第四章「砂漠の底に眠るもの」その1
第四章 砂漠の底に眠るもの
1
ギラギラ輝く太陽の下に、砂の大地が果てしなく広がっている。
「暑いなぁ……」
ほとんど殺人的なまでの日の光をさえぎるようにして額の汗をぬぐうと、クリスは水筒の栓を抜き、一口飲んだ。
「生ぬるいどころか……これじゃあお湯だよ」
うんざりした口調でクリスはつぶやいた。
「おまえなんかまだいいぜ……俺なんか鉄の鎧着てるんだぞ、拷問だぜまるで!」
汗をボタボタこぼしながら、ジークは力弱く叫んだ。
その汗も地面の砂に吸い込まれるやいなや、たちどころに陽炎と化して蒸発してしまう。
一行は今、アースラル大陸の中央部にある《大砂漠》と呼ばれる広大な砂漠を横切っていた。
砂漠の日中の暑さは軽く四十度を超える。ニャーゴロの魔道の力で《転移》した一行が、この砂漠へ到着してから半日あまり。慣れない砂の上を徒歩で旅する一行の疲労は、そろそろピークに達しつつあった。
「あ~~もうイヤっ!」
クリスは空になった水筒を放り投げると、砂の大地にドサッと身を投げ出した。
炎天下の砂はかなり熱かったが、それでも立っているよりははるかに楽だった。
「だ~~っ! 俺もだ! やってられっかまったく!!」
「ああ……もう限界だな……」
そんなクリスを見て、ジークとヒョウも同じく砂漠の上にぐったりと寝転がる。
「何じゃもう音をあげおったのか? 近頃の若いもんは根性がないのう」
ニャーゴロはふわふわ宙に浮く杖からひょいと飛び降りると、呆れたようにひげを引っ張った。ちなみにその頭の上には魔道で呼んだ小さな雲がかかり、まるで日傘のように日の光を遮っている。
「何言ってやがる! てめぇだけ楽しやがってるくせに!」
「仕方ないじゃろう。この杖も雲も一人用なんじゃ。それに敬老の精神は大切じゃぞい」
当然とばかりに言い返すニャーゴロ。
「大体、ホントにこんな砂漠にシェルザードのパーツがあるのかよ!?」
「それは間違いない。この砂漠の中央部にシェルザードのパーツの一つは眠っておる」
「じゃあ最初からそこまで連れて行ってくれたらいいのに……」
クリスが恨めしげにニャーゴロを見る。だがニャーゴロは気にも留めた風でなく、涼しい顔で答えた。
「さすがのワシも3人も連れての《転移》となると、目的地の細かな制御は難しいんじゃよ。それにあんまし楽をしようと思ってはいかんのう。そんなんじゃお主らの冒険者としてのレベルも上がらんぞ? まぁ修行みたいなものじゃな」
「そんなこと言ったってぇ……」
「まぁでも安心せい。もう少ししたら目指す場所にたどりつけるはずじゃ」
ニャーゴロの言葉を聞いて、三人の瞳に期待が宿る。
「もう少しってどれぐらい??」
「そうじゃのう……今のペースで行ったら、後、半日くらいかのう」
シレッと言い放つニャーゴロに、ジーク達はうめくように叫んだ。
「半日~~っ!?」
「まぁそれは多少大げさで、距離的にはもうそれ程ではないのじゃがの」
凝固する三人の前で、ニャーゴロは平然と続けた。
「大体、お主らの歩くのが遅すぎるのじゃ。ちんたらちんたらと砂漠ナメクジじゃあるまいし。全力で走ればすぐ着けるぞい」
「じょ、冗談じゃねぇや! もうこっちは限界だぜ!」
かみつくように叫ぶジーク。
「……とりあえずしばらくは休憩させてもらえませんか?」
「うん……ボクもとりあえず今は一歩も歩きたくないよ……」
ヒョウとクリスも横になったまま力無く首を振る。
「……まったく軟弱な奴らじゃのう」
やれやれ、ニャーゴロはため息まじりで首を振ると、再びひらりと杖に飛び乗った。
「仕様がない。じゃあワシは先に行くから後から追い付いて来るがよい。なーに……」
ニャーゴロがひげを軽く引っ張る。
「『すぐに』追い付くことになるぞい」
そう意味有りげなつぶやきを残して、ニャーゴロの姿は砂漠の彼方へと飛び去っていった。
「ふぅ……」
ジーク達は砂の上に寝そべったまま、やっと与えられた解放感に思いっきり全身を浸らせた。
太陽は暑いことは暑かったが、こうしてくつろいでいるとガマンできない程では無かった。しかもおあえつらえ向きに心地よい風が三人の横を吹き抜けて行く。
安らぎの中でこれまでの疲労が少しずつ洗い流されていくようだった。
(いい気持ち……)
けだるいような快さの中で、クリスは次第にまどろみの世界へと落ちていった--
ゴゴゴゴゴゴゴ……
その時、突如として砂の大地が激しく鳴動した!
「!?」
ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!
しかもその揺れは急速に激しさを増していき、不気味な地響きも大きくなって来る!
「お、おい! あ、あれを見ろ!」
最初に何が起こりつつあるのかを発見したヒョウが、引きつりまくった悲鳴を発した!
「げえええええええっ!?」
モウモウと立ちこめる砂漠の中、超巨大なイモ虫のようなものが砂漠を真っ二つに引き裂きながら、こちらに向かって爆進して来る!
それこそは伝説に言う《砂漠の王者》ワームであった。ワームは普段は大人しいが、一度動き出せば前方に町があろうが、山があろうが、その進行を止めることはできないと言う!
「どわぁぁぁぁぁっ!!」
ジーク達は肝を潰して跳ね起きると、すぐさま全速力で逃げ出した!
もう疲れたなんて行ってる場合じゃない。ちんたらしていたら踏み潰されて、ペラペラの敷物みたいにされてしまう!
ズドドドドドド……!!
背後から迫る爆音が次第に近く、大きくなっていく!!
「ひええええええっ!!」
迫り来る圧倒的な恐怖に押され、さすがの三人もただひたすら砂漠の上を駆け抜けて行った。
2
ぜぇぜぇぜぇぜぇ……
息も絶え絶えになって砂の上にぶっ倒れているジーク達に、突然冷たい水が浴びせかけられた。
「わぁぁぁっ!?」
「きゃああっ!?」
慌てて跳ね起きる三人の前に、ニャーゴロが杖を片手に立っていた。上を見上げてみるると、ニャーゴロが日傘代わりにと呼び出していた雲が、雨雲に姿を変えてぷかぷかと浮かんでいる。
「どうじゃ、目が覚めたか?」
「……おかげさまでね」
「なんじゃ、何か言いたげな口調じゃのう」
ジークはそれを無視すると、びしょ濡れになった髪を犬のように振るった。キラキラと水滴が太陽の光を浴びて、宙に煌めく。
「……ところで」
ヒョウがけげんな顔であたりを見回した。
「あのワームは一体全体どこに行ったんだ?」
確かに言われてみればあれほど巨大だったワームの姿が、今は砂漠のどこにも見あたらない。
三人が覚えているのは、とにかく無我夢中で走っている内に、力尽きて倒れてしまったとこまでである。それからどれだけの時間が経ったのかは正確にはわからなかったが、それにしても今こうして全員無事なところを見ると、あの砂漠の魔獣は一体何だったのか?
「また砂の中に潜っちゃったのかなぁ?」
「それにしてはそんな形跡が見られませんね」
「……大体、ワームが進んで来た跡すら全く無いってのはどういうワケなんだ?」
次第に高まってきた疑惑を込めて、三人はニャーゴロの方をじとーっと眺めた。
ニャーゴロはジーク達に背を向けたまま、わざとらしく麦茶なんぞをすすっている。
「おいニャーゴロ、てめぇまさか……?」
目の奥にかすかな殺気を秘めて、ジークはニャーゴロの肩にぐいと手をかけた。
「なんじゃ物騒な声を出しおって。お主らも飲むか? よく冷えとってうまいぞ」
ニャーゴロはお気楽な口調で笑うと、ほれ、とばかりにジークに湯飲みを差し出した。
「誰が麦茶の話をしとるんだ!」
じーっ、ニャーゴロはしばらく探るようにジークを見つめた。
ジークの怒りは明らかにマジだった。
「……」
ニャーゴロはなおも無言でジークの顔を見つめ続けていたが、おもむろに杖に向かってカリカリと爪をたて始めた。
「……爪をとぐなよ」
今度は前足をペロペロ舐めたかと思うと、毛繕いを始める。
「……顔洗ってんじゃねぇよ」
ニャーゴロはフニーッとのびをうつと、ゴロゴロのどを鳴らしながら砂の上に横になってしまった。
「寝るなっ!!」
あくまでとぼけるニャーゴロに、とうとうジークの怒りが爆発した!
「いつまで普通の猫のフリしてやがる! てめぇのしわざだな! あのワームは!!」
「まあの」
ごまかしが通じないとなると、ニャーゴロは全く悪びれた様子も見せずに答えた。
「《幻術》という奴じゃよ。あの程度にひっかかるとはまだまだ甘いのぉ」
ほっほっほっ、ニャーゴロがのんきに笑う。
「てっ、てめぇ~~~!!」
激怒したジークが思わず拳を振り上げて迫った瞬間、ニャーゴロの身体が一瞬にして銀髪の乙女に変身した!
「やーん☆ ジークったらこわーい♪」
「¢§£¥*★!?」
至近距離に現れた《銀の聖女》に可愛くウインクされて、ジークは言葉にならない悲鳴を上げて飛びずさる。
「ちなみにこれは《変化》じゃよ。ホントに甘い奴じゃのぅ」
また一瞬にして猫の姿に戻ると、ニャーゴロはからかうように笑った。
「……ちくしょーこの化け猫め~~!!」
脂汗をぬぐいながらうめくジーク。
「まぁそう怒るな。おかげで思ったよりもずっと早く、目的地にたどり着けたのじゃからのう」
ニャーゴロはなだめるようにそう言うと、砂漠の一点を杖で示した。
「え?」
その言葉に三人はすぐさま目をやったが、しかしそこにあるのは何の変哲も無い普通の砂丘だった。
「何だよ、何もねぇじゃねぇか!?」
「まぁ、近くに行って見てきたらどうじゃ」
自信有りげなニャーゴロの口調に、ジーク達は半信半疑ながらも砂丘の上へと昇ってみた。
そこで彼らが見たのは--!
「げえっ!? 何だこりゃ!?」
丘の真下に広がっていたのは、巨大なクレーターだった! 穴の底に向かって始めは急激に、そして終わりの方は緩やかに、砂漠の大地がぽっかりとうがたれている。その規模はまるで大きな湖を思わせた。
「すっごーい……」
あまりの雄大な光景にクリスが思わずため息を漏らす。
「でも何でまたこんな所にこんな大きなクレーターが?」
深い穴の底をのぞきこみながら、いぶかしげにつぶやくヒョウ。
「それについてはまずこの砂漠の成り立ちから説明してやらんとのう」
そこに杖に乗ったニャーゴロがふわふわと追い着いてきた。
「そもそもこの辺りは昔からこのような不毛な土地であったわけじゃないのじゃ。かつてはここもまた緑あふれる豊かな土地じゃった。ただ、いささか運が悪いことに三千年前、《神魔戦争》の最後にして最大の激戦--ルーマ神とバドウ神の一騎打ちがこの真上で行われたのじゃ」
ニャーゴロの言葉に思わずジーク達は空を見上げた。三千年後の空は雲一つ無く、平和に晴れ渡っている。
「で、結果はこの前も言ったじゃろう。一騎打ちの結果、シェルザードはバドウ神の剣によって粉々に砕かれ、地上に飛び散った。そして--」
ニャーゴロは杖の先を穴の底に向けた。
「シェルザードの刃の一部が落ちて生まれたのが、このクレーターじゃよ。周りの大地もその時の二つの超神剣の激突の余波をモロにくらってこの有様というわけじゃ」
「……すげえんだな神の剣ってやつは」
改めて周囲の砂漠を眺めやって、ジークは戦慄を覚えた。
「二つの超神剣が激突すれば、その衝撃は時空間をも引き裂くというからの。まぁもちろん使う者の力次第じゃがな。安心せい、お主らごときがシェルザードを持ってもここまでの事はできはせんて」
「余計なお世話だっ!」
「でもシェルザードがここに落ちたって……特に何も見えないけどなぁ?」
クレーターの底を見つめながら、クリスが首をかしげる。
「……まさかこれだけ砂漠をさんざん引きずり回した挙げ句、ありませんでしたなんてことはないだろうなぁ?」
「まぁとりあえず話は後じゃ。今はとにかく底まで行ってみるがよかろう」
そう言うと、ニャーゴロはたまたま足下を通りがかった茶色い小さな砂漠トカゲに向かって軽く杖を振った。ボン!と白い煙が立ち上り、それが晴れた後にはトカゲの姿は無く、そこには代わりに一台の茶色いソリが出現していた。三人が何とか乗れそうな大きさである。
「こんな風に《変化》は相手にかけることもできる。まぁ無理矢理かけた術はあんまし長時間は持たんがの。ほら、早く乗るがよい。一気に底まで滑り降りるぞぃ」
ニャーゴロはそう促すと、自分はひょいと杖に飛び乗った。そして穴の底に向かって、飛行を開始する。
トカゲが変化したものだと思うとあんまし良い気持ちはしなかったが、仕方なくジーク、ヒョウ、クリスの順にソリに乗り込むと、その後に続いて斜面を滑り出した。
スザザザザザ……!
ニャーゴロを先頭に、三人はクレーターの底へと砂煙を上げながら進んで行った。
「うわー♪ 何だか気持ちいいね!☆」
傾斜に従って一行の速度は次第に速くなり、風を切って滑る爽快感に、クリスが思わず歓声を上げる。
「き、気楽なこと言いやがって! これ結構難しいんだぞ……うわぁぁ!!」
一方、先頭のジークはどんどん速くなるスピードに顔を引きつらせながら、紐をしっかり握りしめて、何とかソリをコントロールしていた。
「クリスさん、こいつの荒い運転に振り落とされないよう、私の身体にしっかりしがみついていて下さいね」
そんな優しい言葉をかけるヒョウだが、内心ではもちろん背中に押しつけられるクリスの柔らかな感触を堪能している。
「てめぇ、どさくさにまぎれて……!」
思わずカッとなるジークの耳元に、ヒョウが挑発的にささやきかける。
「クリスちゃんと密着するのが怖いからって、この順番にしたのはお前だろ? 文句言う筋合いじゃないよなー♪」
「こ、このムッツリスケベ野郎がぁぁ~~!!」
二人が激しく火花を散らしている間にも、ソリはぐんぐん穴の底へと近付いて行く。やがて、傾斜が次第に緩やかになり、穴の底が視界に入ってくるようになった。
だが、今でははっきりと見て取れるようになったその場所には、ただ黄色い砂の地面が広がっているだけで、シェルザードのパーツらしきものなど影も形も見えない。
「やい、やっぱり何も無ぇじゃ……!」
ジークが前を行くニャーゴロに向かって叫ぼうとした、まさにその瞬間!
ドゴオッ! 不意にそれまでジーク達が滑ってきた地面が--勢いよく陥没した!!
「なっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げるジーク達の姿がその穴の中に飲み込まれていく!
数瞬の後、一行の姿はクレーターの底の更にまた底へと消えてしまっていた--!




