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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


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第11話 秘密を守りたい二人、距離感の正解がわからない

 人と人の距離感には、たぶん正解がいくつかある。


 仲のいい友達の距離。

 クラスメイトとして普通の距離。

 あまり話さない相手との距離。

 たまに用事だけある相手との距離。


 そのあたりは、真白にも一応わかる。

 わかるのだが。


 「紅白で共演したことを互いに知っていて、しかもお互いの正体を握っている同級生」との距離感

 に関しては、当然ながら経験がなかった。


 そもそも、そんな状況が人生で発生すると思う方がおかしい。


 真白は放課後の廊下を歩きながら、内心でずっとそのことを考えていた。


 教室では不自然になる。

 避けすぎても怪しい。

 話しすぎても怪しい。

 しかも最近は木乃葉、ひかり、さやかあたりの観察眼が地味に鋭い。

 音々に至ってはもう別方向に怖い。


 このままでは良くない。


 だから、一度ちゃんと話しておくべきだ。

 学校での距離感を、今後どうするか。

 紅白のことを教室へ持ち込まないためにも、最低限そこだけは擦り合わせておかないと危ない。


 頭ではわかっている。

 わかっているが。


「……話しかけるの気まずい」


 小さく漏れた本音は、廊下の窓際の冷たい空気に溶けた。


 今の真白は、かなり本気で困っていた。


 配信なら何万人相手でも喋れる。

 雑談枠でコメントを拾いながらマシンガントークを回すことだってできる。

 なのに、同じクラスの女子一人に「ちょっと話せる?」と切り出す難易度が異常に高い。


 何なのだこれは。

 自分でも意味がわからない。


 だが悩んでいても仕方がない。

 今日は澪も部活前に少し時間があるはずだ。

 今を逃すと、また教室の微妙な空気のまま日が過ぎる。


 真白は意を決して、体育館へ向かう渡り廊下の手前まで来た。


 そこに朝倉澪がいた。


 制服のまま、スマホで何かを確認している。

 髪はまだ部活用に結い直していない。

 学校の澪だ。

 MIOではない。

 少なくとも今この場では。


 真白は一回だけ呼吸を整えた。


「……朝倉さん」

「っ」


 澪が顔を上げる。

 その反応だけで、向こうもたぶん少し緊張していたのだとわかる。


「一ノ瀬」

「今、少しいい?」

「……うん。私も、ちょっと話したいと思ってた」


 その返事に、真白は内心で少しだけ助かったと思った。

 よかった。

 こっちだけがこの距離感を面倒くさがっているわけではないらしい。


「どこで?」

 と澪が聞く。

「……人が少ないところ」

「それ、言い方ちょっと危ない」

「そっちが変に受け取ってるだけでは?」

「いや、今のは普通に危ないでしょ」


 会話の初手から少しずれる。

 でも、そのずれ方が妙にいつも通りでもあって、真白は少しだけ肩の力を抜いた。


     ◇


 結局二人は、校舎裏に近い自販機の前まで移動した。


 部活へ向かう生徒も通るには通るが、教室の前ほど人目はない。

 完全な密室でもないし、変な誤解も生みにくい。

 たぶん今の二人にはこれくらいがちょうどいい。


 自販機のモーター音が小さく唸っている。

 冬の空気は冷たい。

 制服の上からでもわかるくらい、風が少しだけ強い。


 真白は自販機の前に立ちながら、何から話すべきか迷った。


 秘密の確認?

 学校での距離感?

 紅白の話題が教室に出たこと?

 それとも、もっと普通に雑談から入るべきなのか。


 雑談。


 いや無理だろ。

 この関係で今さら天気の話から入れるほど器用ではない。


「……で」

 と澪が先に口を開いた。

「で」

 と真白も同時に言ってしまう。


 また被った。


「えっと」

「いや、どうぞ」

「そっちが」

「いや、そっち」

「……」


 最悪だ。

 この二人、学校の外で音はあんなに合ったのに、会話になると途端にぐだぐだになる。


 澪が先に諦めたように息を吐いた。


「じゃあ私から言う」

「うん」

「学校での距離感、どうする?」

「……やっぱりそれだよね」

「うん」


 真白は小さく頷いた。


 結局そこに戻る。

 戻るしかない。


「この前も言ったけど」

 と真白はできるだけ冷静に整理する。

「変に話しかけすぎるのは怪しい」

「うん」

「でも避けすぎるのも怪しい」

「それもそう」

「つまり、普通」

「普通が一番難しいんだけど」


 澪の返しがあまりにも率直で、真白は思わず少しだけ笑いそうになった。


 そうなのだ。

 普通が難しい。


 仲がいいわけでもなく、悪いわけでもなく、でも何も知らないわけではない。

 しかも今は、学校の外での互いの顔まで知ってしまっている。

 そのうえで教室では“何もないように”振る舞えと言われても、そんなの高等技術すぎる。


「一ノ瀬って、学校だとほんとに喋らないよね」

 澪が言った。

「……必要がないときは」

「配信だとめちゃくちゃ喋るのに」

「それを学校で言うの禁止」

「ここ教室じゃないし」

「気分の問題」


 真白がそう言うと、澪は少しだけ面白そうに目を細めた。


「なんか変な感じ」

「何が」

「同じクラスの一ノ瀬と、真昼ましろが同じ人って、まだ脳が慣れてない」

「……それはこっちも」

「だよね」


 お互いさまだった。


 真白からしても、目の前にいる澪がMIOだという事実は、まだ完全には馴染んでいない。

 紅白の舞台で歌っていたあの人が、今は制服姿で、部活前に自販機の前に立っている。


 情報の落差が大きすぎる。


「で」

 真白は仕切り直す。

「とりあえず、学校では今までより少しだけ話す方が自然かもしれない」

「少しだけ?」

「少しだけ」

「どのくらいが少し?」

「……授業のプリントの受け渡しとか」

「それ、前からたまにあるやつ」

「じゃあ、それプラス、たまに提出物確認とか」

「地味だなあ」

「地味でいいの」

「まあ、そっか」


 澪は納得したような、していないような顔で頷いた。


「でもさ」

 と澪が続ける。

「私たち今、逆に意識しすぎて変になってる気がする」

「それはわかる」

「この前プリント渡すだけで被ったし」

「思い出させないで」

「ごめん」


 本気でやめてほしい。

 あれはかなり恥ずかしかった。


「一ノ瀬、こういうとき普段はどうしてるの」

「どういうとき」

「人と距離感わかんなくなったとき」

「そんな状況、まず発生しない」

「そうか……」

「朝倉さんは?」

「私はだいたいノリでいく」

「それだと今事故る」

「だよねえ」


 この人、本当に学校では自然体に見えるくせに、中身は案外勢いで動いている。

 そこがちょっと意外で、同時に少しだけ安心もする。


 完璧な人ではないのだ。

 少なくとも、自分の前では少しだけそう見える。


     ◇


 澪は自販機に小銭を入れ、スポーツドリンクのボタンを押した。

 ガコン、と音がしてペットボトルが落ちる。


「飲む?」

「いらない」

「そっか」


 澪はキャップを開け、一口飲んだ。


 その仕草を見ながら、真白はふと思ったことを口にした。


「朝倉さんって、学校だと強いよね」

「……何それ」

「いや、なんていうか」

「急に雑な褒め方するじゃん」

「褒めてるつもりだった」

「だったらもう少し言葉選んで」


 たしかにそうかもしれない。

 真白は少しだけ言い直す。


「人と喋るのとか、空気に馴染むのとか、そういうの」

「ああ」

「自然にできるでしょ」

「まあ、慣れてるだけ」

「それがすごい」

「一ノ瀬だって、配信だと無双してるじゃん」

「学校に持ち込めない強さはあんまり意味がない」

「いや、十分すごいでしょ」

「そう?」

「うん。何万人相手に喋る方が、普通に考えて変」

「最後の言い方どうなの」

「褒めてる」

「雑」


 お互いに言い方が雑だ。

 でも、それが少しずつ会話らしくなってきているのも事実だった。


「……なんか」

 澪が自販機にもたれながら言う。

「学校では私の方が強くて、学校の外だと一ノ瀬の方が強い感じある」

「強いって言い方、そんなに好き?」

「わかりやすいから」

「雑」

「でも合ってるでしょ」

「……まあ、ちょっとは」


 真白は認めるしかなかった。


 学校の中では、澪の方が圧倒的に自然だ。

 人との距離感も、会話のタイミングも、視線の置き方も、全部がうまい。

 逆に配信や音楽の現場では、真白の方が落ち着ける。

 何万人相手だろうと、画面越しなら自分の速度で喋れるし、ピアノの前では余計な迷いが減る。


 場所によって、強い側が逆になる。


 その発見は少しだけ面白かった。


「だから」

 澪が言う。

「たぶん、学校では私が少しだけ合わせる」

「え」

「一ノ瀬、そういうの苦手でしょ」

「……」

「否定しないんだ」

「今さら否定しても無理がある」

「それもそう」


 悔しいが、事実なので仕方ない。


「でも」

 真白は少しだけ言い返した。

「学校の外では、そっちが合わせてるよね」

「……それは」

「音合わせのときも、本番も」

「まあ、そっちはそっちで」

「でしょ」


 澪は少しだけ視線を逸らした。

 珍しく、少し照れたようにも見える。


「じゃあ、そういうことにしよう」

 と真白は言った。

「学校では、朝倉さんが少しだけ調整」

「うん」

「学校の外では、私が少しだけ調整」

「何その役割分担」

「合理的」

「なんか仕事っぽい」

「秘密保持協定の延長だから」

「まだそれ生きてたんだ」


 生きている。

 かなり大事に生きている。


     ◇


「でもさ」

 と澪が少しだけ真面目な声になった。

「一ノ瀬」

「何」

「ほんとに、学校で無理しなくていいから」

「……」

「変に頑張って喋ろうとしても、たぶんそれはそれで怪しいし」

「うん」

「だから、今まで通りでいいと思う。ちょっとだけ、私が話しかける頻度増やすくらいで」

「……それはそれで、ちょっと怖い」

「何で」

「心臓に悪い」

「そこ?」


 澪が本気で不思議そうな顔をする。


「いや、だって」

 真白は言いにくいが、正直に言うことにした。

「学校の中で急に話しかけられると、紅白の記憶が勝手に再生される」

「……あ」

「“昨日のピアノありがと”の件も、かなり危なかった」

「ごめん、それはちょっとわかる」

「わかるんだ」

「わかるよ。私も、教室で一ノ瀬見るとたまにステージの方思い出すし」

「……」

「何その顔」

「いや、そっちもそうなんだと思って」

「そりゃそうでしょ」


 その返しに、真白は少しだけ目を伏せた。


 そうか。

 向こうも同じなのか。


 自分だけが気まずくて、自分だけが教室の中で勝手に非日常を思い出しているのではない。

 朝倉澪も、同じように、学校の中で紅白の記憶がちらつくのだ。


 それは、少しだけ救いだった。


「……じゃあ」

 真白は小さく言った。

「お互い、急に“向こう側”を持ち込まない」

「向こう側?」

「学校の外の話」

「ああ」

「教室では、なるべく学校の中の話だけ」

「うん」

「それなら、多少は」

「自然にできる?」

「……努力はする」

「努力目標だ」

「そっちもでしょ」

「まあ、そう」


 二人はそこで、ようやく少しだけ自然に笑えた。


 大きな笑いではない。

 でも、最初にこの場所へ来たときよりはずっと、会話の空気がやわらかくなっていた。


     ◇


 体育館から、遠くで笛の音が聞こえた。


「あ、やば」

 澪がスマホを見る。

「集合時間?」

「うん。そろそろ行かないと怒られる」

「主将なのに」

「主将だから怒られるんだよ」


 それはたしかにそうかもしれない。


 澪はスポーツドリンクを持ち直し、真白を見る。


「ありがと」

「何が」

「話せてよかった」

「……うん」

「あと」

「まだあるの」

「その、配信」

「え」

「たまに、見てる」

「……は?」


 真白の思考が一瞬止まった。


 今なんて言った。

 たまに見てる?

 誰が?

 朝倉澪が?

 自分の配信を?


 いや待て。待て待て待て。


「ど、どのくらい」

「何その詰め方」

「どのくらい」

「たまにだって」

「たまにって幅広い」

「切り抜きとか、弾き語りのアーカイブとか」

「……」

「そんな驚く?」

「驚く」

「そっか」


 そりゃ驚くだろう。

 同じクラスのバスケ部主将が、実は自分の配信を見ていた。

 しかもそのうえで、紅白で共演した。

 何だこの情報の密度は。


 真白は耳が熱くなるのを感じた。


「……じゃあ、今まで知ってたの」

「真昼ましろのことは知ってた」

「私だとは?」

「まさかと思ってた」

「……だよね」

「でも紅白で、はい終わり、って感じだった」


 はい終わり、って何だ。

 わりと的確で嫌な表現だった。


 澪は少しだけ笑いながら後ずさる。


「じゃ、部活行く」

「……うん」

「学校では、なるべく自然に」

「努力目標で」

「了解」


 そう言って澪は走っていった。


 後ろ姿は、やっぱり学校の朝倉澪そのものだった。

 でも真白はもう、その背中の向こうに別の姿も知っている。


 そして向こうもまた、自分の“向こう側”を知っている。


 自販機の前にひとり残され、真白はしばらくその場を動けなかった。


「……見てたんだ」


 ぽつりと漏れる。


 配信を。

 弾き語りを。

 自分の、学校では見せない顔を。


 それは妙にくすぐったくて、気まずくて、でも少しだけ嬉しい。


 同時に、やっぱり面倒でもある。


「ほんと、距離感の正解わかんない……」


 自分で言って、自分で少し笑った。


 でもたぶん、今はそれでいいのかもしれない。


 正解がわからないままでも、

 少しずつ擦り合わせていけばいい。

 学校では学校の距離で。

 学校の外では学校の外の距離で。


 そうやっていける相手が、同じ教室にいる。


 それは思っていたより、悪くない。

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