第五章「竜宮城の秘宝」その4
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(助けて……ジーク!!)
服の上から撫でるだけでは飽きたらず、更に身体の奥へ奥へと迫るヒョウの魔手に、ギュッと目を閉じたままクリスが心の中で叫んだ--まさにその瞬間!
ドオオオオン! 突如の轟音と共に、激しい揺れがヒョウとクリスに襲いかかった。
「……何だっ!?」
突然の衝撃に思わずヒョウの動きが止まった。
「…………ッ!!」
その一瞬の隙を逃さずに、クリスがヒョウの身体を押し返す!
そして次の瞬間にはその平手が、パン!と高い音を立ててヒョウの頬を打っていた。
(……なっ!?)
打たれた頬を片手で押さえたまま、呆然とするヒョウ。女の子に拒まれたことも初めてなら、もちろんぶたれたことも初めてだった。自分が口説けば、もしくは強引にでも手を出せば、必ず女の子はなびく--そんな確信をうち砕かれ、ヒョウは衝撃を隠せなかった。
「……あ……」
だが、そのとき、クリスがぶった手を震わせながら、目に涙をにじませているのを見て、ヒョウはこれもまた生まれて初めて心がズキリと痛むのを感じた。
これまで数知れぬ女を己の意のままにしてきたヒョウにとって、それは初めて感じる罪悪感であった。
「……すみませんクリスさん。私としたことが、つい我を忘れてしまいました。許してください……」
その言葉は、いつものような場を切り抜けるための計算からではなく、ヒョウにとって自分でも驚くほど素直に出てきたものだった。
「……ヒョウさん」
そんなヒョウの様子を見て、クリスの緊張がわずかに緩み、振りぬいたままだった右手がスッと下がる。
--そのとき、再び轟音とともに大地が鳴動した!
「きゃぁぁぁ!」
今度の揺れは前より更に激しく、二人の身体は衝撃ではね飛ばされると、バルコニーの上を転がった。
「か、海底地震かっ!?」
ただ事ではない予感を感じて跳ね起きるヒョウ。
そのとき、宴の間の方角から悲鳴と共に次々と人魚たちが飛び出してきた!
「なっ……!?」
どの人魚たちもみななぜか一糸まとわぬ姿だったことに、思わず目を丸くするヒョウとクリスだったが、その中に見知った顔--一行をここまで案内してくれた人魚マリンの姿を見つけると、すかさずヒョウがその肩をつかみ、引き留める。
「どうしたんですか!? 一体、何が起こっているのです!?」
突然肩をつかまれて、ビクッと身をすくませるマリンだったが、それがヒョウとクリスであることに気が付くと、慌てふためきながら答えた。
「《海魔竜》様を……オトヒメ様が《海魔竜》様を目覚めさせてしまわれたのです!」
「《海魔竜》!?」
ハッ、となってヒョウは激しく揺れ動く魔竜像に目をやった。
「見て……! 像から……!?」
クリスが思わず口を押さえて叫ぶ!
「……!?」
ゴウッ! 呆然と立ち尽くすヒョウとクリスの前で、魔竜像が轟音と共に崩れると、中から巨大な何かが飛び出してきた!
「なっ……!? あれがっ……!?」
「《海魔竜》……!?」
不気味なまでに丸い巨大な赤い瞳をギョロリと光らせ、海中を突き進む《海魔竜》の姿は、まさにその名の通りの超巨大な--
『タツノオトシゴ』であった!
「ぶ~~っ!!」
緊迫した状況ではあるものの、思わずヒョウとクリスは盛大にひっくり返った。
「ぜ、全然、像と違うじゃねぇか!!」
「あ、あんなのが私たちの守護神だったなんて~!」
あまりと言えばあまりなことに、人魚達もみな頭を抱えていた。
キシャァァァッ! だがそのとき、《海魔竜》がそのニュッと突き出した口から奇声を発すると、叫びは超音波となって渦巻くと、海底山脈の一つにぶち当たった!
ドゴオオオン!! 爆音と共に斜面の一画が粉々に吹っ飛ぶ!
「ひえええええっ!?」
いかに外見がまぬけであろうと、やはり海の魔竜の名を冠するだけのことはあるらしい。
ドカーン! ドカーン! いきなり目覚めさせられて荒れているのか、魔竜は辺り中に超音波をまき散らしながら暴れまくった。
ゴオオオン! 一発が竜宮城を直撃し、再び建物を激震が襲う!
「きゃぁぁぁぁ!!」
「と、とにかくここは危険です! 早くお逃げください!」
せっぱつまったようなマリンの叫びを受け、ヒョウとクリスが人魚たちと一緒に走り出そうとしたそのとき!
不意にその視線の先を、海の魔竜めがけて突き進むジークの姿がよぎった!
「ジーク!?」
ガァァァァッ! 獣のような叫びをあげて、ジークは《海魔竜》に迫る!
「あのバカ……《バーサーク》してやがる……!」
唖然とするヒョウ達の前で、それに気が付いた魔竜が、キシェェェン!との怪音を発してジークに襲いかかった!
だがジークはそれを紙一重でかわすと、腰のシェルザードを抜きはなって魔竜の懐に飛び込んだ!
ザクッ! ほとばしった体液が辺りに飛び散る!
だが魔竜はさして効いた素振りも見せずに、ジークの身体を易々とはね飛ばした!
「きゃあっ!」
クリスが悲鳴をあげて顔を背ける。
しかし竜宮城の屋根に叩き付けられたジークは、すぐさま立ち上がると、うなりをあげて《海魔竜》に挑みかかった!
たちまち海底を舞台に、ジークと魔竜の死闘が始まった!
ジークがシェルザードで斬りかかり、魔竜がそれを弾き返す。そして両者はもつれあったまま、次第に浮上していった。
それは一見互角の攻防に見えたが、だがヒョウは内心首を横に振っていた。
(いや、いくら《バーサーク》してるからといって、これは分が悪いな……)
確かに《バーサーク》したジークは途方もなく強い。だが、問題なのはバトルフィールドがいつしか竜宮城の魔力が及ぶエリアを離れ、水中での闘いとなりつつあることだった。
人魚の秘薬のおかげで溺れる心配はないものの、純粋な水中戦となれば、海中を自在に動ける《海魔竜》と、泳ぎながら闘うジークでは勝負になるわけがない。
(それに光が弱い海中ではシェルザードの力も半減する。インファイトをしかける以上、せめてあの堅い鱗を突き通せるぐらいの長い刃でなければ……)
そのとき、ヒョウの脳裏に何か電光のようなものが走り抜けた!
「……マリンさん、お願いがあります。クリスさんをあのタコで地上へと送ってもらえませんか?」
「そ、それは構いませんが……」
「えっ、ヒョウさんはどうするの!?」
いきなりのヒョウの言葉に戸惑うクリス。
「やる事をすませたらすぐに戻りますよ。ところでマリンさん、『祭壇の間』と言うのはどこです?」
「えっ……ここから奥に行った突き当たりをずっと左に行けば……」
「ありがとうございます。ではクリスさんをお願いしますね」
それだけ言うと、ヒョウは止める間もなく駆け出して行った。
「ヒョウさん!」
クリスが叫ぶも、ヒョウはウインク一つを残して、崩壊を始める竜宮城の奥へと姿を消した。
「さぁ早く! これ以上は危険です!」
マリンにせかされ、後ろ髪を引かれる思いではあったものの、急いでその場を離れるクリス。
その頃、ヒョウはガレキの山をくぐり抜け、一路『祭壇の間』へと向かっていた。
(『祭壇の間』にはオリハルコンがあるはず。それさえあれば……!)
時折崩れてくる天井の破片を巧みにかわしながら、ヒョウはマリンに言われた通り、角を左に曲がる。
(……あれか!)
道の奥に豪奢な真珠製の扉が見える。
だが、その手前まで来たとき、ヒョウの前にビキニ状の鱗鎧に身を包んだ五人の女性が立ちはだかった。
オトヒメとその護衛をつとめる四人の人魚戦士である!
「おほほほほ、これ以上先にはいかせませぬことよ」
オトヒメはうつろに笑うと、腰から鋭い短剣を抜きはなった。人魚たちもみな、手にした三つ又の矛を構える。
「どいてくれませんか? 私は急いでるんですよ」
「おほほほほほ、もうこの竜宮城はおしまい……」
オトヒメが乾いた笑い声を立てる。
「ここの宝はみなわらわのもの……誰にも渡しはしませんわ」
オトヒメの瞳に、まるで幽鬼のような執念の炎が浮かぶ。
「……どうやら口で言ってもわかってもらえないようですね」
ヒョウはやれやれとため息をつくと、レイピアの柄に手をかけた。
それを見て、オトヒメと人魚たちがサッと警戒態勢に入る。
だが、ヒョウは抜くかと思われたレイピアを、いきなり床に投げ捨てた。
「!?」
予想外の行動に戸惑うオトヒメ達の前で、ヒョウがフッと不敵に笑った。
「あいにく女性を傷付ける趣味はないのでね。その代わりといってはなんですが……」
ポキッ、ポキッ! ヒョウが拳を鳴らし始める。
「この手だけでお相手するとしましょう」
「お、おのれ! 女だと思ってバカにしおって!」
カッ、怒りに顔を朱に染めて、オトヒメがヒョウめがけて突進した!
「わらわがじきじき引導を渡してくれるわ! 死ぬがいい、下郎!」
フッ、だがヒョウが不敵に口元を歪めた瞬間、その手が電光の速さで動いた!
ビシィィィ! 二人が交差する!
タラッ……、ヒョウの右頬が小さく裂けると、一筋の血が流れ落ちた。
「フッ……」
勝利の笑みを浮かべて振り返ろうとしたオトヒメだったが、その顔に不意に怪訝な色が浮かんだ。
「え……?」
いやに身体が軽い。というかやけにスースーする……?
そーっと我が身を見下ろしたオトヒメの顔が驚愕と羞恥に赤くなった。
なんとオトヒメは下着一つ着けない--全裸だったのである!
「きゃあああああっっ!?」
これまでの高慢な口調とは打って変わった、可愛らしい悲鳴をあげてオトヒメがうずくまる。
「フッ、このヒョウ・アウグトースの前では、その程度の装備など無いも同然……」
ヒョウがクールな笑みを浮かべて右手で前髪を払う。その左手には、それまでオトヒメが装備していた鱗鎧と下着一式がしっかりと握られていた。
たった一瞬の内に女性の着衣を全て脱がす--それはまさにヒョウのみに可能な神技であった! ……まぁあまり自慢できるようなことではないが。
「おのれ! オトヒメ様になんたる狼藉!」
護衛の人魚たちが次々とヒョウに襲いかかるも、みなあっけなく装備をはがされて丸裸となり、悲鳴とともにうずくまってしまう。
「お、おのれ! どこまでバカにしおるのか!」
だが、オトヒメも裸にされたぐらいでいつまでも恥ずかしがっている程ウブではない。前にも増した怒りの炎を目に宿して、オトヒメはスックと立ち上がった。
「別にバカにしているつもりはありませんけどね」
涼やかに笑うヒョウだったが、不意にその目がサッと鋭い光を帯びた。
「……ですが、この私の顔に傷をつけてくれたからには、少々おしおきが必要でしょうね!」
「ひっ……!?」
何故だか猛烈な身の危険を感じて後ずさるオトヒメ。だが、その背中が冷たい壁に触れる。もう後がない。
「どうしました? 素直に降参されますか?」
「だ……黙れっ!」
オトヒメはかみつくように叫ぶと、海の女王の誇りにかけても一矢報いるべく、ヒョウに向かって猛然と斬りかかった。護衛の人魚達もみな、裸体を揺らせてそれに続く!
「フッ……」
悠然と待ち受けるヒョウの瞳が妖しく輝くと同時に、電光石火のスピードでその両手が動いた!
「ああああーーーーーっ!!」
オトヒメの絶叫! だが、一瞬の後、今度は悲鳴とは何か違う叫び声が、崩壊を続ける竜宮城の中にこだましていった。
8
「ん?」
それまで誰もいない浜辺で、のんびりとひなたぼっこにいそしんでいたニャーゴロの目の前で、突然海が荒れ始めた。
「なんじゃ? なんじゃ?」
ゴゴゴゴ……穏やかだった海が一転して荒れ狂い、沖の方では海面が渦を巻き始める。
そして次第に大きくなる渦の中心から、何かが勢いよくせり上がってきた!
「げっ、何じゃあれは!?」
ドッパーン! 盛大な水しぶきをあげて海面に飛び出した超巨大なタツノオトシゴの姿を見て、さしものニャーゴロもあんぐりと口を開ける。
そしてさらに続いて、今度は人間の若者が海の中から飛び上がってくる!
「なんじゃあれはジークではないか!?」
ガアアアアアッッ! 全身に《闘気》をまとったジークは吠えるように叫ぶと、タツノオトシゴの身体を踏み台にして大きく跳躍した。そしてシェルザードを振りかざし、敵の頭をたたき割るべく襲いかかる!
キシェゥゥゥゥン!! タツノオトシゴはそれをヘッドバットでたたき落とすと、再びジークを引きずり込むようにして海中に沈んでいく。
だがそれも一瞬のことで、すぐにまた両者は浮き上がってくると、激しく海面上で死闘を演じ始めた!
「……何なんじゃ一体……」
唖然とするニャーゴロの前で、今度はクリスを乗せた大ダコが砂浜へと上がってきた。
「ニャーゴロ!」
クリスはホッとしたように叫ぶと、ひらりとタコの頭から飛び降りた。それまで悪さをしないようにナイフを突き付けられていた大ダコは、クリスを下ろすと、あたふたと再び海へと返っていく。
「おっ、クリスか。どうしたんじゃこれは??」
「う……うん、実はボクにも良く分かんないんだけど、とにかく《海魔竜》が目覚めちゃってジークが闘ってるの!」
「《海魔竜》じゃと!?」
改めてニャーゴロは暴れまくる超巨大なタツノオトシゴに目をやった。
「……話には聞いておったが、まさかあんなのだとは……」
「確かに見た目は間抜けなんだけどさ、でもすっごく強いよ!」
息を詰めて見守るクリスの前で、海中の激闘は続いていた。
「うがぁぁぁぁぁっ!」
巨大な魔竜に対して果敢に攻撃をしかけるジークだったが、やはり水中だと充分に力を込められず、どれも固い鱗に阻まれてカスリ傷にしかならない。
そして《海魔竜》は巨体に見合わぬスピードと圧倒的なパワーで、ジークの身体を軽々と弾き飛ばしていく。
その衝撃を何とか《闘気》で防ぎつつ、弾かれても弾かれても魔竜に喰らいついていくジークだったが、だがそのとき、不意に魔竜の腹にある袋がパカッと開くと、その中から何かがワラワラと飛び出してきた!
「えっ!?」
それは何と、ジークの1/3程の大きさの、《海魔竜》にうり二つの姿をした、タツノオトシゴの群れであった!
「ガッ!?」
唖然として一瞬動きが止まるジークに、ミニ海魔竜の大群が縦横無尽に襲いかかる!
「ガァァァッ!」
ジークがシェルザードをなぎ払うと、ミニ海魔竜はどれもあっさりと吹っ飛んでいったが、とにかく数が多すぎる!
何せジークがたたき落としてもたたき落としても、ミニ海魔竜は後から後から湧いてくるのだ!
わらわらわらわらわらわらわらわらわらわら……
攻撃力こそほとんど無いものの、ミニ海魔竜はうじゃうじゃとジークにまとわりつき、その動きを奪っていく。ジークは何とか振りほどこうと暴れるものの、タツノオトシゴの群はほとんど悪夢のようなうっとうしさで離れようとしない!
「きゃぁぁ、ジーク!」
身動きの取れなくなったジークめがけて、《海魔竜》が突き進む!
「ニャーゴロ! ジークが危ないよ! 何とかして-!」
悲鳴を上げながら、クリスはニャーゴロの首を力任せに揺さぶった。
「わかったわかった! ワシの魔道で何とかしてやるから!」
がくんがくん揺れながら、ニャーゴロは杖を天にかざした!
「一網打尽にしてやるわい! 行くぞよ!」
ニャーゴロの呪文の詠唱に合わせて、晴れ渡っていた空に突如黒雲が生じる。
「--落ちよ、天帝の剣!」
ニャーゴロが絶叫する! そして同時に雲の一角が激しく光った!
「《轟雷》!」
ドゴーン!! ニャーゴロが勢いよく杖を振り下ろした瞬間、雷鳴が轟くと、天裂く稲妻が海面に突き刺さった!
「--きゃっ!!」
目もくらむばかりの閃光が収まると、海面には、落雷の直撃を受けたミニ海魔竜の群が、次々と浮かび上がってきた。
いつぞやヒョウが見せた《雷弾》とはまさに桁が違う、恐るべきニャーゴロの電撃呪文の威力である。まして電気を通す水中での炸裂ということで、わずか一発でミニ海魔竜軍団はすべて海の藻屑と消えていた。
ところが。
「きゃぁぁぁ!? ジークも浮いたぁ!」
ぷかぁ~、続いてジークまでもが浮き上がってきたのを見て、クリスが悲鳴を上げる。
「おーそうじゃった。ジークも巻き添えになるのを忘れとった」
こりゃ失敗、失敗、と気楽に頭をかくニャーゴロ。
「し、死んじゃったの!?」
泣きそうな顔になるクリスに、ニャーゴロは相変わらず呑気に答えた。
「まぁ普通ならそうじゃが、あ奴のことじゃ。《闘気》も全開状態じゃったし、多分大丈夫ではないかの?」
「そ、そんないい加減な……!」
思わず声を荒げかけたクリスの後ろで、ザバーンと何かが海中から浮かび上がってくる音がした。
「え”!?」
イヤーな予感がして振り返るクリスの前で、《海魔竜》が吠える!
「き、効いてない!?」
「な、何て奴じゃ、ワシの電撃を耐えきりおるとは!?」
さすがに驚きの表情を浮かべるニャーゴロ。まさに恐るべき、深海の魔竜であった!
しかしそんな魔竜に対し、我等がジーク・アルザードは相変わらず背中を見せてぷかぷかと浮かびっぱなしである。
キシェェェェン! 海の魔竜は咆哮すると、さながら土左衛門のように波間に漂うジークめがけて、勢いよく突進していった。
9
「ああっ……」
ドシャア……、オトヒメの身体がついに力尽きて崩れ落ちる。そしてその周りには同じように息も絶え絶えになった全裸の人魚達が、ぐったりと倒れ伏していた。
そんな彼女達を、ヒョウは満足げな表情を浮かべて見下ろしていた。
「み……見事じゃ……」
はぁはぁと荒い息をつきながら、オトヒメがうめく。
だが、その顔は苦痛とはまったく逆の、恍惚たる笑みを浮かべていた。そしてそれは他の人魚達も同様だった。
ちなみにオトヒメとヒョウが二度目に交差してから、それほどの時間はたっていない。そんな短い時間の間に、一体何が起こったのか?? ただ一つ確かなのは、もはやオトヒメ達に、ヒョウの行く手を阻むだけの力は、残されていなかったことだった。
「お、恐ろしい男よな、そなたは……」
うめくオトヒメの瞳は、しかしうっとりとヒョウを見つめている。
「わらわの負けじゃ……オリハルコンは好きにするがよい……」
「フッ……」
ヒョウはキザに微笑むと、ゆっくりとオトヒメの裸の身体を抱き起こした。
「……!?」
戸惑うオトヒメに、ヒョウが優しく語りかける。
「闘いはここまでです。さぁ早くお逃げなさい」
「えっ……?」
「あなたみたいな美しい方が、命を粗末にしてはいけませんよ」
そしてヒョウはオトヒメの耳元にそっとささやいた。
「……今度はもっとゆっくりと可愛がって差し上げますから」
ポッとオトヒメの顔が赤らむ。
「そして人魚のお嬢さん方も、その時はみんなまとめてお相手いたしますよ☆」
目をハートにした人魚たちがコクコクとうなづく。
「……さてと」
そして数刻の後、オトヒメと人魚達がその場を離れたのを見届けると、ヒョウは『祭壇の間』の扉を押し開いた。
ギ、ギイイイイイ……重くきしみながら扉が開く。
「--!?」
一瞬まばゆい光が目を貫く。だが次第に目が慣れてくると、部屋の中央にある《海魔竜》の祭壇に飾られた一本の透き通った金属片が、まるで何かに呼応するかの如く、まばゆく光り輝いているのが分かった。
まるで海中の光のしずくを集めて作られたかのように、キラキラと神秘的な輝きを発しているその宝玉こそが--!
「……オリハルコン!」
ヒョウはしばらく呆然とその輝きに見とれていたが、やがてゴクリと息を飲むと、神秘の秘宝に向かってゆっくりと近付いていった。
※ ※
波を荒々しくかきわけて、《海魔竜》がジークに迫る!
「きゃああああっ!」
悲鳴を上げて思わず顔を背けるクリス。
だが、まさに間一髪、その叫びにジークはハッと我に返ると、超人的な反射神経を持って身をかわした!
ザザザザ! そのすぐ横を魔竜の巨体が突き抜けていく。海面が衝撃波に大きく波立ち、ジークの身体はまるで浮かぶ木の葉のように翻弄された。
「な、何なんだ、一体!?」
自分の置かれた状況に気付いて、ジークは思わず愕然として叫んだ。
(いつの間に俺はこんな変な化け物と闘ってんだ~~!?)
どうやら電撃のショックで《バーサーク》が解けたらしく、しかも今回はかなり朦朧とした意識の状態で《バーサーク》したせいか、ほとんど記憶らしい記憶がない。
なので突然気が付いてみたら、いきなりわけのわからん超巨大タツノオトシゴと海中で闘っているという、大変シュールな状況にいたわけで、それは混乱するなという方がムリというものである。
だがそうしている間にも、情け容赦無く海の魔竜は襲いかかってくる!
「くっ!」
今度はかわしきれない! ドシャアアッ、吹き飛ばされたジークの身体が高々と宙を舞うと、盛大な水しぶきをあげて着水し、そのまま海へと沈んでいった。
そしてすかさず魔竜もそれを追って潜っていく!
「ジーク……ジーク!」
海に向かってクリスは懸命に叫んだが、ジークも魔竜も浮かび上がってくる気配を見せない。
「お願い……死んじゃ嫌だよぉ……」
ポロポロと泣き崩れながら、呆然とジークの消えた辺りを見つめるクリス。
その頃、ジークの身体はゆっくりと海の底へと沈んでいきつつあった。
もうもがくだけの力も残っていない。魔竜の体当たりの衝撃で、全身が情けない悲鳴を上げていた。
(死ぬのか……このまま……)
ふとそんな思いがよぎったとき、不意に脳裏にクリスの泣き顔が浮かんできた。
死なないで……! そのとき確かにクリスの泣きながら叫ぶ声が聞こえた気がして、ジークの目がカッと見開かれた。
(クリス……!)
その瞬間、ジークは心の奥から何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。そしてそれは同時に力となって、ジークの体中を駆けめぐっていく。
(こんなところで……死ねるかよ!)
そんな熱い思いに突き動かされて、何とか身体を起こしたジークの頭上から、再び《海魔竜》が襲いかかる!
「うおぉぉぉぉっ!」
ジークは間一髪その突進をかわすと、その背中にシェルザードを突き立てた!
ズバッ! 魔竜の鮮血がほとばしる。だが光の弱い深海ではシェルザードの力は充分では無く、さほど効いた様子も見せずに魔竜は激しく体を揺すり、ジークを弾き飛ばそうとする。
「くっ……!」
ここで振りほどかれたら最後と、ジークは懸命に柄を握りしめたが、しかし海中を自在に泳ぎ回る魔竜の激しい動きに、ついにシェルザードの刃は魔竜の背中から抜け落ちてしまった。
(しまった……!)
足場を失い再び沈み始めるジークにとどめを刺すべく、猛然と《海魔竜》が迫る! 最後の力を使い果たしたジークには、もはやその突進をかわすことはできそうにもなかった。
(ダメか……ゴメンなクリス……)
だがその時、薄れかかるジークの視界の隅を、一筋の光が走り抜けた!
(…………?)
海の底から飛び立った光り輝く何かが、次第に輝きを増しながら近付いていくる!
「--ジーク! オリハルコンだ! 受け取れっ!」
その声に驚いたジークの視線の先にいたのは、三人の人魚にまるで騎馬戦のように支えられたヒョウの姿だった。ちなみに三人の人魚は何をされたのか、みな目をうっとりとハートにして、ヒョウの指示に従って泳いでいる。
そしてヒョウの手から放たれた光の矢--オリハルコンはまるでジークの手にしたシェルザードに引き寄せられるかのように勢いよく水中を突き進む。
そしてオリハルコンがシェルザードの刃と合わさった瞬間--光が、爆ぜた!
カカッ! 一瞬の閃光の後、ジークの手の中には、それまでの短剣状ではなく、長剣と化したシェルザードの姿があった!
「……シェルザードが!」
ジークの叫びに応じるかのごとく、シェルザードの伸びた刀身が煌めく。その光に失われかけた勇気を取り戻したジークは、ギュッと手に力を込めると、再び迫る魔竜に向き直った。
「来やがれ、タツノオトシゴ野郎!」
キシェェェェッ! 吠える海の魔竜めがけて、ジークがシェルザードを構える!
そして魔竜の突進がジークの身体を弾き飛ばそうとしたその寸前、ジークはぐん! と身体を右にひねってその衝撃を紙一重で受け流すと、そのまま魔竜の右の首筋にシェルザードの刃を突き立てた!
閃光と共にシェルザードの切っ先が魔竜の固い鱗を貫き、そのまま深々と突き刺さる!
ギシェェェェッ!! 魔竜は絶叫したが、自らの突進の勢いを止めることができず、その身体がそのまま横一文字に引き裂かれていく! そしてシェルザードの刀身から放たれる光が、同時に魔竜の身体の内側を焼き尽くしていった。
魔竜の目が次第に濁っていく。やがて動きが止まり、ジークがシェルザードを引き抜くと、鮮血をまき散らして《海魔竜》は深海へと沈んでいった。
(勝った……)
だが勝利の安堵感とともに、今度こそ本当にすべての力を使い果たしたジークの身体もまたゆっくりと深い海の底へと沈んでいく。
(……眠い……クリス……)
頭の中に次第に霧がかかっていく中、彼の帰りを待っているであろう少女の笑顔がぼんやりと浮かぶ。だがそれもほんのわずかな時間にすぎず、ジークの意識もまた深い淵の底へと沈んでいった。
※ ※
「いつまでそんな顔しとるんじゃ。ホレ、元気ださんか」
浜辺でひざを抱えたまま一人沈み込んでいるクリスに向かって、ニャーゴロが珍しく優しい声をかける。
「ジークの事なら安心せい。あ奴がそんなに簡単にやられるわけなかろうが」
だが返事は無い。そのつぶらな瞳は涙に濡れて、ジークの姿が消えた沖の方を見つめている。
「やれやれ」
そんなクリスのしょんぼりした様子に、困ったのぉ……とヒゲを引っ張るニャーゴロ。
その時、沖の方から何かが浮かび上がってくる気配があった。
「あっ……!?」
それは人魚たちに運ばれてきたヒョウの姿であった。
そしてその肩にはジークが担がれている。
ジークはぐったりとヒョウに身を預けていたが、どうやら命に別状はないようだった。
「あっ……あっ、ああっ……」
クリスの瞳に、これまでとは違う別の涙があふれ出す。
「よかったのう。二人とも無事のようじゃぞ」
「う、うん」
泣き笑いの表情を浮かべながら、ごしごし目をこするクリス。
(良かった……ホントに……)
手を振る人魚達に見送られながら、ヒョウとジークがゆっくりと浜辺に上がってくる。
そしてクリスに気付いたヒョウが大きく手を振り、そしてジークもまた顔を上げると、弱々しく手を挙げてみせた。
「ジーク!!」
その姿を見てクリスはたまらず駆け出すと、力一杯ジークめがけて飛びついた。
ザッパーン、そのままの勢いで二人の身体が海に向かって転がり込む。
「うわ、やめろ!? もう俺は海の中はコリゴリなんだ!」
抱きつかれて水の中でもがくジークだったが、でもそのまま何も言わずにしっかりと自分にしがみついてくるクリスの重みを、何だか嬉しくも感じていた。
そんな二人の姿を見て、まぁ仕方無いな、という感じで肩をすくめるヒョウ。
「まったく……にぎやかな連中じゃのう」
あきれたようにつぶやくニャーゴロだったが、続いてその視線を砂浜に向けた。
そこには、海に転がり落ちる前にジークが放り出したシェルザードが、寄せては返る波に洗われていた。波打ち際で遊ぶ小さなカニが、その美しい剣を珍しそうに眺めながら、その横を通り過ぎていく。
(まぁしかし思ったよりやりおるではないか。これならもしかすると……)
砕かれた伝説の超聖剣は、今や元の姿をほぼ取り戻し、次第に沈み始めた夕日の光を受けて、キラキラとその長い刀身を輝かせていた。
目指すシェルザードのパーツは後一つ。
だが、一行はこのときまだ知らなかった。
最後のパーツが眠る場所に、一体どれほど恐ろしい罠が待ち構えているのかを!
(第六章「《退魔光剣》復活!?」に続く!)
第五章の後書きはこちらデス☆
http://yuya2001.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-1176.html
第六章掲載は10/3(水)予定!




