第七話 「おとんが交通事故で入院」
主人公ハルトがプロ野球選手を夢見てソフトボールから軟式~硬式野球へと取り組み、活躍してプロ野球選手となる物語。しかし、プロ野球選手として全盛期の時期に病に倒れ、プロ野球選手としては選手生命を絶たれてしまう。
だが、いつも寄り添ってくれる妻ナミがハルトを支え、苦悩を一緒に乗り越え、プロ野球選手ではなく、指導者として歩み続けて行き、プロ野球選手を育てるという新たな目標に向かって走りだす。
おとんが仕事で遠距離を走行中に反対車線のトラックと正面衝突したとおかんからの連絡だ。
電話があったのは学校の午前中の授業中で急いで先生宅へ帰った。
おとんが入院している場所は青森県らしく一度実家に行き、おかんと一緒に東京駅から新幹線で行き、兄いは大学から直接東京駅へ行き、別々の新幹線で行く事になった。
事故の原因は、対抗車のトラック運転手が居眠り運転でセンターラインを越え、おとんのトラックに衝突したようだ。事故の映像は車両のトラックに設置のドラレコに映っていたようだ。
相手のトラックはそれなりにスピードも出ていたようで、おとんは避ける事が出来なかったようだ。
また、おとんの容態がわからないまま、新幹線で青森駅に到着した。
するとおとんの会社の方からの電話で、かなりの重症だが意識はあり、命に別状はないと言う事を聞き、少しホッと安心していた。
兄いにもメールでおとんの容態と病院名を知らせ、おかんと俺は駅からタクシーで病院に向かった。
病院に着いて、大石先生の奥さんとナミに電話しておとんの事を報告した。
病院に入ると看護師に待合室で待つように言われた。
また、おとんの会社の方が来て居て挨拶をした。
おとんは治療中でしばらくは病室に来ないと話していたので待合室で待っていた。
しばらくして兄いも病院に到着し、一緒に待合室で待っていた。
すると、おとんのトラックにぶつかって来た運送会社の方が二人来て、おかんや俺達に深々と頭を下げ謝罪した。
その後、その会社の方とおとんの会社の方と保険会社の方で何やら話しをするらしく、病院から出て行った。
その後、おとんの会社のもう一人の方が来て、色々とこれからの案内をすると話しておかんと兄いに話していた。
病院に着いてから三時間以上が経過していた。
その後、おとんは病室に入ったと看護師から言われ、皆でおとんの居る病室へ入っていった。おとんは頭・顔・両腕・両足に包帯が巻かれ痛々しく見えた。
おかんがおとんに声を掛けるが、おとんの口元は少し動く程度でが声にならず、両手の指先が少し動くだけだ。
意識がある事はわかったし、話せないのは残念だがまずはホッとした。
その後、おかんと兄いは看護師と一緒に主治医の説明を聞きに病室を出て、俺はおとんのそばに座っていた。
おとんの指は動くのだが何をどうしていいのかもわからず、ただただおとんの動いている指を見ていた。
二・三十分後、おかんと兄いが戻って来て主治医の説明を話してくれ、おとんの下半身は相当なダメージだと話していた。
また、上半身は両腕の骨折とあばらが数か所骨折し、内臓(腸、胃、肝臓、腎臓)に衝撃があった事で内臓のダメージがどれ程なのか明日の検査でわかるらしい。
そして頭部や心臓・肺は問題無いとの事だった。
おとんの指がズーと動いてるのを三人で見ていて「よく動くなあ」と少し笑えた。
おとんの会社の方が今日の宿泊先を案内してくれて三人でタクシーに乗り向かった。
宿泊先に着き、荷物を置くと急に腹が鳴り「腹減った」となった。
近くに飲食店が数件あり、そこで晩飯にした。
「そういえば昼飯も喰って無いなあ」と今になって気づく位だ。
時計は二十時を廻っていて、おかんの疲労感は半端なく、宿泊先に戻り皆でシャワーを浴び爆睡した。
翌日、病院に行った。この病院は実家から遠過ぎるため、完全看護の手続きを済ませ、怪我等の回復を見て実家の近くの病院に転院できるか話していた。
おかんはあと二・三日はここに居る事になり、兄いと俺は学校もあるので今日中に帰る事にしていた。
兄いはおかんが帰って来るまで実家に居て大学は休むと話していた。
俺はテストや野球の練習もあるので早く帰りたかった。
その後、二人は新幹線と電車を乗り継ぎ、兄いは実家へ俺は大石先生宅に帰った。
先生と奥さんにおとんの状況を説明し、晩飯を済ませ、ナミにも電話で説明し、詳しくは明日会った時に話すとして、風呂入って爆睡した。
翌朝はいつものように通学し、学校で担任の先生やナミにおとんの事故や怪我等を報告した。
テスト期間の日程が近づき、もう焦ってもしょうがないのでできる限り勉強してテストに臨んでいた。
テスト当日、三科目が終わり、ナミの所で自己採点すると前回より点数が低かった。
二日目の二科目を終え、ナミの所に行く途中、おかんから電話があり、おとんの内蔵検査が終わり、異常は無かったようだが、両足は骨折箇所が多く、手術を何回かに分けて行い、全ての治療が終われば転院できるらしいと話していた。おとんの入院は数ヶ月は掛かると話していた。
この事をナミに伝えると「転院先はどの辺がいいの?」と聞いて来るので、俺は「実家に近い方がおかんも病院に行きやすいと思うよ」と話した。
ナミは「うん、わかった、お母さんに相談してみる」と言うのだ。
その後、二日目の自己採点をするとやはり前回より点数は低かった。
済んだ事は諦めて、ナミとゲームを十八時位までやってから帰宅した。
翌日から夏の大会に向けてのキツい練習と筋トレが待っていた。
毎年、暑くなる時期が早くなり、身体のバテ方も早くなっていて、熱中症になる部員も多かった。
俺はナミの紹介のスポーツドクターから指導を受けていて水分・塩分・糖分等の接種方法まで教えていただいた。
俺はチームの皆にも伝えたいとナミの了解を得て、野球部員・監督・コーチにも取り入れてもらった。
子供達や子供を持つ大人にも野球を好きになって欲しくて、私なりの世界観をもって描いているものです。興味を持っていただけると幸いです。




