表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/46

第34話 真昼ましろ、授賞式案件に胃が痛くなる

 真白のスマホには、たまに人生を揺らす通知が来る。


 もちろん、日常的な通知も来る。

 配信の切り抜き。

 事務所の確認事項。

 学校の連絡。

 ひかりからの「この色味どう思う?」みたいな、たぶん聞く相手を少し間違えている相談。

 木乃葉からの「概念的に死んでる」という、生存報告なのか遺言なのか判断に困る短文。


 そういう通知の中に、ときどき本当にやばいものが混ざる。


 その日の夜、まさにそれが来た。


 配信前の機材確認を終えて、真白がマイク位置を微調整していたときだった。

 スマホが震える。

 マネージャーからだ。


 真白は一瞬、嫌な予感がした。


 嫌な予感というのは、だいたい当たる。


「……いやだなあ」


 誰もいない部屋で呟いてから、メッセージを開く。


至急ではないです

でも、たぶんちょっと心の準備がいる案件です


「心の準備がいる案件って何」


 そこで一回閉じたくなった。

 でも閉じたところで案件は消えない。

 大人の世界はそういうところが誠実で残酷だ。


 真白は観念して続きを読む。


日本アカデミー賞授賞式の特別ステージ打診が来ています

映画主題歌披露のピアノアレンジ担当です

歌唱はMIOさんです


 真白は、スマホを持ったまましばらく動かなかった。


「……」


 声も出ない。


 日本アカデミー賞。

 特別ステージ。

 主題歌披露。

 ピアノアレンジ担当。

 歌唱はMIO。


 情報量が多い。

 しかも最後の一行が、全体の心拍数をさらに上げてくる。


「……また?」


 いや、“また”ではない。

 紅白とは違う。

 格も意味も違う。

 でも脳内の第一声としてはそれしか出なかった。


 相手が最初から朝倉澪だとわかっている。

 そこがいちばん大きい。


 紅白のときは、現場で知ってしまった衝撃があった。

 今度は最初から知っている。

 知っているからこそ、変な緊張がある。


 知らない相手なら、仕事として集中すればいい。

 でも知っている相手だと、そこへ余計な感情が混ざる。


 教室の顔。

 体育館の顔。

 のど飴を受け取るときの、あの少しだけ笑う顔。

 そういうものまで知った上で、今度はまた大舞台で向き合うことになる。


「……胃が痛い」


 真白はとりあえずソファに座った。


 案件自体は光栄だ。

 普通にすごい。

 むしろ受けたい。

 音楽の仕事としても挑戦の価値がある。

 映画主題歌の特別ステージなんて、絶対に面白い。


 でも、面白いと胃痛は両立する。

 大人の仕事はだいたいそういうものだ。


 再びスマホが震える。


もちろん、受けるかどうかは真白さんの意思を優先します

ただ、演出的にもかなり相性が良く、先方の期待値は高いです


「断りにくい言い方が上手だなあ……」


 マネージャーは悪くない。

 むしろかなり配慮している。

 でも、期待値は高いです、はだいぶ強い。


 真白は一度スマホを伏せ、天井を見上げた。


 日本アカデミー賞。

 授賞式会場。

 映画主題歌。

 MIO。


 そこへ自分が、またピアノで入る。


 映像のための音。

 映画の余韻を背負ったステージ。

 紅白とは違う作り方が必要になるだろう。


「……」


 だめだ。

 胃は痛いのに、音楽脳の方はすでに少しだけ楽しそうに動き始めている。


 こういうところが、自分で少し嫌だ。

 緊張する。

 面倒くさい。

 でも仕事として面白そうだと思った瞬間に、完全には逃げられなくなる。


「……受ける方向で詳細ください」


 結局、真白はそう返信していた。


 送信したあとで、両手で顔を覆う。


「そうなるよねえ……」


 知っていた。

 自分がこう返すことは、最初からわりと知っていた。


     ◇


 その夜の配信は、雑談枠の予定だった。


 だが、真白の内心は雑談どころではない。

 日本アカデミー賞案件が頭の片隅でずっと光っている。


 もちろん、配信でそのまま喋るわけにはいかない。

 まだ公表前だし、外部仕事の守秘は守秘だ。


 だが、心の動揺は時々こういうところで少し漏れる。


「はいどうもー、真昼ましろです。今日も元気にやっていこうと思うんですけど、私は今、ちょっとだけ人生のイベント欄に“でかめ”の文字が見えています」


《どうした》

《でかめの文字w》

《案件?》

《また何か来た?》

《言えないやつ来たな》


「そこ、察しがよすぎる。いやでも今日はほんとに、ちょっとだけ言えない何かに背中を押されながら喋ってる感がある」


《背中押されてるw》

《良いことっぽい》

《でも胃痛してそう》

《ましろんそういう時だいたい胃が死んでる》


「なんでバレるんだろうね。いや、合ってる。今日はちょっと胃が痛い。でも、胃が痛い案件ってだいたい“面白い”もセットなんだよ」


《それはわかる》

《でかい仕事ほどそう》

《胃痛と面白さは両立する》

《名言》


「名言というより、職業病寄りです」


 真白はコメント欄を流しながら、水をひと口飲んだ。


 こうして配信で喋っていると、自分の中のもやもやが少し整理される。

 何万人も相手にしているのに、変な話だが、一番頭がまとまるのはこういう時間かもしれない。


《最近なんか仕事運すごくない?》

《紅白の後の勢いえぐい》

《ましろん、もう“すごい人”感が増してきた》


「やめて、その“すごい人”感って何。私はすごい人ではなく、今日もご飯のあとにプリンを食べるか迷っている普通の人です」


《その情報で普通認定されるの好き》

《急に生活感》

《プリンで人間アピールするな》


「人間アピールは大事なんですよ。インターネットやってると、すぐ概念化されるから。私はプリンでできてないし、電波でもない」


《でも半分くらい電波では》

《半分VTuber》

《半分プリン》


「何その身体構成」


 コメント欄の軽さに少しだけ救われる。


 日本アカデミー賞の件はまだ言えない。

 でも、それでいい。

 全部を即座に話す必要はない。

 守るべきものは守る。

 その上で、今の自分のテンションや胃痛だけは、少しだけここに置ける。


 そういう場があるのはありがたい。


「まあ、今日の私はちょっとだけ、未来の自分に“がんばれ”って思ってる状態です」

 真白が言うと、

《がんばれ未来》

《未来のましろんがんばれ》

《今のましろんもがんばれ》

《プリン食って寝ろ》


「最後のコメントだけ生活指導入ってる」


 笑いながらも、真白は少しだけほっとした。


 仕事が大きくなるほど、ひとりで抱えるものも増える。

 でも、抱えるだけでは潰れるから、こうして少しずつ散らしていくしかない。


     ◇


 翌朝。


 教室へ入った真白は、すぐに澪を見つけた。

 見つけた瞬間、自分の中で何かが一段深く意識される。


 ああ、この人か。

 今度、また一緒にやるのは。


 昨日までと同じ教室。

 同じ制服。

 同じ朝。

 なのに、そこへ“日本アカデミー賞のステージ相手”という情報が乗るだけで、見え方が少し変わる。


「おはよう」

 と澪が言う。

「……おはよう」

 と返す。


 その一往復は、最近ではかなり自然になっていた。

 でも今日は、真白の内心だけが少し忙しい。


 たぶん、向こうはまだ知らない。

 いや、歌唱がMIOなら、もう連絡が行っているかもしれない。

 でも教室の中でその話をするわけにはいかない。


 結果として、平静を装うしかない。


「一ノ瀬さん」

 ひかりがすぐに近寄ってくる。

「何」

「今日ちょっとそわそわしてる」

「してない」

「してる」

 と絵麻。

「一ミリくらい」

 と木乃葉。

「その一ミリ判定いい加減やめてほしい」

「でも便利」

 ひかりが笑う。

「何かあった?」

 とさやか。

「別に」

「別に、のときだいたいある」

「委員長、最近その精度も上がってない?」

「上がりたくて上がってるわけじゃないのよ」


 真白は少しだけ視線を落とす。


 このクラス、本当に嫌なところで鋭い。

 まだ何も言っていないのに、こうして“何かある感”だけは拾ってくる。


 そこへ、澪がぽつりと言った。


「一ノ瀬」

「何」

「今日、ちょっと未来見てる顔してる」

「……何その言い方」

「なんとなく」

「その“なんとなく”で近いところ当ててくるのやめて」


 自分で言ってから、真白は少しだけ止まる。

 今のは、だいぶ具体的だった。


 未来。

 そうだ。

 まさに今、自分は少しだけ未来のステージを見ている。


「お」

 ひかりが笑う。

「今の、かなり本音寄りだった」

「やばいね」

 絵麻が頷く。

「今日の一ノ瀬さん、少し漏れてる」

「漏れてるって何」

「気配」

 と音々が真顔で言った。

「今日ちょっと、音の置き方が前のめり」

「……」

「瀬川さん、そういうときだけホラーなんだよなあ」

 真白が言うと、

「褒めてる?」

「違う」


 教室が笑う。


 助かった、と真白は思う。

 こういうふうに、笑いへ流れてくれるのは本当に助かる。


 このクラスは鋭い。

 でも鋭いまま刺しっぱなしにはしない。

 どこかで軽くしてくれる。

 それが今の真白にはありがたかった。


     ◇


 二時間目の休み時間、澪がさりげなく近づいてきた。


「ちょっといい?」

「……うん」


 二人は教室の後ろ、窓際の少し人目が散る場所へ移動する。


 この距離感も、前よりずっと自然になった。

 それでも“何かあったとき専用の動き”みたいな微妙さはまだある。


「連絡、来た?」

 澪が小声で聞く。

「……来た」

「やっぱり」

「そっちも?」

「うん」

「……」

「……」


 一瞬だけ、二人とも黙る。


 やっぱり来ていたのだ。

 相手も知っている。

 それが確認できただけで、少しだけ肩の力が抜けた。


「どうする?」

 と澪。

「どうする、って」

「受ける?」

「……たぶん」

「たぶん?」

「かなり受ける寄り」

「同じ」

「だよね」


 二人とも少しだけ笑う。


 そこには、紅白のときにはなかった空気がある。

 初対面ではない。

 相手の実力も、人柄も、少し知っている。

 だからこそ緊張する。

 でもだからこそ、少しだけ安心もある。


「また、だね」

 澪が言う。

「……うん」

「今度は最初から相手わかってるの、ちょっと変」

「変」

「安心するけど」

「それもわかる」

「でも、その分なんか下手なことできない感ある」

「すごくわかる」


 この会話が成立している時点で、二人の距離は前よりずっと進んでいる。

 それを自覚すると、真白は少しだけ落ち着かない。


「何その顔」

 と澪。

「いや」

「また心拍数の話?」

「まあ、少し」

「素直だ」

「最近そう言われがち」

「でも今のは、ちゃんと素直だった」

「……褒めてる?」

「褒めてる」


 そこで、教室の方からひかりの声が飛んできた。


「窓際組ー!」

「何」

 澪が返す。

「今、明らかに“何か共有してる人たち”の空気だったよー!」

「雑すぎる」

 真白が言う。

「でも間違ってない顔」

 ひかりが笑う。

「ほんとにこのクラス、遠慮があるのかないのか分からない」

「遠慮はあるよ」

 ひかりが言う。

「決定はしないもん」

「そこだけはちゃんとしてる」

 と木乃葉。

「でも空気の感想は言う」

 絵麻。

「ややこしい」

 さやかがため息をつく。


 真白は小さく息を吐く。


 だが、そこまで嫌ではなかった。

 前よりずっと。


     ◇


 昼休み、真白はひとりで思う。


 日本アカデミー賞案件は、間違いなく大きい。

 光栄だし、面白い。

 でも胃も痛い。


 そしてその胃痛を、教室の中で完全に隠しきるのは、やっぱり少し難しい。


 だが不思議なことに、前ほど孤独ではなかった。


 澪も知っている。

 同じように少し緊張して、同じように受ける方向へ傾いている。

 それを教室の中で共有できるわけではない。

 でも、“わかってる相手が同じ教室にいる”だけで、気持ちが少し違う。


 前は、自分の外仕事と学校はもっと断絶していた。

 今は、断絶しきれないところに、少しだけ安心がある。


「……面倒くさいけど」


 小さく呟く。


「何が?」

 と、すぐ横から音々。

「うわ」

「褒めてる?」

「違う」

「今日もそれか」

 ひかりが笑う。


 音々は気にせず、真白の顔を少しだけ見てから言った。


「今日、ちょっとだけ不安と楽しさが混ざってる音」

「……」

「そういうの聞こえるんだ」

 真白が言うと、

「うん」

「便利だね」

 と木乃葉がぼそっと言う。

「それはたぶん便利ではない」

 さやかが本気で返した。


 また笑いが起きる。


 このクラス、本当にタイミングがいい。

 少し重くなりそうなところで、誰かが変に真面目にしすぎない。

 だから助かる。


     ◇


 放課後、真白は帰り支度をしながら、もう一度マネージャーからの文面を思い出していた。


 演出的にも相性がいい。

 先方の期待値は高い。


 その言葉は、たしかに重い。

 でも今の真白は、それを受け止める自分の中に、少しだけ余白がある気がしていた。


 たぶんそれは、教室のせいだ。


 ここには自分だけではない“外の顔”があって、

 みんなそれを持ったまま朝になると戻ってくる。


 それなら、自分も戻ってきていいのだと思える。


「一ノ瀬」

 と、澪がドアのところで振り向く。

「何」

「たぶん、またよろしく」

「……たぶん?」

「まだ正式じゃないから」

「そこはちゃんとしてる」

「褒めてる?」

「今日は半分くらい」

「便利だね」

「便利だから」


 最後にそれを言うな、と真白は思ったが、結局少しだけ笑ってしまった。


「……うん」

 とだけ返す。


 それで十分だった。


 日本アカデミー賞。

 また一緒にやることになるかもしれない。

 それは胃が痛い。

 でも、少しだけ楽しみでもある。


 そう思える時点で、たぶん自分は前よりだいぶ変わっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ