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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


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第35話 歌姫、再共演の方がむしろ落ち着かない

 初対面の相手と仕事をするのは、ある意味では楽だ。


 緊張はする。

 距離感も探る。

 でも、そこに余計な感情が乗りにくい。


 何も知らないから、仕事として集中すればいい。

 音のことだけ考えていればいい。


 問題は、相手を少し知ってしまったあとである。


 朝倉澪は今、その問題にかなり綺麗に直面していた。


「……変に落ち着かない」


 自室でそう呟き、澪はベッドの上にスマホを置いた。


 画面には、マネージャーから送られてきたスケジュール確認が表示されている。


日本アカデミー賞授賞式

特別ステージ出演予定

主題歌披露

ピアノ:真昼ましろ


 知っている。

 読める。

 意味もわかる。


 でも、わかるから困る。


 相手が“真昼ましろ”だと知っているだけなら、まだ仕事の話で済む。

 だが問題は、その真昼ましろが、一ノ瀬真白でもあることだ。


 教室で見かける無口な優等生。

 ちょっとずつツッコミが増えてきた人。

 最近は放課後の教室に残っても、そこまで居心地悪そうな顔をしなくなった人。

 あの人と、授賞式の大舞台でまた並ぶ。


「……そりゃ変な感じにもなるでしょ」


 ひとりで呟いてから、澪は白湯を一口飲んだ。


 喉にやさしい。

 でも心には特に効かない。


 紅白のときは、現場で知ってしまった。

 衝撃が先だった。

 あまりにも突然だったから、変に考え込む暇がなかったとも言える。


 でも今度は違う。


 最初からわかっている。

 だから準備段階から、ちゃんと意識してしまう。


 あの人は、たぶん、またちゃんと返してくる。

 アレンジも、呼吸も、こちらの歌を聴いた上で返してくる。

 それは信頼できる。

 ものすごく。


 だからこそ、下手なことをしたくない。


「……面倒くさいなあ」


 思わず本音が漏れる。


 でも、それは嫌だという意味ではなかった。

 むしろ逆に近い。


 少し楽しみで、でもだから落ち着かない。

 そういう面倒くささだ。


     ◇


 翌朝、学校へ向かう電車の中でも、澪の頭はそのことで少しだけ忙しかった。


 MIOとしての仕事と、朝倉澪としての学校生活は、基本的にきっちり分けている。

 それが自分の中では普通だった。


 でも最近、その境目にだけ、ひとつ例外がある。


 一ノ瀬真白。


 教室の中にいる、学校の外側を知っている相手。

 しかも自分も、向こうの外側を知っている。


 そこがややこしい。


 いや、ややこしいのに、前より少しだけ気が楽でもあるからなおさらややこしい。


 電車の窓に映る自分を見て、澪は小さく息を吐いた。


「学校では普通」

 と、自分に言い聞かせる。

「普通。普通ね」


 普通とは何だろう。

 最近この言葉の定義が少しずつ怪しい。


 朝の挨拶は、前より自然になった。

 短い会話もできる。

 たまに窓際で少しだけ仕事の話をすることもある。


 それは“普通のクラスメイト”の範囲なのか。

 たぶんギリギリ範囲だ。

 でも、心の中の温度はどう考えても普通ではない。


「……ほんと面倒」


 また同じ結論に戻る。


 だが電車を降りて、学校に近づくにつれ、考えは少しずつ朝のモードへ切り替わっていった。


 それももう習慣だ。


     ◇


 教室に入ると、真白はまだ来ていなかった。


 そのことに、澪はほんの少しだけ安心して、ほんの少しだけ拍子抜けもした。


 自分でも面倒くさい。


「おはよー」

 とひかり。

「おはよう」

 と澪。

「今日ちょっと早いね」

 と絵麻。

「電車のタイミング」

「朝倉さんって、ちゃんとそういう生活してるよね」

 さやかが言う。

「どういう意味?」

「時間をちゃんと守る人のオーラ」

「何そのオーラ」

「委員長目線の評価」

「便利だなあ」

 と木乃葉が机に伏せたまま言う。

「便利だから」

 とひかり。

「感染源多すぎ」

 さやかが本気でため息をつく。


 教室の空気はいつも通りだ。

 そのいつも通りが、最近は少しだけありがたい。


 そこへ、真白が入ってきた。


 いつもの制服。

 いつもの静かな顔。

 でも今の澪には、そのいつもの向こう側も見えてしまう。


 たぶん向こうも同じだ。


「おはよう」

 と澪は言う。

「……おはよう」

 真白が返す。


 短い。

 でも、その短さの中で、昨日の“またよろしく”がちゃんと続いている気がした。


「おっ」

 ひかりがすぐに反応する。

「何」

 と真白。

「いや、今日の朝倉、ちょっとだけ機嫌いい?」

「そう?」

 澪が言う。

「うん。声の温度が半目盛りくらい上」

「それもう測定器では」

 と真白。

「便利だね」

 と木乃葉。

「最近の便利、雑に便利じゃなくて万能の方に行ってない?」

 さやかが言う。


 教室が少し笑う。


 澪も笑いそうになるが、そこはうまく誤魔化した。

 たしかに今、自分は少しだけ機嫌がいいのかもしれない。


 理由は簡単だ。

 相手も、ちゃんと知っている。

 同じ案件を受ける方向でいる。

 その確認が昨日できたからだ。


 たったそれだけなのに、妙に安心する。


     ◇


 一時間目のあと、廊下で後輩のバスケ部員に捕まった。


「朝倉先輩!」

「何」

「今日の昼練、フォーム見てもらっていいですか」

「いいよ」

「ありがとうございます!」

「あと、昨日の練習試合動画も見ておいて」

「うっ」

「“うっ”じゃなくて」

「はい……」

「素直でよろしい」

「朝倉先輩、そういうとこママみたいです」

「誰がママ」

「頼れるって意味です!」

「便利な言い換えしないで」


 そのやり取りを、たまたま通りかかった真白が見ていた。


 視線が合う。

 真白が少しだけ口元を緩める。


「何」

 と澪。

「いや」

 真白は少しだけ言葉を選んでから言った。

「学校で強いなって、あらためて」

「……」

「何その顔」

「いや」

 澪は少しだけ視線を逸らした。

「朝からそれ言われるの、ちょっと照れる」

「照れるんだ」

「照れるよ」

「意外」

「失礼では?」

「褒めてる」

「雑だなあ」


 二人で少しだけ笑う。


 こういう何でもない廊下の会話も、前より自然だ。

 それが少しだけ嬉しい。


 だがその直後、後ろからひかりの声が飛んだ。


「おーい、二人ともー」

「何」

 澪が振り向く。

「今の感じ、ちょっと“片方が片方を知りすぎてる会話”だったよー」

「その言い方やめて」

 と真白。

「間違ってない顔してる」

 ひかりが笑う。

「だからそれを言うなって」

「でも今日はだいぶわかりやすい」

 と絵麻まで言う。

「朝倉さん、ちょっと柔らかいし」

「一ノ瀬さん、ちょっと素直」

「観察が過剰なんだよなあ、このクラス」

 真白がため息をつくと、

「褒めてる?」

 と音々。

「違う」

「今日は違うんだ」

「今日はじゃない。だいたい違う」


 また笑いが起きる。


 この笑いがあるから、ギリギリ教室は平和なのかもしれない。

 鋭いことを言われても、そこで止まる。

 深掘りしすぎない。

 だからまだ大丈夫だ。


     ◇


 昼休み、澪は部活のメニュー表を見ながら、少しだけぼんやりしていた。


 その隣へ、真白がごく自然な顔で来た。


「何見てるの」

「午後練のメニュー」

「ちゃんとしてる」

「一ノ瀬に言われると、何か生活力を褒められてる感じする」

「褒めてる」

「今日は褒めが多いね」

「最近、言うようになったから」

「……」


 その一言に、澪は少しだけ目を細めた。


 真白は最近、ちゃんと口に出す。

 前なら心の中だけで終わらせていたものを、少しだけ外に出すようになった。


 それがたぶん、教室の空気を変えたのだろう。

 自分も話しかけやすくなったし、会話の終わりに変な緊張が残りにくくなった。


「一ノ瀬」

「何」

「今度の、さ」

「……うん」

「まだちゃんと決まってないけど」

「うん」

「もし決まったら」

「……」

「今度は、紅白より落ち着いてできる気がする」

「……」

「何その顔」

「いや」

 真白は少しだけ視線を落としてから言う。

「私も」

「……」

「たぶん、前より、そっちを信じてるから」

「……」


 その言葉は、あまりにもまっすぐだった。


 澪は一瞬、返事が出なかった。

 こういうことを、一ノ瀬真白はたまに突然ちゃんと言う。

 普段が省エネなぶん、その一言がやけに深く入る。


「……ずるい」

 と、澪は小さく言った。

「何が」

「そういうの、真顔で言うの」

「だめだった?」

「だめじゃない」

「じゃあ何」

「ちょっと効く」

「……褒めてる?」

「かなり褒めてる」


 真白はそこで少しだけ笑った。


 その笑いを見て、澪も笑う。


 たぶん、これなのだ。

 再共演の方が落ち着かない理由。


 相手の実力だけでなく、人柄も少し知ってしまった。

 信頼している。

 だからこそ、気を抜きたくない。

 でもその信頼があるから、たぶん前より強い音も作れる。


 面倒くさい。

 でも、悪くない。


     ◇


 その日の放課後、澪は部活へ向かう前に、少しだけ体育館横の水道で手を洗っていた。


 冷たい。

 冬の水は容赦がない。


「うわ、つめた」

 思わず声が出る。


「珍しい」

 横から真白の声がした。

「何が」

「朝倉さんがそういう“普通の高校生っぽいこと”言うの」

「いや普通に言うでしょ」

「教室の外だと、ちょっとだけレア」

「それは一ノ瀬が学校での私を観察しすぎでは?」

「最近はお互いさまでは」

「……」

「……」

 二人とも少し黙って、それから同時に笑う。


 お互いさま。

 それはたぶん、かなり正しい。


 学校の外の顔を知ってしまったから、学校の中の何でもない仕草まで前とは違って見える。

 でも、それを気まずさだけで終わらせないところまで来られたのが、今の二人なのだろう。


「じゃ、部活行く」

 澪が言う。

「うん」

「一ノ瀬」

「何」

「たぶん、また胃痛仲間」

「何その不本意な共同体」

「でも事実でしょ」

「……否定はしない」


 真白は少しだけ肩をすくめた。


 澪はその反応に少し笑って、それから手を振って体育館へ走っていく。

 その背中は、やっぱり学校の朝倉澪だった。


 歌姫。

 主将。

 同級生。

 再共演相手。


 どれも本当で、どれも違う顔だ。


「……ほんと、落ち着かない」


 でもその落ち着かなさは、もう前みたいな“ただの気まずさ”ではなかった。

 少しだけ、信頼に近いざわつきだ。


 澪はそう思いながら、体育館の扉を押した。

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