第一章「貧乏王子と盗賊少女」その1
2012年に投稿してから時間も経ったので、改行を入れて読みやすくするなど
ちょっと手直しをしてみようと思いマス!(^^)/
退魔光剣シェルザード!
〈かつて天界に二振りの剣あり。光の神ルーマ、緑光を放つ剣を携え、赤き剣を持ちし闇の魔神バドウと戦う。その剣の名は《神の右手》シェルザード、そして赤き剣の名はヴォルザード、《魔王の左手》と呼ばれたり〉
第一章 貧乏王子と盗賊少女
1
港の町、ラコールの朝は早い。
アルカディア王国一の漁港であるラコールでは、朝一番の漁から船が帰ると同時に市が開かれ、新鮮なミッド海の海の幸を求め各地より集まった人々との間に、たちまち活発な取り引きが始まる。
取り引きの熱気が高まるにつれ、次第に周囲の店も活気づいて来る。魚市場の客がついでに金を落としていってくれるからだ。
この町の最もにぎやかな時間は朝だった。
その市のごったがえす人波の中を、一人の少年が巧みにすりぬけていく。
少年--いや少女かもしれない。年は十五、六ごろ、粗末な布の服は男のものであり、サラサラの明るい栗毛もやや短めにきりそろえられている。しかしその緑がかったつぶらな瞳に小さな桜色の唇、そして胸元に見える小さなふくらみは、少年のものではなく明らかに愛らしい少女のものであった。
しかし少女の瞳は油断無くあたりを見回していて、まるで獲物を狙って身構える猫のような印象を少女に与えている。
少女はそのまま一度も立ち止まらずに人混みを抜けると、そのままスッと路地裏へ入っていった。
それからほんのしばらくして、ほとんど同時に人混みの中から次々と悲鳴が上がった!
「げげぇっ!? 俺の財布がない!?」
「わっ……わしもや!?」
「い、いつの間に!?」
慌てふためく人々を後にして路地裏を走る少女のふところには、大小様々な財布が『しっかり』と入っていた。
「……もういいかな」
少女は軽く息をついて立ち止まると、盗み取った財布を金だけ抜いて捨てていった。
金は少なく見積もっても500Gはあった。しばらくは余裕で暮らせる金額である。
「ラッキー☆ 大漁、大漁♪」
少女はその行為の後にはふさわしからぬような可愛い微笑みを浮かべると、空の財布の山を後に残して、いずこへともなく走り去っていった--
2
「ヨセフおじさーん、ユパの実一つちょうだい」
「おう、クリスちゃんじゃねぇか。おっし、待ってな、いいのを選んでやらぁ」
果物屋は山積みになったユパの実の中から、ひときわ大きく赤く熟れたやつを選んで、「ほらよ!」と少女に向かって軽く放った。
「わー! ありがとー☆」
少女は真っ赤な果実を右手でキャッチすると、代金の5S貨幣を払って店先を後にした。
朝市の活気も終わり、おだやかな時間の流れるラコールの町を、クリスと呼ばれた男装の少女は美味しそうに果実を頬張りながら、ぶらぶらとあてもなく歩き回った。
しかし、上機嫌そうに見えても、その目は常に油断なくあたりを見回している。
(やっぱツいてるときにはもう一稼ぎだよねー♪ さーて、いいカモはいないかなぁ……)
そのとき、次なる獲物を探すその盗賊の目が、ふと二人の旅人の姿をとらえた。
(--若いのとじーさんか、とりあえずトロそうだよね)
その旅人はどちも戦士風。一人は十七ぐらいであろうか。ボサボサの伸び放題の黒髪に黒い瞳、よく日に焼けた浅黒い顔立ちは若々しく精悍な印象を与えたが、同時にまだ子どもっぽくも見えた。古びた鉄の鎧に剣、そして薄汚れたマントを身に付けている。兜や盾は持っていないようであった。
そしてもう一人は逆に七十は越しているかと思われるヨボヨボの老人で、こちらは兜と盾どころか剣すらも持たず、ボロボロの皮の鎧のみを装備して、杖をつきつきヨロヨロ歩いている。
正直言って、けっこう変な組み合わせであった。
(……あんましお金は持ってそうじゃないケド)
最初はためらった少女だったが、でもカモには違いない、気を取り直すと、すぐに盗賊の瞳で彼らの財布の位置を抜け目なく確かめる。
(じーさんの方の腰か、よーし……)
少女は芯だけになったユパの実を投げ捨てると、突然走り出した。そしてそのまま一直線に二人に向かっていく!
「ん?」
それまでどことなくボーッとした様子で歩いていた若者は、突進してくる少女に気が付くと慌てて叫んだ!
「じい、よけろっ! あぶねーーっ!」
が、遅かった。
どかーん! じーさんは少女の突進をモロにくらうと、もんどりうって倒れてしまった。
「いたたたた……」
わざとらしく少女は痛がって見せると、服に付いた砂を払った。
「おい、じいっ! 立てるかっ!?」
そんな少女の前で、若者は慌てて老人の側に駆け寄ると、ぐいっと抱き起こしてやる。
「わ、若、だ……大丈夫でございまする……」
そう言いつつも、老人の声は今にも消え入りそうだった。
「ごめん、ごめん、前よく見てなかったんだ。急いでるから、じゃあね!」
すでに財布を抜き取ってある少女は、可愛くペロリと舌を出して謝ると、どさくさに紛れて逃げ出そうとしたが--
「待てっ!」
若者に鋭く呼び止められて、少女がピタッと立ち止まる。
「なぁおまえ……金を持ってないか?」
ギクッ! 少女は瞬時に固まると、ゆっくりと目を閉じ、心の中で数を数える。
(一、二の……三!)
そして目を開くと同時に、少女は勢いよく駆け出した!
「お、おい! 待ってくれ!」
慌てて若者は叫んだが、もちろん待つわけがない。まさに脱兎のごとく全速力で路地裏へ逃げ込むと、少女はゼーゼー荒く息をついた。
(バ……バレた、なんて鋭い奴……)
スリを始めてはや六年。一度も失敗したことのない彼女にとって、それはかなりのショックであった。
--と、その時!
「なぁ、金持ってるんだろ?」
不意に後ろで声がした。
「えっ……?」
聞き覚えのありすぎる声。
恐る恐る振り返ると、さっきの若者が立っていた。
「きゃーーーーーーーーーー!!」
少女は死ぬほどびっくりすると、ふところから今すりとったばかりの財布を取り出した。
「悪かった! ボクが悪かったから、ね、ね、返すから! じゃあねっ!」
少女は財布を押しつけると、一目散に逃げていってしまった。
後に残された若者は、手に押しつけられた財布と、遠ざかる少女の後ろ姿とを見比べながら、わけがわからないといった風につぶやいた。
「……なんであいつが俺達の財布を持ってんだ?」
3
「ハァ……ハァ……ハァ……」
少女はようやく立ち止まると、息を整えながら、額の汗をぬぐった。
「ハァ……怖かった……」
もう時刻はすっかりお昼をすぎているようだった。かなりの間走りづめだったらしい。安心すると無性にのどが乾き、お腹も減ってきた。
「どっかでお昼でも……」
だが、少女が飯屋を探して、キョロキョロあたりを見回したその瞬間、視界にあの忘れもしない二人組の姿が飛び込んできた!
ヒクッ、少女はひきつった笑いを浮かべると、へなへなとその場にへたりこんでしまった。
「おっ、さっきの男の子じゃねぇか! ラッキー!」
若者はパチリと指を鳴らすと、少女の方に歩み寄った。
(お……男の子ですってぇー!?)
動きやすいように男装こそしているものの、少女はふだんから気にしている所を思いっきり突かれて、ますますひきつった笑みを強めた。
「なぁ、おまえさぁ……お金持ってんだろ?」
「な、何だよ! 財布なら返しただろ!?」
フンだ! と顔を背ける少女の耳に、若者の思いがけない言葉が飛び込んできた。
「だったら金……貸してくれないか?」
「へっ……?」
少女は唐突な若者のセリフに一瞬戸惑ったが、すぐにその言葉の意味を悟るとかみつくように叫んだ。
「キミ……ボクをゆする気!?」
そんな少女の剣幕に押されながらも、キョトンとした表情を浮かべるその若者。
「ゆするって、なんだ?」
「今キミがやってるような事を言うの!!」
そのとき、二人の押し問答に、哀れっぽく連れの老人が割り込んできた。
「た……頼みます……実は昨日から何も食ってないのですじゃ……」
「はぁ?」
唖然とする少女に、若者がたたみかけた。
「な、頼むぜ、助けると思ってさ。金がもう全然ねぇんだよ。このままじゃ二人とも飢え死にしちまうんだ……」
若者は例の財布を逆さにして振って見せた。見事にホコリしか出ない。
(と……とんだ疫病神からスッちゃった……)
少女は今にも死にそうな二人と、空の財布を交互に見つめて、重くため息をついた。
※ ※
がつがつがつがつがつがつがつがつがつ……!!
「すっごい食欲……」
目の前に山と積まれた皿を見て、少女は思わずつぶやいた。
人の金でここまで豪快に喰える奴はあまりいない。
そんな視線に気付いたのか、若者はチラリと少女の方を見た。口にはまだ肉をくわえたままである。
「悪いな。ちょっと腹が減ってたもんで……な」
肉を引きちぎって飲み込みながら、若者はすまなそうに言った。
(「ちょっと」、ねぇ……)
少女は内心苦笑したものの、若者があんまり美味しそうに平らげていくので、怒るに怒れなかった。
「まぁいいや。金が入ったとこだったからね。遠慮しないで好きなだけ食べなよ」
「えっ、本当か!?」
「うん、いくらおかわりしたっていいからさ。おごったげるよ」
(どうせ元はボクのお金じゃないもんね)
後の方のセリフはもちろん口には出さなかったが、その言葉に若者の顔がパッと明るくなった。
初め見た時に何だかボーッとしてみえたのは、どうやら空腹のせいだったらしい。こうして若者の胃の中に皿の上の物が消えていくにつれ、彼は本来の生き生きとした、生気に満ちあふれた瞳の色を取り戻していた。
(へぇ……改めて見ると結構カッコいいじゃない)
少女は少し見直したが、当の若者はと言えば食べるのに夢中で、少女の視線の微妙な変化には全く気付くそぶりもみせない。
でも……、ボクの理想のタイプとはちょっと違うな--少女は心の中で呟いた。
(ボクの理想のタイプはもっと上品で気品がある、そう、まるで『王子様』みたいな人……)
物思うお年頃である。思わずうっとりと夢見がちになる少女だったが、現実に目の前にいる若者はひたすら料理をがっつきまくっている。『気品あふれる王子様』などには程遠いことおびただしい。
「……」
はぁー、少女はそんな若者を見て、軽くため息をついた。
(……わかってるもん。どうせボクなんかが『王子様』なんて人種に会えるわけないもんね)
「……どうしたんだ? いきなりため息なんかついて。具合でも悪いのか?」
若者がいぶかしげに少女の顔をのぞきこんだ。結構人の良い性格らしい。まぁ相変わらず肉をくわえたままではあるのだが。
「ううん、何でもない。ところでさ……」
少女は勢いよく首を振ると、内心の気まずさをごまかすために話題を変えた。
「ご飯おごったんだからさー、そろそろ名前ぐらい聞かせてもらってもいいかな? それにそもそもキミ達は一体何者なんだい? その鎧は結構立派な物みたいだけど」
「あ、そう言えば、喰うのに夢中で言ってなかったけ」
悪い悪い、若者は頬をかくと、ひとまず肉を名残惜しそうに皿に戻した。そしてゴホンと咳払いをして威儀を正すと、横で控える老人に向かって「じい!」と声をかける。
それを受け、同じくひたすら麺をすすっていた老人も急に改まった表情を浮かべると、おもむろに懐から紋章の描かれた護符のようなものを取り出して、少女の顔の前に突き付けた!
「控えぃ、控えぃ! 控えおろう!」
「な、な、何よ!?」
突然な展開に面食らう少女の前で、「ご苦労」とばかりに老人を制した若者が、続けてできるだけ重々しく、威厳を見せるような感じで、ゆっくりとその口を開いてこう言った。
「我が名はジーク・アルザード。このアースラル大陸で最も古い歴史を持つ誇り高き聖王国、トロキアの第一王子だ!」