飛びついていた。


「な、バカっ、何で離れるん……!?」

 ジークに向かって叫ぶヒョウ。だが、今度は霧の中からなまめかしい美女の姿が浮かび上がると、ヒョウも同じく目をハートにして、ふらぁとそちらに向かって吸い寄せられてしまった。


「お、おい、おぬしまでどこに……フニーーー!!」

 慌てるニャーゴロもまた、視線の先を丸々太った洞窟ネズミが横切るのを見た瞬間、とたんに猫の本性を刺激されて飛びかかってしまう。


 後には、唖然とするクリスが一人、霧の中ぽつんと取り残されていた。


(う、うちのパーティ、ほんとバカばっかり……)

 思わずがっくりと地面に手を付きたい気分だったが、しかし今はそれどころではない。


 濃い霧が周囲を覆いつくし、まだこの空洞の中に入るはずのジークたちの姿だけでなく、声までもまるで聞こえない。

 ぞくっと寒気がして、試しにクリスはみんなの名を呼んでみたが、その声はまるで霧に吸いこまれるようにして響かなかった。


 一方、拾ったと思った金貨があっさりと姿を消したのを見てジークもまた我に返ると、慌てて辺りを見回した。だが、他の三人の姿は霧に阻まれてまったく見えない。


(くっ、罠か……! 分断されちまった!)

 何とか合流すべく歩き回るジークの目の前に、不意にクリスの姿が現れた。


「クリス! 良かった、無事か……!」

 ホッとして近寄るジークだったが、そのとき、クリスの顔にうっすらと笑みが浮かんだかと思うと、右手のナイフが突然、ジークの顔めがけて突き出された!


「!?」

 思いも寄らぬ一撃に、かろうじてかわしはしたものの、右の頬が軽く切れ鮮血が散る。


 驚愕するジークに続いて二撃、三撃とクリスのナイフが迫る!


「ど、どうしたんだ、クリス!?」

 だが、さすがに不意打ちでなければさばくことは可能で、やがてジークのシェルザードの一撃がクリスの手からナイフを弾き飛ばした。


 それを見てクリスはチッと舌打ちをすると、そのまま後方の白い霧の中に姿を消していった。


「……何だったんだ今のは……?」

 呆然とするジークであったが、今度は霧の中からヒョウが現れた。


「……ジークか!?」

 心無しかヒョウは髪も乱れ、息も荒い様子であったが、ジークの姿を認めた瞬間、その目を怒りに燃やして猛然と斬りかかってきた!


「わっ、何だ!? お前もかよ!?」

 鋭いレイピアの斬撃を、どうにかシェルザードで受け止める。つばぜり合いの状態のまま、ジークはヒョウに向かって叫んだ。


「おい、待てよヒョウ! 何でこんなことするんだよ!? 正気に返れ!」

そんなジークに向かって、ヒョウが叫び返す。

「やかましい! 先にいきなり斬りかかってきたのはお前の方だろうが!」


「何だって!?」

 驚くジークだったが、確かに気が付いてみればヒョウの鎧には斬撃で壊された跡があった。


 おそらくライデル王家の魔力を帯びた特別な鎧で無ければ、致命傷になりかねないレベルの一撃を加えられたのだろう。しかもヒョウの剣士としてのレベルを考えれば、おそらく不意打ちで。

 となれば、基本クールなヒョウが、これほど激高するのも無理はない。


「待て、ヒョウ、そいつは俺の偽物だ! 落ち着け!」

「はん! 何を証拠に!! それにたとえそうだとしても、じゃあお前がその偽物じゃないという証拠がどこにある!?」


(……仕方ねぇ……!)

 瞬間、ジークの全身から《闘気》が噴き出すと、勢いを増したシェルザードがレイピアを一気に押し返した!


「……くっ!?」

 その勢いに押されて、たまらずヒョウの身体が転倒する。慌てて立ち上がろうとしたヒョウだったが、その首筋にシェルザードの刃がピタリと当てられたのを感じて、動きを止めた。


「……ほら、これでわかったろ? 俺は本物だ」

 そう言うとジークはヒョウの首筋から剣を外した。


「確かにな……」

 ようやく冷静さを取り戻して、ヒョウが立ち上がる。


「なるほど。この白い霧でお互いを分断し、仲間の姿に化けて襲いかかる。不意打ちだけでなく、疑心暗鬼での同士討ちも狙った罠、か……」

「ああ……卑怯なマネしやがって!」

 吐き捨てるようにジークが言ったその時だった。


「ホホホ、ようやく気が付きおったか」

 笑い声と共に、白い霧の中に妖しく光る二つの目が浮かび上がる!


「敵かっ!?」

 すかさずジークとヒョウが剣を構えて斬りかかろうとした時、声の主の小さな身体がボンという音と共に煙に包まれたかと思うと、銀色の髪の乙女がその姿を現した。


「ま、待って下さい! 私ですよ、私っ!」

 慌てて身をすくめる《銀の聖女》に、ジークとヒョウが危うい所でぴたりと剣を止める。正直、可憐な乙女の姿でなければ、そのままぶった切られかねなかった勢いだ。


「なんだ、ニャーゴロか……って、お前本物なんだろうな?」

 思いっきり不信な目つきで見てくるジークに、《銀の聖女》=ニャーゴロはアハハと笑って答えた。


「それは大丈夫☆ だってこの罠をしかけた相手は、私が『この姿』になれることは知らないから、化けようがありませんもの♪」

「ま、それはそうか……」

 その言葉に納得して剣を下ろすジークだったが、続けて《銀の聖女》がつぶやいた言葉は、そんなジークをたちまちにして不安のどん底に突き落とした。


「でもそれより、クリスだけいませんけど、大丈夫なんですか?」

「……!? し、しまった、クリスが危ない!!」

 慌てて霧の中に突っ込んでいこうとするジークを、ヒョウが後ろから全力で羽交い締めにして止める。


「バカ野郎! ここでお前が突っ込んだら、迷子が一人増えるだけだろうが!」

「だ、だけど……こうしてる間にも……!」

 じたばたと暴れるジークに向かって、《銀の聖女》がなだめるように言った。


「シェルザードの力を解放したらこの霧を払えるかも知れませんよ」

「な、何だって!?」

 勢い込んで振り返るジークに向かって、《銀の聖女》は続けた。


「《太陽石》が無い状態でも、シェルザードにはある程度の光のエネルギーが蓄えられています。シェルザードは魔を退ける光の剣。その力を一挙に放出すれば、きっとこの空間の霧ぐらいは吹き飛ばせると思いますよ」


「で、でもどうやれば??」

「これまでの闘いでも分かるように、シェルザードは意志を持たない状態でも、無意識の上でジークのことを《所有者ブリンガー》として認めているようです。だったら、強く念じれば、きっとシェルザードは応えてくれるはず」


「わ、わかった! やってみる!」

 ジークはブンブンうなづくと、刀身に向かって祈るような姿勢で、シェルザードの刃を地面に垂直に構えた。


(クリス……無事でいてくれ!)

 ジークの想いに呼応するかのように、シェルザードの煌めく刀身が段々とその光を増していく。

 緑色の光が周囲へと広がっていき、ヒョウと《銀の聖女》はそのまぶしさに思わず目を伏せた!


「光れっ! シェルザード!!」


 ガカッ! 光は一瞬弾けるように力を増すと、そのまま白い霧を吹き飛ばし、この空間全体を照らし出していった!


      ※      ※


「でもホント助かったよー、すぐにジークに会えて☆」

 シェルザードを構えて少し前を歩くジークの後ろで、クリスがホッと安堵のため息をつく。白い霧の中に一人取り残された時には、さすがの気の強いクリスも、不安のあまり泣いてしまいそうだったのだ。


「まったく……もうはぐれるんじゃねぇぞ。ほら、しっかりしがみついてな」

 そう言うと、ジークが左腕を後ろに向かって差し出してくる。  


「う……うん☆」

 少しドキッとしたものの、クリスはその腕に右腕を絡めた。ジークの鍛えられた筋肉の固さが頼もしく、それだけで安心した気持ちになれる。


(腕を組むだなんて……何だか照れちゃうけど、嬉しいな♪)

 さっきケンカして少し気まずかった分、へへっ、と自然に笑みがこぼれて、クリスはジークの左腕にギュッと全身を預けるようにしがみつく。


 だがクリスは気付いていなかった。その時ジークの顔にニヤリと酷薄な笑みが浮かんだかと思うと、いつの間にか向きを変えたシェルザードの切っ先が、ピタリとクリスに狙いを定めていたことを!


 そしてそのまま自分にしがみついているクリスを一気に串刺しにすべく、ジークが剣を突き出そうとした……その瞬間!


 ガカッ! 突然広がった爆発的な閃光が、ジークとクリスの身体を包み込む。


「……なっ!?」

「きゃっ!?」

 あまりのまぶしさに思わず目を閉じるクリスだったが、しばらくして光がおさまるのを感じ、恐る恐る目を開けた時、今度はその円らな瞳が驚愕に見開かれた!


 自分がしがみついている相手はジークではなく、周囲の白い霧がすっかり吹き飛ばされた後、その姿を現したのは、ボロボロの剣を構えた骸骨兵スケルトンであった!


「きゃぁぁぁぁぁ!? 何よこれぇぇえ!?」

 慌てて腕を放し飛び退くクリス。


 気が付けば周囲には他にも何体ものスケルトンがおり、それらのぽっかりと空いた虚ろな眼が、悲鳴に反応するかのように、一斉にクリスの方を見た!


「ひっ!?」

 正直、幽霊とかの類はかなり苦手なクリスにとって、それは身の毛もよだつ光景だった。何とかナイフは構えはしたものの、正直手足が震えて思うように動けない。


「や、やだ、こないでよぉ!!」

 スケルトン達が一斉にクリスに向かってゆっくりと動き出す。恐怖のあまり、クリスは涙のにじむ目をギュッとつぶった!


 --が、気が付いてみると、スケルトン達はジークとヒョウによってことごとく打ち倒されていた。


「へっ、正体さえわかりゃあこんな骸骨野郎、相手にもならねぇぜ」

 楽勝、楽勝、とジークが余裕の笑みを浮かべる。

「お怪我はありませんか? クリスさん!」

 ヒョウの言葉に、涙で目をうるませてうなづくクリス。


 だが--!


「何っ!?」

 剣によって打ち倒され、バラバラになった骨たちが不意にゾワゾワと蠢き始めると、まるで吸い寄せられるようにして一カ所に集中していく。そしてたちどころに身体を再構成していくと、今度は8つの手にそれぞれが武器を構える、巨大な骸骨戦士になった!


「フハハハ、ムダダ! 我ハ剣デハ倒センゾ!」

 勝ち誇ったように哄笑する骸骨戦士!


 が、その笑いが収まらぬうちに、骸骨戦士の身体は、突如洞窟の天井から降ってきた巨大なハンマーの一撃によって、木っ端微塵に粉砕されていた。


「じゃあ《魔神の鉄槌ハンマー・シュート》で潰しちゃいますね♪」

 《銀の聖女》がニッコリと微笑む。


「……相変わらず無茶苦茶しますねぇ」

 苦笑するヒョウ。だがその時、空洞の内部に不気味な声が響いた。


--ククク、ナカナカヤルデハナイカ。面白イ。


「……!? 誰だ! 出てきやがれ!」

 サッとシェルザードを構えるジークに、声があざけるように続けた。


--出テコイ、ダト? 侵入者ノ分際でコノ偉大ナル《幻魔王》ニ指図スルトハナ。


「《幻魔王》だと!?」


--良イダロウ。ココマデ来レタ褒美ニ、コノ私ガ直々葬ッテヤルトシヨウ。


 声が止まった。


 一瞬の静寂の後、カシィ、カシィ、骨のきしむような音と、ズズ、ズズ、と何かを引きずるような音が同時に聞こえ、そして空洞の奥に広がる闇の中からその男は姿を現した。


「きゃぁぁぁ!?」 

 その男の姿を一目みた瞬間、クリスは悲鳴を上げるとフラフラとよろめいた。ヒョウがその身体を慌てて抱き留める。


 男は灰色のローブ--すでにボロボロの布きれになっていたが--を身に纏い、額には銀色のサークレットをはめていた。その下に伸びる長い髪は完全に白く、老人のそれである。


 それだけなら男はただの老魔道士にすぎなかっただろう。しかし男の顔には--肉というものがまるで無かった。ローブから除く手にも、そして足にも! 


--我ガ名ハ、《幻魔王》あるかざーる。サァ、侵入者ドモヨ見セテヤロウ、オ前達ニ本当ノ『悪夢』ト言ウモノヲナ!

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