「一人の幸せなんてのは、案外あっさりとひっくり返るように出来ている」
この物語は、ベルトラン・デュ・ゲルトリング8世という、フランス皇室直属騎士団長であり、マリー・アントワネット・ソードワード12世王女の直属護衛官という職責を22歳で務める男の物語である。(直属護衛官には12歳で登り詰めた男だ)
ベルトラン・デュ・ゲルトリング8世。彼はフランス皇室を代々補佐してきたゲルトリング家の末息子として生まれた。しかし驚くべきことに、この男は1歳の「選び取り」で剣を掴み、文字を書くより先に剣術を覚え、4歳で騎士団試験に合格して騎士となった、まさに英才そのものの男だった。9歳になった時点では皇室騎士団の頂点と言える「王鍵12騎士団」に所属し、「14番目のオリヴィエ」という職責を拝命。14番目のローランであるローラン・ソードワード14世と共に神童と呼ばれ、フランスを代表する騎士そのものであった。
しかし、あまりに仕事にのみ集中しすぎたせいだろうか。彼は本来、同年代なら当然知っているはずの「幸せ」を知らず、「自由」というものも知らなかった。いや、彼は「感情」を知らなかった。正確には、自分が今感じている感情を認識できない状態だったのだ。つまり、彼と同い年の少年たちが学校で友人たちと親睦や友愛を深め、学問に励んでいる間、彼は戦場に出て敵を殲滅し、非戦時には騎士団員を訓練するなど、同年代の少年たちとはかけ離れた人生を送っていた。 シャルル王はそんなベルトランの欠如を不憫に思い、彼の親友であるローランと共に皇帝室へ呼び出した。
「よお、ベル~。何見てんだ?」
「……シャルル・ボードレールの『悪の華』を読んでいた……。学校に行かずとも知識は養わねばならんからな……」
「ったく……そんなの読めるのかよ? 俺は本なんて真っ平ごめんだけどな……。それにしても、歩きながら読むなんてお前らしいな」
「……笑うな。貴様も学校へ行かないのなら、せめて一般常識くらいは知っておくべきだ。知識を養え」
ベルトランの説教を聞くのが嫌なのか、ローランはすぐに顔をしかめて言い返した。 「嫌だよ。俺たち騎士は武力さえあればいいんだ、武力さえ」
「貴様は陛下の甥という身分でありながら、そのような卑俗な振る舞いを……」
「知るかよ。あの人、俺たちと6歳しか違わないんだぜ」
「お前がそうだからダメなのだ……。王族の者が……」
「お前もその『王族、王族』ってやつか……。はぁ……」
「陛下がいらっしゃる王宮に着いた。静かにしろ、筋肉馬鹿」
「はいはい」
二人の少年が到着すると、ゴシック様式のステンドグラスが光を反射し、神聖な男を照らし出していた。
「来たか。王鍵12騎士団所属、14番目のオリヴィエであり、最年少皇室騎士、ベルトラン・デュ・ゲルトリング8世」
「お目にかかれて光栄に存じます、陛下」
「そして……。このわからず屋で強情な王子様、ローラン。お前も歓迎するぞ」「あ……いててっ!!! 叔父上……!!!!」
「ったく、お前はその程度で弱音を吐くのか? たかが葡萄が当たったくらいで……。それでもフランス皇室の者か!!!」
「あんたがただ王宮にふんぞり返ってるだけの皇帝だと思ったら大間違いだぞ!!! まったく!!!」
「そういうわけではない……。お前たちに一つ、勅命を下すために呼んだのだ」
「また何だよ? 始末か何かか? ったく、面倒くさくてたまんねーよ……」
「どのような事柄であれ、一日以内に完遂してみせます、陛下」
「まあ待て……。武力を使うことではないから安心しろ。だが、武力よりも重要な命を下す。よく聞け」
「……?」
「最近生まれた私の娘と息子を、お前たちに任せたい」
「……はい?」
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?!?」
「考えてみれば、お前たちは年齢に比べてあまりに過酷で殺伐とした仕事ばかりしている。私の子供たちを育てることで、少しは平穏と平和というものを学んでほしいと思ってのことだ。特にベルトラン、お前は感情を表に出すのが苦手ではないか。それに大人以上に働きすぎだ、少し休息が必要だろう。だがローラン、貴様は育児と共に、この王宮で学問に励むのだ」
「何だってぇ!? いや、こいつはただの育児と休息なのに、俺だけ仕事と勉強をやれってか!? 笑わせんなよ!!!」
「訓練が終わった後に遊んでばかりの貴様と違い、ベルトランは知識を養うことを決して怠らず、常に続けてきた。私は血縁に関係なく、より努力する者に報いる主義なのだ」
「身に余る光栄に存じます……陛下」
「あああ……嫌だぁぁぁぁ!!!!!」
「だが、育児に精を出すというのなら、学問の方は一ヶ月だけで勘弁してやろう」
「約束したぞ!? 叔父上が約束したんだからな!?!! ……でもさ、俺、気づいちゃったんだけど、叔父上……」
「何だ、言ってみろ」
「叔父上、正直に言って俺たちに面倒ごとを押し付けて、叔母上とイチャイチャして遊びたいだけだろ!? あぁ!?」
すると驚くべきことに、0.00000000000……いや、人類が数式化できない不可算の速度の打撃がローランに叩き込まれた。
「静かにしろ……。やれやれ……。この甥っ子は叔父の言葉に逆らおうとするのか、全く……」
「当たってるだろ!! 当たって……」
「いてぇっ!!!! 痛い……痛いってばぁぁぁぁ!!!!!!」
「では教えてやろう。ローラン、お前はルイを担当しろ」
「ああ、あいつか? 先月、わざわざ教皇庁まで飛んでいって教皇様に洗礼まで受けた、あの面倒な奴か?」「そうだ。従妹に向かって言う言葉遣いにしては、あまりに品がないな」
「ベルトラン。お前は私の娘であり、ルイの双子の姉であるマリを任せることにする」
「承知いたしました……陛下」
「おい!!! 俺は男なのに、なんでこいつは女の子担当なんだよ!! ひどい!! ひどすぎるぞ!!!」
「貴様は皇族でありながら、その物言いは……」
「叔父上だって大概だろ!!!」
「この野郎!!」
「あら、何をなさっているのですか? シャルル」
「エリザベス……! 君がなぜここに……!」
「お久しぶりです、皇后様……」
「なんだ、叔母上か。へ……」
「なぜ来たかなんて、当然ではありませんか? 皆さんに私の子供たちを預けるのですから、親である私が立ち会うのは当たり前です。さて、オリヴィエ。マリがいる場所へ案内しましょう」
「承知いたしました、皇后様……」
「お前は私と来い」
「嫌だ……!! 叔父上は嫌だ!!! 美人の叔母上と行くんだ!!!」
「わがままを言わずに来い……」
「嫌だってばぁぁぁぁぁ!!!!!」
「本当にあの子は、見れば見るほど手におえない子ですね。そう思いませんか、オリヴィエ?」
「……そ……そのようでございます……」
「オリヴィエなら、私たちのマリを任せられると思って直接指名したのです。頑張ってくださいね」
「あ……ありがとうございます……皇后様……。騎士として命を懸けて、あのお守りいたします」
「感心ですね。さあ、着きました。ここがマリのいる部屋です」
中に入ると、ベルトランの目に飛び込んできたのは、今まで見てきた赤ん坊……いや、あらゆる生命の中で最も美しく高貴な新生児だった。
「マリ、お母様が来ましたよ」 するとその新生児は、皇后を見るやいなや、まさに天上の微笑みを浮かべて笑っていた。 「あーぶ~、ばーぶ~! あぶ~ばぶ~!」
「本当に……まさにこの子は天使ではないでしょうか? オリヴィエ」
「そ……そのように存じます……。ふ……触れてみてもよろしいでしょうか……?」
「もちろんです。ですが、女の子ですから、優しく丁寧に接してあげてくださいね」
新生児はベルトランの手を避けた。
「……?」 すぐにマリはベルトランの手をかわし、自身の母である皇后に微笑みを向けていた。 「あーぶ~、ばーぶ~!」
「……皇后様、申し訳ありません……。王女殿下が……私と目を合わせてくださらないのです……」
「そんなはずないでしょう……。あの子はまだ言葉も話せませんし、動くこともできない子なのよ、オリヴィエ」
「申し訳ございません……(そうか……私がまだ未熟で不慣れだから、王女殿下に嫌われているのだ……)」
「私は少しマリのための粉ミルクを作ってきますから、マリと親睦を深めていてくださいね」
「承知いたしました、皇后様……」
その瞬間、驚くべきことに、動くこともできないはずの赤ん坊がベルトランの指を力強く掴み、 「お前、ママに言いつけたわね。奴隷の分際で私に。あんたは今日から私の奴隷よ、覚悟しなさい」と言わんばかりの眼差しでベルトランを睨みつけていた。
驚いたことに、ベルトランはその場で膝をつき、屈服してしまった。そう、この瞬間こそがベルトランの人生において初めて「感情」を認識したきっかけであり、18年に及ぶ悲劇の始まりだった。
……。
「ぶー」
ベルトランは感じた。今の「ぶー」は、「二度と言いつけるな」という意味だったのだと。
「オリヴィエ、マリと仲良くできましたか?」
「……はい」
「あーぶ~!」
「……」
「オリヴィエ、マリをお願いしますね。私は国政を見なければなりません……。私がしてあげられるのはここまでですので、マリが泣かないようによろしく頼みますね」
「あーぶ~」
「あら……お母様に『いってらっしゃい』と言ったのかしら? マリ、やっぱり……あなたは私だけの小さな天使ね……」
(……あんな悪魔を見て、よくそんなことが……?)
「あぶ(さっさと抱き上げて、王国の見物でもさせなさいよ)」




