よい奴でも悪い奴でもすべて訳はあるものだ.4
「フランツ……?」 「あなたは私のものよ、エドワード……」 そのおぞましい囁きを最後に、僕の意識は遠のいていった。
その頃、『何でも引き受けます』事務所。 自分が応援していたチームがベスト8進出に失敗し、絶望に暮れる一人の男が歩いていた。
「クソッ……今度こそバイエルン・ミュンヘンが勝つと思ったのに……! ああ、あの金満野郎どもめ! オーナーが石油王なら何でも許されると思ってんのか!!」 自分の愛するチームの敗北に荒れる男、デミアン(シャルル)が事務所に戻ってきた。だが、そこで彼が目にしたのは、無惨な光景だった。
「差押え」の赤紙が貼られ、粉々に砕かれた扉。消えた従業員たちと、お坊ちゃん。 「……あ? 何だ、こりゃ」 デミアンの目が細まった。サングラスの奥の瞳が、チームの敗北よりも深い怒りで燃え始めた。
目が覚めると、僕はどこかの儀式場に縛り付けられていた。 フランツが虚ろな目で僕を抱きしめ、「もう逃がさないから……」と呟いている。状況が掴めずにいると、クローマー神父が入ってきた。 「お目覚めですね、子羊よ。では、儀式を始めましょうか。“Raub es dir(強奪せよ)”」
その一言と共に、僕は絶叫した。全身から何かが引き抜かれるような感覚。 「一、一体……僕に何をするつもりなんですか……!!」 僕が叫ぶと、フランツが僕の頬を撫でながら口づけをし、世界で一番優しい声で残酷な真実を告げた。 「エドワード……。ごめんね。でも、あなたの濡れ衣は、私が着せたものなの。学校で初めて会って握手した時、もうあなたの体はコピー済みだったわ。あなたの体で悪行を重ねるのは心が痛んだけど……苦悩するあなたの顔を見ていたら、壊れていく姿が愛おしくて……。私だけを頼るようにしたくて、止められなかったの」
「……。」 何も言えなかった。 信じていた人が、僕の苦しみの根源だったという事実を、頭ではなく心が先に理解してしまったから。 僕は初めて、この世界が根本から狂っていることを思い知らされた。
絶望に沈む僕に、クローマー神父が言った。 「子羊よ、あなたのメナスは、我が神の再臨の際に役立てさせていただきます。あなたのメナスは特殊系。それも、あらゆる心理系能力を操るシンクレア家の秘伝メナス『連なる世界』……。あなたは本当に祝福された存在です。ですが、価値があるのはメナスであって、あなた自身ではありません」
フランツが突然、僕の胸を切り裂いた。鮮血が流れ落ち、僕の足元の魔法陣が光を放ち始める。 クローマーは歪な笑みを浮かべた。「あなたは最高の栄養源となるでしょう……」
その瞬間。
「ほら見ろ!! 言っただろ、シンクレアの坊主!! 女に捕まると人生詰むって!!」
ガッシャーーーン!!
聞き覚えのある声と共に、派手な登場でアクリルガラスを突き破り、男が舞い降りた。 彼は空中でクローマー神父の額に弾丸を撃ち込み、僕を抱きしめていたフランツを壁際まで蹴り飛ばした。 事務所の社長、シャルル……いや、デミアンだった。
「よお、どうだ? 今の俺、デビルメイクライのダンテっぽくなかったか? ギャハハ!!」 「……こんな状況で、冗談を言っている場合ですか……」 僕が力なく返すと、倒れたはずのクローマー神父が驚異的な速度で蘇生し、立ち上がった。 「貴様は……世界唯一のS級傭兵、“紅い悪魔”デミアン・デモニクス……!? なぜここに……」
「え……僕にはシャルル・ゲドンとか何とか言ってたのに……」 「黙ってろ、このガキ! 今はそれどころじゃねぇだろ」 神父の問いに、デミアンは不機嫌そうに答えた。「ったく、田舎神父の分際で俺を知ってやがるとはな。……おい、その俺の上客を勝手に拉致してんじゃねぇよ!! おかげでサツに踏み込まれて、俺の事務所はメチャクチャ、差押えまで食らったんだぞ!! ああ、腹が立つ!!」
デミアンは神父を無視し、僕に向かって怒鳴り散らした。「おい、このクソガキ!! お前の依頼を受けたせいで俺の城は崩壊、俺の奴隷(従業員)どもはパクられちまったじゃねぇか!! 親父さんにきっちり上乗せして請求してやるからな、覚悟しとけよ!!」
散々不満をぶちまける彼に、神父は冷たく言い放った。 「やはり、あなたは不敬な存在だ」 神父は僕から奪ったメナスで電撃を放ったが、デミアンは「あー、おっそ」と首を軽く傾けるだけで回避した。
「おい、田舎のインチキ神父。お前は俺が直々に躾けてやるよ」 そう言う間もなく、クローマーが奇襲を仕掛けたが、デミアンは鼻で笑った。 「そんなモンで俺に当たると思ってんのか? そもそも、その女に騙されるようなマヌケなガキのメナスだろ? ギャハハ!!」 彼は子供をあやすように神父を翻弄した。
「おい、その程度かよ!」と煽り立てていた彼は、ふと思い出したように叫んだ。 「……待てよ。今、ユーロビジョン2026の生放送が始まる時間じゃねぇか!? 第一回放送、絶対に見逃せねぇんだよ!!!」 僕は絶句した。この状況で……? クローマー神父も呆れたように言った。 「あなたという人間は、どこまでも傲慢ですね……」
神父は僕のメナスを最大出力で放った。デミアンは重力を操るかのように空中でそれをかわした。 「あー、お前結構強いな。普通のS級ヒーローなら詰んでたかもよ。だが……相手が……悪かったな」 デミアンが左手の小指を立てた。 「俺はデミアン・デモニクスだ。そこらへんの雑魚とは格が違う。悪いが、遊びは終わりだ。1年ぶりのユーロビジョン、絶対にリアタイしなきゃなんねぇんだよ……!!」
「少し、痛いぞ」 デミアンが面倒そうに左の小指を弾き、クローマーの額を軽く小突いた。
その瞬間、空間が歪むどころではなかった。僕の目には、刹那の間に数千、数万もの『別の可能性の聖堂』が重なって見えた。クローマーが勝利した世界、聖堂が存在しない世界、僕が死んでいる世界――。
すべての並行世界の因果律がデミアンの指先で衝突し、直後、クローマーが崩れ落ちた世界だけが現実として固定された。聖堂地下のあらゆる次元の壁が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
彼は倒れたクローマー神父を見下ろし、僕に言った。 「見ろよ、シンクレアの坊主。世界にはまだ、更生不可能なクズが溢れてるんだ。……俺と一緒に、こういうゴミ掃除、やってみる気はねぇか?」
彼は不敵な笑みを浮かべ、僕に手を差し伸べた。
他にお手伝いできることはありますか?




