幻夢抄録―目覚め―幻夢
(氷魚…おいで、おいで…目を、開けてごらん)
(霧で、なにも見えないわ…あなた、誰なの?)
(こっちだ、おいで)
手が、差し出される。その手は、白く細い。
(白い手、女の、人?)
手をとると同時に、立ちこめていた霧が、晴れていった。
(あなた!あたしとそっくりっ、も、もしかして)
彼は、柔らかく微笑んでから、氷魚の手を放した。
(俺は…氷魚、君の兄だよ…君に、伝えたいことがある)
(え…伝えたい、こと?)
柘榴は、哀しげに頷いた。
(氷魚、君を、守ってやれなかった…すまない)
(兄、さん…)
(村を、頼む。瑪瑙と、…に…)
(なに?なんて言ってるか、分かんないよ!ねえ、兄さんっ)
再び、深い霧がたちこめ、なにも見えず、聞こえなくなった。
「氷魚!?なにやってンだよお前!」
氷魚は、瑪瑙の声に、我に返った。
氷魚は、浅い湖、といっても、腰くらいまでしかないのだが―‐の中ほどに浮いていた。
確かここには、水浴びに来たはずだが、どうしたのだろう?
水を漕いで、瑪瑙が近づいてくる。
その時、改めて自分が、一糸纏わぬ姿であるのに、氷魚は気がついた。
「きゃあっ!こ、こっちこないでよっ!」
慌てて、瑪瑙に背を向ける氷魚。
「今更だっ、いいから来いっ!」
瑪瑙は、氷魚を掬い上げると、着ていた外套を脱いで、彼女を包んだ。
「瑪瑙…あたし」
「どうしたんだよ!?どっか、具合悪かったのか?早く着替えてこい、風邪ひいちまう」
「う、うん」
「で?どうしたんだよ…なにがあった?」
歩きながら、瑪瑙は、氷魚の顔を心配そうに覗きこんだ。
「あたし、よく分かんないけど、夢…見てたみたい」
「夢ぇ?」
瑪瑙は、ひょい、と片眉を上げる。
「うん、赤い髪の、男の人が出てきてね、自分は、あたしの兄だって、言ってたのよ」
「柘榴だ!他にっ、他に何か言ってたか?」
「あたしに、謝ってたわ、守れなくて、すまない。後は、村を頼むって」
「そうか…あいつらしいぜ、感謝してやんなきゃだな。あいつが、俺たちを引き合わせたんだ」
「そうね…」
(ありがとう、兄さん…お陰で、こんなにも、大切な人に出逢えた)
「お、そろそろ見えてきたな。あの丘を二つ越えたら、俺たちの村がある」
「ついに、着くのね」
氷魚は、感慨深く言った。
もうすぐ着くのだ、氷魚の故郷に。
彼女が、人としてではなく、本来、生きるべき世界に。
「ああ」
瑪瑙は、強く、氷魚の肩を抱き寄せた。