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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


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第36話 映画原案者、教室では相変わらずふわふわしている

人は、すごいことをしていると、もっと“すごい感じ”になるものだと真白は思っていた。


 たとえば、忙しそうになるとか。

 もっと近寄りがたくなるとか。

 何かこう、一般人とは違う圧が出るとか。


 でも桃園絵麻は、そのあたりが全部ふわっとしている。


 そこがいちばん怖い。


 映画原案に関わっている気配がある。

 しかもたぶん、かなり近い。

 資料も見えた。

 反応も見えた。

 本人も“ちょっとだけ関わってる”と認めた。


 なのに翌朝も、絵麻は普通にふわっとしていた。


 教室の窓際で、カーテンの影をノートの端に描いている。

 しかも、その絵が妙にうまい。


「……何でそんなに普通なんだろう」


 思わず真白の口から漏れた。


「何が?」

 と絵麻が顔を上げる。

「全部」

「全部?」

「うん。昨日の流れのあとで、今日もそんな感じなんだなって」

「そんな感じって、どんな感じ?」

「ふわふわ」

「それはよく言われる」

「褒めてる?」

 とひかりがすぐ横から入ってくる。

「今回はたぶん、半分くらい本気の困惑」

 と真白。

「それはわかる」

 木乃葉が机に伏せたまま言う。

「桃園さん、そういうとこだけ異常に平常」

「異常に平常って日本語どうなの」

 さやかが言う。

「でも、だいぶ正確」

 と澪。

「たしかに、映画っぽい話のあとでいつも通り落書きしてるの強い」

「落書きじゃないよ」

 絵麻が言う。

「影の練習」

「言い方がすでに作る側」

 ひかりが笑う。


 教室に小さく笑いが広がる。


 真白は自席に鞄を置きながら、あらためて思う。


 この子、本当にすごいことをしている人間の“変な落ち着き方”をしている。

 たぶんそれは、教室でまで外のテンションを持ち込まないと決めているからなのだろう。


 そう考えると、少しだけ自分と似ているのかもしれない。


     ◇


 一時間目が始まる前、絵麻のスマホが一度だけ震えた。


 それ自体は珍しくない。

 問題は、その通知を見た絵麻の反応だった。


 ほんの一瞬だけ、姿勢が伸びる。

 目の焦点が変わる。

 それからすぐにいつものふわっとした顔へ戻る。


 だが今の2年A組には、それを見逃す人間が少ない。


「今の何」

 とひかり。

「何が?」

 絵麻がとぼける。

「一瞬だけ“仕事の顔”した」

「してないよ」

「した」

 と木乃葉。

「一コマだけ、ちゃんと“確認する人”になった」

「一コマって表現が映画っぽい」

 と澪。

「今のはたぶん木乃葉さんが悪い」

 さやかが言う。

「巻き込まれ方が雑だなあ」

 と木乃葉。


 真白は何となく、その通知の内容までは見ないようにしていた。

 というより、もう最近は“見えそうになったら目を逸らす”がだいぶ体に染みついてきている。


 だが絵麻は、自分からそのスマホを机に伏せて、少しだけ困ったように笑った。


「そんなにわかる?」

「わかる」

 ひかりが即答する。

「だって桃園さん、普段はもうちょっと“ふわっと確認”するもん」

「ふわっと確認って何」

 真白が思わず言う。

「桃園さんにしか許されない挙動」

 とさやか。

「たしかに」

 澪が頷く。

「普通の人は通知見て“あ、連絡だ”って顔するけど、桃園さんは“あ、連絡だなあ”って顔する」

「違いが説明されても全然わからない」

 真白が言うと、

「でもなんかわかる」

 と絵麻が笑った。


 わかるんだ。


 その一言が、逆にかなり作る側っぽい。

 人の感覚で組み立てた言葉の曖昧さを、そのまま受け取れる人の反応だ。


「……桃園さん」

 真白が少しだけ声を落として言う。

「何?」

「そういうの、教室だとちょっと危ないよ」

「うん」

 絵麻は素直に頷いた。

「今日はちょっと油断した」

「最近それ多いね」

 ひかりがにやっとする。

「映画の話が近いから?」

「……」

「何その沈黙」

 さやかが言う。

「今のはかなり答え」

「便利だなあ」

 木乃葉がぼそっと言う。

「便利じゃないでしょ、今のは」

 真白が言う。

「観測」

 と木乃葉。

「最近その言い換え好きだね」

「ちょっと気に入ってる」

「そこは素直なんだ」


 また笑いが起きる。


 だが真白は、その笑いの裏で少しだけ理解していた。


 絵麻はたぶん、映画の仕事が近づくほど教室での平静を保ちにくくなる。

 それはそうだ。

 自分だって、外仕事が大きくなると少し漏れる。


 にもかかわらず、絵麻はまだ“ふわっとしたクラスメイト”の顔を維持している。

 そこが、案外すごい。


     ◇


 二時間目の休み時間、さやかが真顔で言った。


「桃園さん」

「何?」

「今日、鞄の口開いてる」

「えっ」

 絵麻が慌てて振り向く。


 その一瞬で、机の横にかけてあったトートバッグの中身が少し見えた。

 スケッチブック。

 透明ファイル。

 細めのペンケース。

 そして、端に覗く紙の束。


 紙の上部に印刷された文字はほんの数文字だけ。


会議室B

絵コンテ確認


「……」

「……」

「……」


 今度は教室の数人が、かなり綺麗に目を逸らした。


 すごい。

 ここまで来ると芸術だ。

 見えているのに、誰もそこへピントを合わせない。


「閉めた方がいいよ」

 と、ひかりがすごく普通の声で言う。

「うん、ありがとう」

 絵麻もすごく普通の声で返す。


 終わり。


 それだけで済むのが、このクラスのすごいところだ。


 真白は少しだけ可笑しくなる。


 たぶん今、教室の中にいたほぼ全員が“絵コンテ確認って言った?”と思った。

 でも誰もそこへ行かない。

 行かないから平和。


「……うちのクラス、見ない技術高すぎない?」

 思わず真白が呟くと、

「最近さらに磨かれてる」

 と木乃葉。

「全員レベルアップしてる」

 ひかりが言う。

「何の技能なの」

 さやかが本気で聞く。

「秘密保持?」

 と澪。

「スキル名っぽい」

 絵麻が少しだけ笑う。

「使いすぎると疲れるやつ」

「実際ちょっと疲れる」

 とさやか。

「委員長としては、もう少し平穏な技能がよかった」

「提出物を正しい枚数で揃える、とか」

 と真白。

「それは本当に欲しい」

 さやかが即答したので、教室がまた少し笑った。


     ◇


 昼休み、絵麻は珍しく窓際でぼんやりしていた。


 手元には弁当。

 でも箸の動きがちょっと遅い。


 真白は少し迷ってから、その隣へ行った。


「……大丈夫?」

「うん」

 絵麻は頷く。

「ちょっと考えごとしてただけ」

「映画のこと?」

「……」

「今の沈黙でだいたいわかる」

「最近の一ノ瀬さん、そういうとこやさしいのに鋭い」

「褒めてる?」

「半分くらい」


 絵麻は少しだけ笑って、それから窓の外を見たまま言った。


「なんかね」

「うん」

「まだちゃんと言ってないのに、ちょっと近くまで見えてる感じが不思議で」

「……」

「怖いってほどじゃないけど、くすぐったい」

「わかる」

 真白はすぐに言えた。

「……ほんと?」

「うん。配信のこととか、学校で何も言ってないのに、たまに“近いな”って思うことある」

「……」

「でも、このクラスってそこで止まるじゃん」

「うん」

「だからたぶん、大丈夫なんだと思う」

「……」


 絵麻はそこで、少しだけ安心したような顔をした。


「一ノ瀬さん」

「何」

「そういうの、ちゃんと言葉にしてくれるの嬉しい」

「最近ちょっとだけ、言うようにしてる」

「前は?」

「自分の中で終わってた」

「今は?」

「少しだけ、外にも出す」

「……」


 絵麻はそこで、ほんの少しだけ目を細めた。


「いい変化だね」

「褒めてる?」

「ちゃんと褒めてる」

「今日はちゃんとが多い」

「便利だから、で終わらせたくない日もあるよ」

「そういう日なんだ」

「そういう日」


 二人で少しだけ笑う。


 窓の外は曇っていて、光は薄い。

 でも教室の中は、そこまで重くない。


 こういう空気があるから、たぶんみんな戻ってくるのだろう。


     ◇


 午後の授業のあと、ひかりが言い出した。


「ねえ桃園さん」

「何?」

「もし、仮に」

「うん」

「仮にだよ?」

「うん」

「映画とかアニメとか、そういう大きめの制作に関わってたとして」

「……」

「今の沈黙は仮にの意味が消えるやつ」

 とさやか。

「続けて」

 木乃葉が机に伏せたまま言う。

「そこ続けるんだ」

 真白がツッコむ。

「観測的興味」

「その言い方まだ気に入ってるな」


 ひかりは楽しそうに続けた。


「そういうのやってる人って、学校にいるとき、逆に何考えてるの?」

「……」

 絵麻は少しだけ考えてから言った。

「学校のこと」

「え」

 とひかり。

「普通に?」

「普通に」

「たとえば?」

 と澪。

「次の授業、体育いやだなあとか」

「すごい普通だ」

 真白が言う。

「あと、昼のパン足りなかったなあとか」

「めちゃくちゃ普通」

 さやか。

「あと」

 絵麻は少しだけ笑った。

「教室の空気、きれいだなあとか」

「それはちょっと普通じゃない」

 真白が即答すると、教室に笑いが広がった。


「やっぱりそこは桃園さんなんだ」

 ひかりが笑う。

「でも、そういうものなんだよ」

 絵麻は肩をすくめる。

「外で何してても、学校来たら学校のこと考える」

「……」

「それは、わかるかも」

 真白が小さく言う。


 配信のある夜でも、朝になれば提出物を思い出す。

 外仕事の連絡が来ても、教室では小テストがある。

 歌姫だろうが原案者だろうが、学校に来れば体育や当番や日誌がある。


 そういう二重生活の可笑しさが、最近は少し好きだ。


     ◇


 放課後、帰る前に真白はあらためて思った。


 絵麻はやっぱり、教室では桃園絵麻のままだ。

 ふわっとしていて、やさしくて、でも見ているものはかなり鋭い。

 外ではたぶん、映画やアニメの企画に関わるくらい本気の人なのに、そのことを教室の中で必要以上に大きくしない。


 たぶんそれは、強さだ。


 真白は自分の外側を教室へ持ち込まないようにしてきた。

 絵麻も同じなのだろう。

 でも、その“持ち込まなさ”の形が少し違う。


 真白は隠す。

 絵麻は溶かす。


 そういう違いがある気がした。


「……相変わらず、ふわふわしてるのに強いな」

 小さく呟くと、

「褒めてる?」

 と、背後から絵麻。

「うわ」

 真白は少しだけ肩を揺らす。

「いたの」

「いたよ」

「最近みんな気配どうなってるの」

「教室の外ではいろいろやってるから?」

「因果関係が意味不明」

「でもちょっとわかる」

 とひかりが割り込んできた。

「秘密持ち、多分ちょっと気配薄くなる」

「それは嫌な進化だなあ」

 とさやか。

「委員長としては、もう少しわかりやすく生きてほしい」


 木乃葉が机に突っ伏したまま言う。


「二階堂さん、それたぶんこのクラス全員に無理」

「ですよね」

 さやかが即答した。


 教室がまた少し笑う。


 真白も笑いながら、思う。


 映画原案者でも、教室ではふわふわ。

 歌姫でも、教室では主将。

 VTuberでも、教室では優等生。


 それでいいのかもしれない。

 たぶん、今のところは。

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