表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/75

第13話 眠い作家、描く漫画家、怪しいクラスメイトが増えていく

人は、ひとつ秘密を知ると、他の秘密の匂いにも敏感になるらしい。


 真白は最近、それを身をもって実感していた。


 少し前まで、2年A組はただの静かなクラスだった。

 もちろん変な人はいる。

 眠そうな人、絵がうまい人、妙に耳がいい人、やたら人を見ている人。

 でもそれは学校という集団の中では、まあ、個性の範囲内に収まるものだと思っていた。


 けれど、朝倉澪がMIOだと知ってしまった今、そういう“個性”の見え方が変わってきている。


 もしかしてこのクラス、

 自分たち以外にも何か隠してる人がいるのでは?


 そんな疑いが、最近じわじわと真白の中で育っていた。


 育っていてほしくないのに、育ってしまっている。


「……よくない傾向」


 朝の教室で、小さく呟く。


 真白としては、本来、人の秘密を探る趣味はない。

 むしろ逆だ。

 自分が隠して生きているぶん、他人の隠し事には踏み込まないでいたい。


 でも、認識してしまったものは仕方がない。


 目に入るのだ。

 いろいろと。


 たとえば今も。


 真白の斜め後ろでは、木乃葉が朝から机に突っ伏していた。

 いつものことではある。

 いつものことではあるのだが、今日はいつも以上に死んでいる。


「……生きてる?」

 真白が珍しく声をかけると、

「概念としては」

 と木乃葉が返した。

「概念で登校しないで」

「実体はあるよ」

「そこじゃない」

「今朝四時までだったから、ちょっと」

「何が」


 そこまで言って、真白は一瞬だけ言葉を止めた。


 何が、と聞いてしまったが、何が、の答えが出たとき自分はどう反応すればいいのだろう。


 木乃葉は半分閉じた目のまま、少しだけ口元を緩めた。


「いろいろ」

「雑」

「便利だから」

「最近それ流行ってるの?」


 便利だから。

 気のせい。

 冬休み明けだから。

 2年A組には便利ワードが多い。


「寝不足、大丈夫なの」

「ギリ」

「ギリで来るんだ」

「家にいるともっと寝るから」

「それはそうかも」


 妙に納得してしまった。


 木乃葉は小さく欠伸を噛み殺し、また教科書の陰へ顔を隠す。

 だがその直後、真白は見てしまった。


 木乃葉の机の上、開きかけのノートの端に、細かい文字がびっしり詰まっているのを。


 授業の板書ではない。

 明らかに会話文のようなリズムだ。

 改行の取り方も変だし、語尾にカギ括弧が見える気がする。


「……」

「何」

「いや、別に」

「見た?」

「見てない」

「見た顔してる」

「……」


 木乃葉はうっすら笑った。

 眠そうなくせに、こういうところだけは抜け目がない。


「授業ノート?」

 と真白が、わりと白々しく聞く。

「そう見えるなら、そう」

「見えない」

「正直でよろしい」


 やっぱり、何かある。


 真白はそう思いながらも、それ以上は追わなかった。

 追えば、自分がされて嫌なことをする側になる。

 今はまだ、それをしたくない。


     ◇


 一時間目の休み時間、今度は絵麻の方から違和感がやってきた。


「一ノ瀬さん、これ見て」


 ふわっとした調子で差し出されたノートの端に、何気なく視線を落とす。

 そこに描かれていたのは、教室の窓際に立つ女子の横顔だった。


 線がやたら綺麗だった。

 首筋の角度、髪の落ちる位置、まつげの影。

 数十秒の落書きで出せる密度ではない。


「……うま」

 思わず本音が漏れる。

「ほんと?」

「ほんと」

「よかった」

「よかった、で済ませるレベルではなくない?」

「そう?」


 絵麻は本気で不思議そうだ。


 いや、そう? じゃないだろう。

 美術の教科書に載っていてもおかしくないくらい自然に上手い。


「桃園さんって、ほんと絵うまいよね」

 ひかりも横から覗き込む。

「ねー」

 と絵麻。

「“ねー”で済ませるとこじゃないよ」

 ひかりが笑う。

「この前の文化祭ポスターも、先生たち普通にざわついてたじゃん」

「そうだっけ」

「そうだよ。あれ、外注レベルって言われてた」

「外注って」

 真白が思わず言うと、

「わかる」

 と木乃葉が机に伏せたままぼそっと同意した。


 外注レベル。


 その言い方が妙にしっくり来るのがまずい。


 絵麻は照れたように笑って、自分のノートを引っ込めた。

 その仕草はあまりにも自然で、逆に怖い。

 これだけ描けるのに、本人の中ではまだ“ちょっと絵が好きな人”くらいの感覚なのだろうか。


 いや、まさか。


 真白はふと、以前から何度か見かけたことを思い出した。

 絵麻の机の中に、やたらと質のいいスクリーントーンの切れ端みたいなものが入っていたこと。

 休み時間にたまに、人物の表情差分みたいな落書きをしていたこと。

 恋愛っぽい空気にだけ妙に観察眼が鋭いこと。


「……」

「何?」

 と絵麻が首を傾げる。

「いや、ほんとにうまいと思って」

「ありがとう」


 それ以上は言わない。


 でも心の中では、

 この人、ただの絵がうまい女子高生ではないのでは?

 という疑いが、だいぶ濃くなっていた。


     ◇


 昼休み、ひかりの観察眼も相変わらずだった。


「ねえ、最近さ」

 弁当をつつきながら、ひかりが言う。

「うちのクラス、妙に“何かやってそう”な人多くない?」

「……何その言い方」

 真白が警戒気味に返す。

「いや、なんとなく?」

「便利ワードだ」

「でしょ?」


 ひかりは楽しそうに笑った。


「木乃葉さんは寝不足の質が“ただの夜更かし”じゃないし」

「……」

「絵麻は落書きのレベルおかしいし」

「うん」

「音々は耳が人間じゃないし」

「それはちょっとわかる」

「朝倉は朝倉でいろいろできすぎてるし」

「……」

「一ノ瀬さんも、一見クソ真面目なのに時々雰囲気がおかしい」

「最後だけ悪口では?」

「違う違う、褒めてる」

「雑」


 この会話、最近ずっと同じテンポで進んでいる気がする。


 だが真白が少し気になったのは別の点だった。


「小鳥遊さんは?」

「ん?」

「そういうの、言う側なんだ」

「え、何」

「いや、言われる側じゃなくて」

「それどういう意味?」

「何かやってそう」

「わ、急に刺し返してくるじゃん」


 ひかりが目を丸くする。

 でも本当にそうなのだ。


 この子は軽い。

 明るい。

 誰とでも喋る。

 でも、“誰とでも喋れる人”にしては、踏み込み方の精度が妙に高い。

 人の嫌がる一線を、かなり正確に見切っている。


 それって、普通の女子高生のコミュ力だけで説明がつくだろうか。


「私?」

 ひかりは少しだけ考えるふりをした。

「まあ、絵は好きだよ」

「へえ」

「あとデザインとか、配色とか、MVとか、そういうの見るの好き」

「……詳しいよね」

「それはまあ、趣味の範囲」

「趣味の範囲、ね」

「疑い深い顔してる」


 ひかりは笑っている。

 でもその笑い方が、ちょっとだけ“乗せ方”を知っている人のそれに見えた。


 真白はそこで思う。


 このクラス、

 自分だけが秘密持ちだと思っていた頃の方が、ある意味平和だったのでは?


 今は何を見ても、「この人も何かあるのでは」と思ってしまう。

 よくない。

 すごくよくない。


 でも、そんなふうに見えてしまう程度には、みんな何かしら怪しい。


     ◇


 その日の午後、決定打みたいなことが起きたのは音楽室前の廊下だった。


 次の授業の移動中、真白は少しだけ立ち止まって譜面ラックの脇を通っていた。

 そこに音々がいた。


 窓際に寄りかかり、小さなイヤホンケースを開いて何かを確認している。

 こちらに気づくと、無表情のまま言った。


「一ノ瀬さん」

「何」

「ちょっと聞いて」

「何を」

「これ」


 音々はスマホの画面を見せてきた。

 そこには波形編集アプリみたいなものが開かれている。

 しかもかなり細かい。


「何これ」

「音」

「見ればわかる」

「じゃあ何の音か当てて」

「無茶振りがすぎる」

「ヒント、MIO」


 真白は心臓が跳ねるのを感じた。


「……何でMIO」

「昨日の紅白の録音、ちょっと切って見てた」

「何してるの」

「分析」

「何のために」

「趣味」


 また出た。

 趣味。

 便利ワード。


「で?」

 真白はなるべく平静を装う。

「何がわかったの」

「マイクの乗り方がきれい」

「……」

「あと、後ろのピアノ、真昼ましろで合ってる」

「……詳しいね」

「音だから」

「それで全部済ませるの強いね」


 音々は気にした様子もなく、さらに言った。


「あと」

「まだあるの」

「朝倉さん、声の出し方が日常会話でもちょっと歌の人っぽい」

「……」


 真白は、完全に無言になった。


 この子、本当に危ない。


「いや、でも」

 音々は首を傾げた。

「似てるだけ。似てる人はいる」

「……そうだね」

「一ノ瀬さんも、たまに喋ると配信の人っぽいときあるけど、たぶん気のせい」

「……」

「何その顔」

「何でもない」

「そっか」


 音々はそれだけ言って、また自分のスマホへ視線を落とした。


 真白はその場を離れながら、本気で思った。


 この子の耳は危険物だ。


 しかも本人に悪気がないぶん、余計に怖い。

 核心の手前まで普通に来る。

 でも最後は「たぶん気のせい」で終わる。

 そのバランスが絶妙に怖い。


     ◇


 放課後。


 この日は珍しく、澪の方から真白へ声をかけてきた。


「一ノ瀬」

「……何」

「ちょっとだけ」

「うん」


 二人は廊下の端まで移動した。

 人目がないわけではない。

 でも、少しだけ周囲の声が薄くなる場所。


「何かあった?」

 と澪が聞く。

「え」

「今日、なんか顔が硬い」

「……それ、自分で言う?」

「自分も言われたから」


 そういうことか。


 たしかに今日の自分は、朝から木乃葉・絵麻・ひかり・音々と、四方向から「何かある人たち」の気配を浴び続けていた。顔が硬くなるのも当然と言えば当然だ。


「うちのクラスさ」

 真白は少しだけ声を落とした。

「私たち以外にも、何か隠してる人いない?」

「……」

 澪は一瞬だけ黙った。

「思った?」

「思った」

「私も」


 即答だった。


 その反応に、真白は少しだけ変な安心を覚える。

 やっぱり気のせいではないのだ。


「木乃葉さん」

 と真白が言う。

「うん」

「絶対何か書いてる」

「わかる」

「桃園さん」

「絵、うますぎる」

「小鳥遊さん」

「見すぎ」

「瀬川さん」

「耳が怖い」


 そこで二人とも少しだけ黙って、同時に息を吐いた。


 だいぶおかしい。

 挙げれば挙げるほど、クラスの秘密持ち感が濃くなる。


「……私たち、もしかして」

 と澪が言う。

「何」

「同じ匂いの人たちに囲まれてる?」

「……かもしれない」

「嫌だな、その表現」

「でもちょっと合ってる」

「うん」


 真白は自分でも、少しだけ笑いそうになった。


 同じ匂い。

 秘密を持ち、外に別の顔を持ち、学校ではそれを隠している人たち。


 もし本当にそうなら、このクラスはもうだいぶ変だ。


 でも。


 変だからこそ、自分たちは目立たずに済んでいたのかもしれない。

 みんなが自分のことで手一杯だから、他人へ過剰に踏み込まない。

 それが2年A組の平和を支えていたのだとしたら、だいぶ皮肉だ。


「……なんか」

 澪が小さく言う。

「何」

「私、自分だけだと思ってた」

「……私も」

「だよね」

「うん」


 ほんの一瞬、空気がやわらかくなる。


 自分だけではなかった。

 そう思えるだけで、少しだけ楽になる。


 もちろん、まだ確信はない。

 木乃葉が本当に作家かどうかも、絵麻が本当に漫画家かどうかも、ひかりや音々が何をしているのかも、何ひとつ証拠はない。


 でも、何かある。

 そう思ってしまうだけの違和感は、確かにある。


「……探る?」

 と澪が聞いた。

「いや」

 真白はすぐに首を振った。

「それはやめとく」

「だよね」

「自分がされたら嫌だし」

「うん」


 そこは一致していた。


 知りたい気持ちは、たしかに少しある。

 でも、知るために踏み込むのは違う。

 秘密を抱えて学校に来るしんどさを、自分たちは知っている。


 だったら、できることはひとつだ。


 向こうが明かすまで、知らないふりをする。


 たぶん、それがこの教室のルールなのだ。


     ◇


 帰り道、真白はふと思った。


 もしかすると、2年A組は思っていたよりずっと特殊な場所なのかもしれない。


 学校では普通に制服を着て、普通に授業を受けて、普通に居眠りして、普通に提出物を忘れる。

 でもその裏で、誰かは文章を書き、誰かは絵を描き、誰かは音を作り、誰かは歌い、誰かは配信している。


 そんなクラス、普通はない。

 ないのだが、今のところは確実に存在している。


「……うちのクラス、何なんだろ」


 ぽつりと呟く。


 そして、その疑問に対する一番まともな答えは、たぶんこうだ。


 隠し事が多すぎる。


 でも不思議と、前より息苦しくはなかった。


 自分だけが秘密を抱えていると思っていた頃よりも、

 この教室の静けさが、少しだけ違って見える。


 冷たい静けさではなく、

 互いに踏み込みすぎないための静けさ。


 もしそうだとしたら――


 この教室は、思っていたより少しだけ優しい場所なのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ