コンピュータ部の部室にて。
コンピュータの部室。
一年生が騒いでいる中で、私は部長さんと持論をぶつけ合う。
ことの発端は、部長さんの一言。
『黒田はさ、世の中の“人間”についてどう思う?』
頬杖をついて向かい側に座っている部長さん。
横で友達同士が喋っている中、一人で用語を覚えていた私は『へ?』と間抜けな声をあげてしまった。
突然過ぎて上手く頭が理解しなかった。
阿呆面を晒す私に部長さんは同じ言葉を繰り返す。
んー、と暫し考える。
「どうしてそれを私に?」
「前に持論を聞いて面白かったからな。もっかい演説してもらいたくなった。暇だし。」
「最後のが本音ですね。
ちょっとだけ待っててください。」
持っていたシャーペンを置いて、部室に大量にある大きなメモ用紙を取りに行く。
隣の席の友人に後ろを通してもらい、一枚だけビリッと。
黒板でやるには人が多すぎて恥ずかしい。
顧問も向こうの部屋にいるし。
先程まで使っていた用具を机の端に寄せ、二人の前に持ってきた物を広げる。
「人間にも色々あります。大きく別けると“男と女”。ちょっと細かくすると“人種”、“年齢”、“職業”、“出身地”や“生年月日”など沢山あります。」
「なら、“障害者”や“一般人”も含まれるな。」
「そうですね。言い出すとキリがないのでこれくらいにしましょう。」
シャーペンで色々と描いていく。
動く指先をジッと見詰められるから書きにくい。
そんなに見ないでくれ。
描いていった中央に人間を簡単に一人描く。
「この人が部長さんだとします。」
「小さいな。」
「宇宙からはもっと小さいですよ。
部長さんは“男性”で“高校生”で“日本人”で“愛知県”に住んでいる。“※※区”の“××高校”の“コンピュータ部”に所属して、二年間“部長”を努めている。これだけで、特定出来る人間は一人だけになりました。65億人でしたっけ?そんだけいる人口の中で、これだけの情報で部長さんが特定可能でした。」
「世界規模で考えると凄いな。コンピュータよりも早い。」
「フフ、コンピュータと比べますか。」
メモ用紙を見下ろしながら感心する部長さんに小さく笑う。
素で言っているから面白い。
この人のこういうトコは嫌いじゃない。
口に手を添えて笑う私に部長さんは苦笑した。
彼が机の上で腕を組み前のめりに体を傾けると、二人の距離が縮まる。
30センチも無い。
「黒田、そんなに可笑しいか?」
「もう笑ってませんよ。視力は大丈夫ですか?」
「良い方じゃなかったか?」
「部長さんの視力なんて知りませんよ。」
「それもそうか。」
男兄妹の末子だからこの距離も平気。
軽口を叩く後輩の頬をつねる部長さんの楽しそうな顔。
いっつも笑った顔してるけど、今のとは違う。
ちゃんと笑っている。
こういう僅かな変化に気づけるのは好きだ。
喜ばしい。
まあ、一年以上の付き合いだし。
部長さんの手を離させて持論の続き。
「世界に生き物は溢れかえっているのに、みんなみんな違っているんです。声、身長、体重、容姿、表情、癖、体温、趣味、体格、それら全てが当てはまるのはたった一人しかいないのです。世界はこんなにも広いのに、私達はちっぽけなのに生きていて、生活している。」
「そのちっぽけな人間の生活はクダラナイか?」
「…そう思う人もいるかもしれません。産まれてから死ぬまで、常に『充実している』と思うことは無くて、無駄な時間で残り少ない人生をだらだらと過ごしている人間も少なくない。こういった話し合いも、誰かからしてみればしょうもない時間の無駄なのでしょう。でも、私はそういうのも大切だと思います。その積み重ねが“今”なのですから。」
そっと目を細める彼に微笑み返す。
大分路線がズレてしまったが、まあいいだろう。
部長さんは気にしていない。
さてと、用語の続きを再開しますか。
「さて、恥ずかしい持論は終わったらので捨てますよ。」
「待て、俺が使う。」
「じゃあスペースを半分差し上げます。」
横長の机の幅は教室のより広いけど、向かい合って使うには狭い。
私が色々描き占めたメモ用紙に部長さんが手を加えているのが目に入った。
元々勉強などにヤル気がない私はそれを覗き込んだ。
新しく描かれていたのは、部長さんだと言って描いた人間の隣に同じような人間が一人。
「増殖ですか、わかります。部長さんが増えるとか気持ち悪いですね。」
「増殖は違うわ!」
ペシィ!!
良ぃー音がしました。
何もそんなに怒らなくてもいいのに。
いたいー。
ジンジンと痛む頭を抱えて蹲る私に、ハァーと長くて深い溜め息が聞こえた。
何だ、そこまで気に食わなかったか。
なんやねん、痛いわクソボケ。
おもっくそ叩きやがって。
怒りを込めて睨むが知らん顔された。
それにムカついたのでシャーペンでメモ用紙の部長さんの上に“受”の一文字。
「ズタボロになるまで攻めにピーされちまえ。腰たたなくなるまで路上で輪※されて放置されちまえ。そしてオッサンとかに●●●●●されてろ、イ〇ポ野郎が。」
「……。」
「黒田さんオマww」
「何々~?部長さんピーされるの?」
頭を擦りながら、次から次へと思いつく限りの暴言中傷を浴びせる。
モザイクが入る猥褻なモノしか言っていない。
呆れて言葉も出ない部長さん。
私の怒りの発言に興味を引かれた友達が此方の会話に加わる。
苦笑する斜め前の席の親友と、隣の席で身を乗り出す変態。
腐れ痔野郎の部長さん以外、全員女性だ。
ジト目で見詰めながらまだ毒舌を吐く私の口を部長さんの手が塞いだ。
楽しむ変態と失笑するしかない親友。
不快だったのでベリッと剥がして、思いっきり平手打ちしてやった。
ザマアミロ。
鼻で笑った私に部長さんは頭痛がした。
【部長さんのぼやき】
全員が帰った部室には俺と友人一人。
後は鍵締めだけ。
あの後も続いた黒田のモザイクが入る言葉を聞かされ、頭痛が酷くなった。
アイツが描いていたメモ用紙の人間。
左に描き足すんじゃなかったと後悔してももう遅い。
ミクロの俺の顔に“部長”と書かれた上を指先でなぞる。
その隣には顔に薄く“K”と書いたミクロの人間。
何故、あんなに怒ったのかわからない。
そんなに強く叩いていないはずだ。
…いや、アイツ涙目だったな。
感情に任せて強すぎたのか。
直ぐに謝れば良かった。
なんか今日は後悔してばっかだわ。
あークソッ!
思い通りにいかねぇ!
「何コレ?何でコイツら手を繋いでんの?」
「知らん。」
「お前が描いたんじゃねぇの?“部長”って書かれてんじゃん。」
「黒田が描いた。」
「ふぅーん。ま、アイツ鈍いから頑張れよ。」
慰める友人の手を振り払い、メモ用紙をぐしゃぐしゃに丸めた。
俺の後悔と一緒にゴミ箱に投げると、その中に吸い込まれるように入った。
友人のいらん同情を無視して部室を去る。
今日はとても蒸し暑い日だ。