第四章「砂漠の底に眠るもの」その3
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「……ねぇ、ジーク大丈夫かなぁ」
そのとき、なぜだか奇妙な胸騒ぎを覚えてクリスは立ち止まった。
「さぁのう」
その前を歩くニャーゴロは振り向きもせずにそう答えたが、続いてクリスには聞き取れない程度の声で小さくつぶやいた。
「……ま、少しぐらいは『修行』もしてもらわんとな」
「え……今何て言ったの?」
クリスが聞き返そうとした、まさにその瞬間!
「!?」
キシェウーーン!! 突然トンネル内に響き渡った咆吼に、クリスとヒョウは慌てて後ろを振り返った。
「ね、ねぇ、今の何……?」
「あの咆吼……まさか……」
トンネルの薄暗がりに目をこらす二人の視界にまず飛び込んできたのは、脇目もふらずにひた走ってくるジークの姿だった。
そしてその背後から、地響きと共に巨大な何かが近づいてくる!
「みんなー! に、逃げろっ! 逃げるんだっ!!」
ジークの叫びの切羽詰まった響きに、クリスとヒョウは瞬時にその後を追う影の正体に気付いた。
全身に激しい怒りをたぎらせて、大地の魔竜が迫る!
「わ、わぁぁぁぁっ!?」
たちまちジークにならって、二人も回れ右と同時に全速力で走り出した!
「ジーク、このバカ野郎! 何、竜起こしてんだよ!!」
「そ、それが良く分からねぇんだけど、何だか地面が急に跳ねて……!」
「ほっほっ、これは大変なことになったのぅ」
困惑しながら事情を話そうとするジークをさえぎるようにして、ニャーゴロがのん気な口調でつぶやいた。いつの間にか杖にまたがって、一行の少し前を飛んでいる。
「まぁ《地魔竜》は強烈な光に弱いから、外まで出れば追ってはこんよ。じゃあ、ワシは一足先に地上に戻っておるからな~」
ビューン! それだけ言うと、ニャーゴロは杖を一気に加速させる。
「ず、ずるい自分だけ!」
三人の悲鳴などどこ吹く風で、がーんばーれよーというお気楽な声を残して、ニャーゴロの姿はたちまちはるか遠くに消えていった。
「あの猫野郎~!!」
「と、とにかく走るんだ!」
さいわい魔竜の動きはそんなに速くなく、死にものぐるいで逃げるジーク達との間には次第に距離が開いてきた。出口までの距離も後わずかである。
(良かった、この調子なら何とか逃げ切れそう……)
だがその瞬間、不意にクリスは砂のくぼみに足をひっかけると、バランスを崩して転倒した!
「キャアッ!?」
「クリス!」
クリスのすぐ後ろを走っていたジークが、慌てて立ち止まる。
「大丈夫か、おい!?」
「……う、うん」
気丈に微笑んで立ち上がろうとしたクリスの足に、鋭い痛みが走った!
「イタッ!」
たまらずしゃがみこんでしまうクリス。
「ど、どうしたっ!?」
「うん……ちょっと足をくじいちゃったみたい……」
「何っ!?」
ジークの顔に緊張が走る。
「歩けるのか!?」
ジークの問いにクリスは何とか立ち上がったが、一歩歩き出そうとするとやはり激痛に負けてしゃがみこんでしまう。
「ううん……ダメ。痛くて歩けないよ……」
「くっ……!」
ジークは途方に暮れたように周囲を見渡した。
いつの間にかトンネル内に残っているのはジークとクリスの二人だけだった。
少し前を走っていたヒョウはクリスの異変に気がつかなかったようで、そのままトンネルを出てしまったらしい。ニャーゴロだけでなくヒョウもいない以上、魔道による治療もあてにすることはできない。
一方の《地魔竜》は獲物がもはや動けないことを悟ると、まるで恐怖をあおるかのように、ゆっくりゆっくりと歩み寄ってくる。
「……畜生!」
ジークは吐き捨てると、腰の長剣を抜き放った。
「こうなったらやってやるさ! ドラゴンだろうが何だろうがぶった斬ってやらぁ!」
「……ジーク」
そのとき、いきり立つジークに向かってクリスが口を開いた。
「お願い……逃げて……」
「な、何言ってやがる!? 突然!」
意外なクリスの言葉に、思わずジークがうろたえる。
「闘っちゃダメ……いくら何でも勝てっこないよ……ボクのことはいいから、ジークは逃げて……!」
痛みをこらえながらのクリスの言葉に、ジークは心がズキンとするのを感じた。
(俺のせいなんだ……)
それを思うと自己嫌悪に陥ってしまう。
(俺が、俺が竜を起こしちまったばっかりにクリスはこんな目にあってるんだ……)
それなのに、俺を恨んで当然なのに、クリスは俺に逃げろって--
ジークはぎゅっと唇をかみしめた。
「ねぇ、お願いよ! 早くしないと竜が来ちゃう! 逃げてっ!」
迫り来る竜にたまらずクリスが叫ぶ。
その瞬間、ジークはたたきつけるように叫んでいた!
「……バカ野郎! くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!」
「……!?」
ジークの思わぬ剣幕にクリスは息を飲んだ。
「お前は俺が守ってみせる!」
「……えっ?」
クリスは思わずドキッとして、まじまじとジークを見つめた。
だが、そう言うと同時にジークはこちらをかばうように前に出たため、クリスから見えるのはその背中ばかりである。
そのため、その表情は読み取れなかったが、クリスの瞳にはジークの姿が、何だかこれまで以上に大きな、頼りがいのあるものに映っていた。
「……ジーク」
腰に手を回して、クリスがそっとしがみついてくる。
(……!)
その柔らかな感触に、一瞬いつもの拒絶反応を起こしかけるジーク。
だが、クリスの身体が小刻みに震えているのを感じたとき、不意に恐怖とは違う別の何かが心の奥からわき上がってきた。
守ってやりたい……たとえどんなことがあっても--!!
自責の念とか、義務感とかなどではない。もっと本能的で、強烈な何かに突き動かされながら、ジークは長剣を握る手に力を込めた。
※ ※
クリスを守りつつ剣を構えるジークに向かって、地の魔竜が一歩また一歩と迫ってくる。
魔竜の放つ凄まじいまでのプレッシャーに耐えながら、ジークは冷静な戦士の目で剣をたたき込むべき場所を見定めようとしていた。
(こいつの身体は頑丈な甲羅に覆われている……となると剣が効きそうな場所は……)
ジークの頬を冷たい汗が流れ落ちる。
歴戦の戦士であるジークといえども、竜を相手に剣を交えたことはまだ無い。魔竜の立てる地響きが次第にその強さを増し、ジークの身体のみならず心にまで衝撃を与えていく。
だが、ここで引くわけにはいかなかった!
「……いいか、クリス。ちょっと離れてろよ」
ジークはそうささやくと、正面に向けて構えていた剣を右手側に引き寄せ、ゆっくりと左足を前に出した。そして膝を浅く沈め、いつでも飛び込めるよう重心を傾ける。
ジークの意図を察してクリスが少し後ろへと離れたその瞬間! ジークは裂帛の気合いとともに、魔竜の懐めがけて飛び込んだ!
まさか相手から仕掛けてくるとは思っていなかったのか、魔竜の動きが一瞬止まる。
そしてそのスキを見逃すジークではない!
「喰らいやがれぇぇぇ!!」
一気に間合いをつめたジークの身体が魔竜の頭の下でスッと沈み込む。そして次の瞬間、身体を鋭く回転させながら放たれたジークの斬撃が、魔竜のノドめがけて渾身の力でたたき込まれた!
--だが!
ガキイィィィン! まるで岩でも斬ったかのような衝撃が手から広がり、ジークの身体が剣ごと弾き返される。甲羅に包まれた胴体だけでなく、魔竜の全身を覆う鱗そのものが、すさまじい硬度を持っていたのだ。
そして次の瞬間、魔竜の右前足の一撃がジークに向かって襲いかかる!
(しまっ……!)
しびれる両手をかろうじて動かしてジークが剣でそれを受ける。だがまるでうっとうしい虫でも払うかのような、そんな魔竜の一振りによって、ジークの身体は軽々と吹き飛ばされ、砂のトンネルにたたき付けられた。
「きゃああ、ジーク!!」
壁面の砂がガラガラと崩れ、それとともにジークもまた地面に倒れる。足の痛みも忘れてにじり寄るクリスの前で、ジークはかろうじて身を起こしてみせたが、いまだ魔竜の一撃を受けての衝撃から全身が回復していなかった。
ダルシスとの激闘で破損していたジークの剣と鎧は、ニャーゴロの魔道によって修復され、またいくらか特別な魔力によって補強もされている。そうでなければ、今の一撃で剣は折れ、鎧も砕かれていただろう。だが、それでもダメージを全て受けきることは不可能であった。
(これがドラゴンか……!)
《天魔竜》との戦いの時は上空から一方的に攻撃されるのみだったが、こうして剣を交えてみると改めてそのとんでもない強さが良く分かる。まさに怪物の中の怪物、そしてそんなドラゴン族の中でも最強を誇る《魔竜》達は、人間の力などはるかに超えた存在であった。
(だが……!)
ジークの心はまだ折れていなかった。再び剣を構えると、戦士としての不屈の闘志を目に宿し、大地の魔竜へと向き直る。
魔竜もまた思わぬ反撃に警戒したのか、ある程度の距離を保ったまま近づいてこようとはしなかった。
「ジーク、大丈夫!? やっぱ無茶だよぉ!」
「心配すんな。確かに堅い奴だが、それでも手応えはあったぜ……」
泣きそうな顔をしているクリスに向かって、ジークは不敵に笑って見せた。
ジークの鋭い戦士の目は、先ほどの斬撃をぶち当てた魔竜のノドの鱗に、亀裂が走っているのを見逃していなかった。
「あの亀裂の部分にもう何発かぶち当てれば砕けるはずだ。そしてあの竜の動きは決して速くない……勝ち目はある……!」
そのとき、その言葉を聞いていたクリスの頬が、不意にカッと赤くなった。そしてしばらくためらった様子を見せた後、クリスはやがておずおずとジークに向かって切り出した。
「……あのさジーク」
いつもの元気な様子からは想像もつかないような、消え入りそうな声でクリスは続けた。
「《バーサーク》……したら……もしかして一撃で砕けるんじゃないかな……?」
「え?」
その言葉にドキッとしてジークが思わずクリスの顔を見る。まじまじと見つめられてクリスの顔がますます赤くなったが、やがて、ふんだ! という感じで胸を張ると、いつもの調子に戻ってこう言った。
「まったくもーホント世話がやけるんだから! 仕方ないなー、見せたげるから、ちゃちゃっとあんなドラゴンぐらいやっつけちゃうんだよ!」
「……クリスおまえ」
「まー考えてみればもう二回も見られてるんだから、今更平気だしねー!」
あはははは、クリスが明るく笑う。だが相変わらず顔は真っ赤なままで、めちゃくちゃ恥ずかしいのに無理してるのがバレバレではあった。
「……」
そんなクリスの姿を見て、ジークは再び自分でも良く分からない不思議な感情が心の底からこみ上げてくるのを感じた。それはダルシスと闘った後、クリスに泣きながらしがみつかれた時にも感じた気持ちだった。……これは何だ??
そんな戸惑うジークの前で、クリスの饒舌がパタッと止まると、無言のまま胸当てを外し、そして上着の裾に手をかけた。
そして再び消え入るような声で、ジークにささやきかける。
「……じゃあ行くよ……」
ドキドキというクリスの心臓の鼓動が聞こえてくるかのようだった。
そしてジークの心臓もまた同じように鼓動を早める。
「えい!!」
しばらくの逡巡の後、クリスは思い切ると、服を一気に胸の上までまくり上げた!
ぷるん、勢いよく露わにされたクリスの可憐な胸のふくらみが、ジークの前で小さく弾み、揺れる!
「……!!」
ジークの目が思わず見開かれ、その視線と意識がクリスの裸の胸に集中し、そして……!!
……
…………
………………何も起こらなかった。
(え”っ……?)
しばらくの間、吸い込まれるようにしてクリスの胸を凝視していたジークは、ハッと我に返ると同時に思わず愕然とした。
(バ、《バーサーク》しない!?)
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(《バーサーク》しない?? どうしてだ!?)
《地魔竜》に勝つには《バーサーク》して立ち向かうしかない--そう判断してクリスの裸を見たものの、何故かいつものような狂おしいまでのパワーが全身にみなぎることは無く、ジークはただその場に呆然と立ちつくしていた。
焦りにかられたジークは、改めてクリスのむき出しにされている胸へと視線を移す。
砂漠の日差しに小麦色に日焼けする中でもそこだけは抜けるように白い肌、まだ成長途中ではあるものの形良く膨らんだ胸、そしてその先端で緊張に震える小さな桜色の蕾--
いつもならジークにとってそんな「女性の象徴」とも言えるような存在は、まさに恐怖の的であった。少年時代に刻み込まれた忌まわしい記憶。それは女性に接した時に理屈抜きでジークに襲いかかってくるものであり、たとえクリスは多少マシだったとは言え、決して例外では無かったハズだ。
だが今こうしてクリスのさらけ出された胸の膨らみを見ながら、ジークは自分の心の中に不思議と恐怖が湧いてこないことを感じていた。
怖くない……というか、むしろこのままずっと見ていたいような……
(……あれ?)
それまでギュッと目をつぶって羞恥に耐えていたクリスだったが、沈黙が続くのを不審に思って恐る恐る目を開けてみる。
その視界に飛び込んできたのは、自分の裸の胸をジーッと見つめ続けるジークの姿だった!
「い……いつまで見てんのよぉぉ!!」
「ぐはぁぁぁぁっ!!」
かーっと耳まで真っ赤になったクリスのパンチをモロに喰らって、それまでぼーっと見とれていたジークの身体が大きくのけぞる。
「あれ……?」
ジークを盛大に吹っ飛ばした後で、クリスもまた異変に気が付いた。
「なんで!? なんで《バーサーク》してないのさ!?」
「……いや、それが……俺にも良く分かんないだけど……」
「やーん、これじゃあただの見せ損じゃない! ジークのバカぁぁぁ!!」
あたふたするジークの前で、クリスは胸を隠すとたまらずしゃがみ込んでしまう。
そのとき!
それまで身動きもせずじっと相手の様子を見ていた《地魔竜》が、おもむろに口を開いた。
そして大きく息を吸いこむと、その目がギラリと凶悪な光を帯びる!
「……まさか、ブレス!?」
「……きゃぁぁ!!」
一瞬で現実に引き戻されて、二人が悲鳴を上げる。うろたえるものの、この狭いトンネルの中、ましてやクリスが自由に歩けない以上、どう考えてもかわすことは不可能だった。
スッ……、魔竜の呼吸音が止む。
そして一瞬の不気味な静寂の後、強大な力を秘めた破壊の吐息が、魔竜の口から渦を巻いてほとばしろうとした--!!
刹那!
「《魔道弾》!」
シュバッ! 突如ジーク達の背後から飛来した二本の光弾が、その破壊の力を発動しようとした瞬間の《地魔竜》の口の中に叩き込まれた!
ドーン!!!
さしもの魔竜も思いも寄らぬ攻撃を受けて、ブレスを吐きかけた口を閉じると、そのままよろよろと数歩後ずさった。
「フッ……間一髪という所ですね」
背後から聞こえてきたその声に、クリスは目を輝かせて振り返った。
「ヒョウさん!」
「大丈夫ですか、クリスさん? 遅れて申し訳ございませんでした」
ヒョウがサッと前髪を払いながら、優しく微笑みかける。
「でも私が来たからにはもう安心ですよ。ドラゴンなど、あなたには指一本触れさせはしません!」
「ほー、えらい自信じゃねぇか?」
横から割り込んでくるジークに、ヒョウが打って変わっての冷たい視線を向ける。
「……なんだ、おまえまだ生きてたのか?」
「おあいにくさまでね」
同じく冷たい視線を返すジークに、ヒョウは露骨に舌打ちしてみせる。
「チッ、もう少し遅れてくれば良かった」
「……てかおまえタイミング良すぎるだろ!? もしかしてお前近くで隠れて助太刀に出るチャンスを見計らっていたんじゃねぇのか??」
実はその通りだったのだが、ヒョウは涼しい顔で受け流す。
「フッ、勘違いしてもらっちゃ困るが、別に助太刀なんぞする気はないさ。オレはあくまでクリスさんを助けに来たんだ。お前が竜につぶされよーが、喰われよーが、オレの知ったこっちゃないね」
「な~ん~だ~と~!?」
「もーケンカしてる場合じゃないでしょ! ほら、竜がまた動き出したよ!」
思わぬ奇襲を受けてしばらく呆然としていた《地魔竜》であったが、しょせんヒョウの《魔道弾》程度ではほとんどダメージは無かったらしく、一声低く咆吼をあげると、瞳を更なる怒りにギラつかせて、ゆっくりとこちらに向かって動き出そうとした。
「やっぱりあの程度じゃ効かないか……」
だがヒョウの様子はいたって冷静だった。
「できることならコレは使わずにいたかったが……いいだろう」
ヒョウはフッと前髪を払うと、そのまま右手の人差し指を天井に向かって突き出した。
「このヒョウ・アウグトースのとっておきを見せてやる!」
(……!? こいつ何をする気だ??)
魔竜を前にしてあまりの自信たっぷりなヒョウの様子に、むしろ戸惑うジークの前で、呪文の詠唱が始まった。
「天空の剣 雷神の槍 暗き雲に潜む青き竜の吐息よ……」
カッ! その瞬間、ヒョウの指先が青白い輝きを発した!
(……!! あれは……電光か!?)
「我が指に集え 闇の雷よ!」
バチッバチバチバチ! 呪文の詠唱に合わせて、ヒョウの指先を中心に激しい放電の渦が巻き起こる!
「ヒョウさん、あの竜の弱点はノドだよ! ジークが付けたあの傷の所を狙って!」
「わかってますよ、クリスさん!」
クリスの叫びにウインクで答えるヒョウ。雷の青白い光に浮かび上がるその仕草は、憎らしいぐらい様になっていたが、一方ジークは怒りでワナワナと震えていた。
(……てことは、やっぱこの野郎ずっと覗いてやがったな~!)
計算高いヒョウのことだ。おそらく《地魔竜》の弱点を知った上で、勝算がある&クリスにカッコイイとこが見せられる、と判断してから出てきたのだろう。
(だが逆を言えば、それはそれだけこの呪文に自信があるということか……)
そしてその指先の雷光は、いつしかまばゆく輝く槍の穂先へとその姿を変える!
「くらえ、ドラゴン!!」
決め決めの叫びと共に、ヒョウは勢いよく指先を魔竜めがけて突き出した!
「《雷弾》ーーーーッ!!」
カカッ! 指先から目もくらまんばかりの光と共に、雷がほとばしる!
《雷弾》--その名のごとく、天裂く稲妻を自らのものとする、魔道士の扱う攻撃呪文の中でも最大の呪文の一つである。
ただし、その分、難易度は高い。いわばこの呪文が使えるのは一流の魔道士の証しでもあるのだ。
(な、まさかあのバカがこんな大技を……!)
驚きに目を見張るジークの前で、トンネルの薄闇を切り裂いて稲妻が走る!
そしてその雷神の槍は過たず魔竜のノドの亀裂へと吸い込まれ--!!
……る直前に、雷光は急激にその勢いを失うと、スッと申し訳なさそうな音を残して消滅した。
ずどどどどどっ! 一瞬でも期待した分だけジークとクリスが盛大にひっくり返る。
見れば《地魔竜》までもがコケていた。
「げげっ!? そんな、届かないなんてありか~!?」
せっかくの決め所を外してしまい、焦りまくるヒョウの声を聞きながらも、内心ジークは奇妙に納得していた。
(……そーだろ。そーだろ)
まぁもともとヒョウがこんなハイレベルな呪文を使えること自体が、ほとんど奇跡なのだ。ちなみに「見た目が派手でカッコイイから」--それだけの理由で、努力嫌いのヒョウが珍しく頑張って習得した呪文ではあったのだが……
(も……もっとまともに修行しとくんだった)
ヒョウは全身に極度の疲労を感じてよろめいた。無理な大技の使用に加えて、心理的なダメージがその力を一気に奪っていたのだ。
そしてその前で、気を取り直した《地魔竜》が今度こそ獲物をしとめるべく、ゆっくりと迫ってくる。こうなると動きが鈍いだけに、その一歩一歩が巨大なプレッシャーとなって、3人の心を押しつぶした。
「あ~ん、もうダメ! 絶望よぉ~!」
頭を抱えるクリスだったが、そのとき、ヒョウが口を開いた。
「いや……実はまだもう一つだけ打てる手があります」
「え?」
意外な言葉に驚いたクリスがヒョウを見つめる。その視線の先で、ヒョウはゴクリとつばを飲み込むと、重々しく言葉を続けた。
「できればこちらの技こそ使いたく無かったんですが……こうなったら出し惜しみをしてる場合じゃないですね……」
「おいおいホント当てになるのかよ? そんなこと言って、またさっきみたいな大ボケ技じゃねーだろうな?」
思いっきり不審の目でヒョウを見るジークだったが、ヒョウは逆にそんなジークをいつになく真剣な顔で見返してきた。
「ああ、オレのもう一つの奥義ならきっと大丈夫だ。だが、それを使うには、オレ一人の力ではダメなんだ。お前と……そしてクリスさんにも協力してもらう必要がある」
ヒョウはそう言うと、クリスへと視線を移しその目をじっとのぞき込んだ。
「クリスさん……この技は、あなたを傷つけてしまうかも知れない危険があります。でもこの状況を打破するためにはもうこれしかありません。協力……してもらえますか?」
「大丈夫! ボクにできることだったら、多少の危険があっても喜んで協力するよ!」
ヒョウの真摯なまさざしに、クリスがまかせて! とばかりに胸をたたく。
「じゃあジーク、オレはホントはこの『あぶない技』にお前を巻き込むのは、ものすっごく嫌なんだが、悔しいがこの作戦にはお前の力がどうしても必要だ。協力してくれるか?」
「お、おう」
ジークは一瞬、(……何でこの野郎が俺の心配をするんだ?)と疑問に思ったが、クリスがそう言う手前、ツッコミを入れるわけにもいかず、ぎこちなくうなづいてみせた。
「よし……じゃあもう時間が無い。とにかく二人ともすぐに向かい合ってくれ!」
その言葉に急いでジークとクリスが向かい合うと、ヒョウはその真ん中から一歩後ろに引いた位置に立ち、目を閉じると何やらブツブツと精神集中の呪文のようなものを唱え始める。
そうしている間にすでに《地魔竜》は至近距離にまで迫り、低いうなり声をあげて鎌首をもたげると、一行に対して攻撃を加えるべく大きく牙をむいた--
その瞬間!
「行くぞ! ヒョウ・アウグトース、究極奥義!!」
ヒョウの目がカッと見開かれ、その両手が目にもとまらぬ速さで空中でクロスした!
そしてそれと同時にヒョウがジークに向かって鋭く叫ぶ!!
「今だっ! しゃがめ! ジーク!!」
「お、おう!?」
気迫に押されて、ジークが反射的にその場にしゃがみ込む!
そして次の瞬間、ジークがそこに見たものは…………!!
(え”っ?)
クリスは何だか不意に下がスースーするのを感じて、そーっと視線を足下に向けた。
何だか無性にイヤ~な予感がする。
そしてクリスは気が付いた。いつの間にか自分が……ミニスカートの下には……何も身につけていないことを!!
そしてちょうどしゃがみこんでいたジークの視界には、クリスのまくれあがったスカートの下にある、本来は下着に隠された、何というかその実に、『アレな部分』が飛び込んできて……
要するに--モロ☆であった!!
「☆℃£§▲#∞!?」
クリスは顔中真っ赤になると、声にならない悲鳴とともにスカートの裾を押さえる。
「決まった……」
その手にクリスの下着を握りしめて、ヒョウがつぶやく。
そう、これこそがまさにヒョウの究極の奥義。これまで数々の女性を脱がせてきたヒョウの超絶的なテクニックにより、自分が脱がされたことさえ気がつかないうちに、クリスの下着は一瞬でその手に抜き取られていたのだ。
まさに神技! これを『あぶない技』と言わずして何と言おう!
「いやぁぁぁ! 見ないでぇぇぇ!!」
あまりの羞恥に泣きながらうずくまるクリス。だがそれまでのほんのわずかな時間さえあれば、ヒョウのもくろみを果たすには充分であった。
クリスのその何というか女の子的にとても大事な部分を目に焼き付けると、盛大な鼻血と共にジークの理性は粉々に吹き飛び、そして--
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
野獣のような吠え声とともに、その秘めた力が解放される!
そして次の瞬間、《狂戦士》と化したジークは、猛然と地面を蹴ると、大地の魔竜に向かって襲いかかっていった!!、




