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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


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第33話 桃園絵麻、なんでもない顔で“映画”の話を避ける

 教室という場所は、たまに妙な偶然を起こす。


 しかもその偶然は、だいたい誰かの秘密に軽く触れそうになったところで止まる。

 完全には踏み込まない。

 でも、絶妙に“気づける人だけ気づく”くらいの位置でぶら下がる。


 2年A組は最近、そういうことが多い。


 その日の昼休みも、発端は本当にどうでもいい話だった。


「ねえこれ見た?」

 ひかりがスマホを机の真ん中に置く。

「何?」

 と絵麻。

「短編アニメ映画の特集記事」

「あー」

 と木乃葉が机に伏せたまま反応した。

「今ちょっと話題のやつ」

「そうそう」

 ひかりは画面を指で拡大しながら言う。

「映像めっちゃ綺麗だったんだけど、それより原案が良いって話になってる」

「原案?」

 と真白。

「うん。世界観の立て方がうまいんだって」

「へえ」

 とさやか。

「最近そういう見方するんだ」

「だって、映像がすごい作品って、だいたい映像だけ褒められがちじゃん」

 ひかりが言う。

「でもこの作品、話の種がちゃんとしてる感じ」

「わかる」

 と木乃葉。

「感情の入口が上手い」

「うわ、木乃葉さんが珍しく起きた」

 澪が言う。

「今、そういう反応する?」

「するでしょ。木乃葉さんって基本“概念として登校”してるのに、好きな話題だけ急に人になるし」

「朝倉さん、その言い方ちょっと好き」

 ひかりが笑う。

「概念として登校はだいぶ失礼」

「でも否定しづらい」

 とさやか。

「それはそう」

 と絵麻まで頷く。


 木乃葉は少しだけ目を開けた。


「今日はちゃんと人類」

「その自己申告、いちばん信用しづらい」

 真白が言うと、ひかりがすぐに反応した。

「出た」

「何」

「今のいいツッコミ」

「最近もう何言っても観察されるな……」

「だって一ノ瀬さん、前より確実に教室の会話に参加してるし」

「それは否定しづらい」

 と澪。

「そっちまで言う」

「事実だし」


 そう、事実なのだ。


 以前の真白なら、たぶんこの“映画の話題”にも、へえ、で終わっていただろう。

 でも最近は違う。

 木乃葉の反応の仕方。

 ひかりの着眼点。

 そして、妙に静かな絵麻。


 そういうものが、気になる。


 気になるという時点で、真白はもうだいぶこのクラスの当事者になっているのかもしれない。


     ◇


「でね」

 ひかりは記事をスクロールしながら言った。

「これ、監督インタビューも載ってるんだけど」

「うん」

 絵麻が相槌を打つ。

「“原案の段階でキャラの感情線がすごく明確だった”ってある」

「……」

「あと、“最初の企画書を見た時点で映像化したくなった”とも」

「へえ」

 とさやか。

「だいぶ褒められてる」

「原案の人、すごいね」

 と真白が言う。


 その瞬間だった。


 絵麻のまばたきが、一回だけ不自然に増えた。


 ほんの小さなことだ。

 でも今の真白は、その程度の違和感を拾ってしまう。


 拾ってしまうのは、最近このクラスで“見えても言わない”を学んだからであって、決して探偵趣味ではない。

 たぶん。


「桃園さん?」

 と絵麻の隣にいたひかりが首を傾げる。

「何?」

「今ちょっと止まった」

「止まってないよ」

「いや、一コマ止まった」

「アニメの話してるからって表現が映像寄り」

 木乃葉がぼそっと言う。

「うまいこと言わなくていい」

 さやかが即座に返した。


 教室に小さな笑いが落ちる。


 でも、その笑いの中でも、真白は見ていた。

 絵麻の指先が、机の上のシャーペンを無意識に一回転がしたのを。

 それはたぶん、少しだけ緊張したときの動きだ。


「桃園さん」

 と、ひかりがにこっとする。

「何?」

「これ、もしかしてちょっと好きなタイプの作品?」

「……うん」

 絵麻は曖昧に笑った。

「好き」

「へえ」

 と澪。

「珍しいね、そんなに即答するの」

「そう?」

「うん。桃園さんって、好きなものでも“ふわっと好き”って言いそうなのに」

「今日はちょっと、そういう気分」

「便利だね」

 と木乃葉。

「便利だね、じゃないんだよなあ」

 さやかが呆れる。

「最近の2年A組、本当に便利ワードに頼りすぎでしょ」


 頼りすぎではある。

 だが、今の絵麻の“ちょっと好き”は、たぶんかなり意味がある。


 普通の好きではない。

 距離の近い好きだ。


 作品そのものなのか。

 原案という立場なのか。

 そこまではまだわからない。


 でも、何かが近い。


     ◇


 昼休みの後半、ひかりはさらに追撃を始めた。


「そういえばさ」

「何」

 と絵麻。

「この作品、キャラデザイン原案もすごく褒められてるんだって」

「……」

「桃園さんって、ああいう柔らかい目の描き方、好きそう」

「……そうかも」

「反応が薄いのか濃いのか、どっちなんだろ」

 澪が笑う。

「今日はなんか、ふわっとしてるのに微妙に硬い」

「わかる」

 真白が言うと、

「お」

 ひかりがまた目を細める。

「今の、だいぶ具体」

「何が」

「“ふわっとしてるのに微妙に硬い”って、もう観察者の言い方」

「……」

「一ノ瀬さん、最近ほんとに見る側の語彙が増えた」

「増やした覚えはない」

「でも増えてる」

 と木乃葉。

「環境が濃いから」

「環境のせいにし始めた」

 さやかが笑った。


 それは少しだけ、その通りだった。

 この教室は濃い。

 見ようとしなくても、いろんなものが見えてしまう。


 そして今、絵麻の“硬さ”も見えている。


「……桃園さん」

 真白は少しだけ声を落として言った。

「何?」

「その作品、好きなんだね」

「うん」

「原案も?」

「……」

 そこで絵麻が、ほんの一瞬だけ黙る。


 黙ってから、いつもの柔らかい笑みを浮かべた。


「そうだね」

「……」

「何その顔」

「いや」

 真白は少しだけ言葉を選ぶ。

「原案の話になると、妙に温度が上がるなって」

「……そんなことないよ」

「いや、ある」

 ひかりが即答した。

「今日の桃園さん、だいぶある」

「え、そう?」

 と絵麻。

「自覚ないんだ」

 澪が言う。

「そこがまたそれっぽい」

「それっぽいって何」

 さやかが聞くと、

「作ってる人」

 と木乃葉が、机に伏せたまま言った。


 空気が一瞬止まる。


 だが木乃葉は、それ以上何も言わない。

 言わないから、その一言はただ教室の空気に落ちるだけで済む。


 真白はそこで、少しだけ思う。


 このクラス、本当にすごい。

 かなり近いところまでみんなうっすら見えているのに、誰もその先の扉を蹴破らない。


 言葉を置く。

 でも決定はしない。

 それが、2年A組の礼儀なのだろう。


     ◇


 午後の授業が終わり、放課後。


 その日、真白は配布プリントを職員室へ持っていく係を押しつけ……いや、任された。

 任されたので、教室へ戻るタイミングが少し遅れた。


 そして戻ってきたとき、たまたま見えてしまった。


 絵麻が、自席で鞄の中を整理していた。

 机の上にはクリアファイルが数枚。

 そのうち一枚の透明ポケットに、白い資料の角が見えている。


 そこに印字されていた文字が、一瞬だけ目に入った。


短編劇場アニメ企画 打ち合わせ資料


「……」


 真白の足が止まる。


 止まったのは一歩分だけだ。

 でも、その一歩で十分だった。


 短編劇場アニメ企画。

 打ち合わせ資料。


 もうだいぶ、わかる。

 というか、かなり近い。

 絵麻はやはり、映画の原案か、それに近い位置にいる。


 そしてたぶん、今日話題になっていたあの作品と、かなり近い場所にいる。


「あ」

 絵麻がこちらに気づいた。

「……見た?」

「……ちょっと」

「やっぱり」

 絵麻は困ったように笑う。

「今日はだいぶ油断してる」

「してる」

「何で」

「今日、みんながその作品の話するから、頭の中そっちに引っ張られてた」

「……」

「何その顔」

「いや」

 真白は少しだけ息を吐く。

「やっぱり、って思って」

「何が」

「桃園さん、やっぱり描くだけじゃないんだなって」


 絵麻は少しだけまばたきをした。


 そして、机の上のファイルを閉じる。

 でも隠すというより、整える動きだった。


「……まだ、ちゃんとは言えないけど」

「うん」

「ちょっとだけ、関わってる」

「それは、作品に?」

「うん」

「……」

「そこまで」

 絵麻は柔らかく笑った。

「そこまでなら、たぶん言える」


 その“そこまでなら”という言い方に、真白は胸の奥が少しだけ熱くなる。


 少しだけでも、本人の口から出てきた。

 全部じゃない。

 でも、ゼロではない。


 それはたぶん、信頼の形なのだ。


「すごいね」

 真白が素直に言うと、

「何その直球」

 絵麻が少し照れたように笑った。

「いや、普通に」

「普通に言われると、ちょっと照れる」

「桃園さんでもそういうのあるんだ」

「あるよ」

「意外」

「失礼」

「褒めてる」

「便利だね」

「便利だから」


 二人とも少しだけ笑う。


 その空気が、思ったより軽くて、真白は少し安心した。

 重くしすぎないのも、たぶんこの教室の良さだ。


     ◇


 そこへ、ひかりが戻ってきた。


「あ、いた」

「何」

 真白が振り向く。

「先生に提出した?」

「した」

「えらい」

「それは普通」

「でも一ノ瀬さんの“普通”は信用できる」

「何その言い方」

「ちゃんとしてるって意味」

「一応褒めてる」

「一応なのか」


 ひかりはそこで、絵麻の机の上の閉じられたファイルへちらっと目をやった。


 やっぱりこの子は鋭い。

 でも、その視線は一秒で終わる。


「……何か見えた?」

 と絵麻が聞く。

「見えてないことにできる程度には」

「プロ」

 と真白が言う。

「何の」

「見逃しの」

「褒めてる?」

「たぶん」

「じゃあ受け取っとく」


 ひかりは軽く笑って、それ以上そこへ触れなかった。


 その瞬間、真白は改めて思う。


 2年A組は本当に、変なところで大人だ。

 見えても、本人が開けない扉は勝手に開けない。

 でも何も見てないフリをしすぎるわけでもない。


 その絶妙な加減が、今の教室を作っている。


     ◇


 帰り際、木乃葉が珍しく少しだけ顔を上げて言った。


「桃園さん」

「何?」

「今日はだいぶ危なかったね」

「うん」

「映画の話、好きすぎ」

「そんなに?」

「うん。温度が一段上がってた」

「それ、木乃葉さんに言われるのちょっと恥ずかしい」

「作家目線」

「便利だね」

 とひかり。

「便利ではない」

 木乃葉が珍しく即答した。

「これは観測」

「言い方がかっこいい」

 と澪が笑う。

「でもわかる。今日の桃園さん、珍しくちょっとだけ“外の顔”が近かった」

「……」

「何その沈黙」

 さやかが言う。

「今日ほんと、みんなかなり近いところまで行くよね」

「でも止まる」

 と音々が静かに言う。

「そこで止まるのが、このクラス」

「うわ」

 ひかりが言う。

「今の瀬川さん、ちょっと名言っぽい」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「便利だね」

「またそこに戻るんだ」


 また笑いが起きる。


 絵麻は少しだけ頬を染めたまま、でもちゃんと笑っていた。


 真白はその顔を見ながら、思う。


 たぶんこれから先、絵麻の“映画側の顔”はもっと近くへ来る。

 今日の資料は、その入口だ。


 そしてそのとき、自分はまた、見えても言わない側でいられるだろうか。

 いや、きっといるのだろう。

 この教室にいる限りは。


「……やっぱり、うちのクラス変」

 真白が小さく言うと、

「今さら」

 と木乃葉。

「でも、嫌いじゃない」

 と絵麻。

「うん」

 と真白。


 それはたぶん、本音だった。


 映画の話ひとつで空気が揺れて、

 でも誰も壊さない。


 そんな教室は、やっぱり少しだけ変で、

 でもその変さが、最近はずいぶん心地よかった。

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