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うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい

北欧神話の猫戦車と、ミニチュアダックスの優位性〜うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい 〜

作者: 尾白景
掲載日:2026/02/21

 これは俺が古代ローマに似た異世界へと転生するよりずっと前、姉と過ごした思い出の一幕―――――


 

挿絵(By みてみん)


 二月二十一日、土曜日。

 天気は快晴。絶好の実験日和だ。

 リビングにランドセルを転がして、ソファに寝転がってタブレットを見ていた俺、匠の視界に妙なものが飛び込んできた。


 四つ歳上の姉、真綾だ。

 いや、姉がいること自体は日常なのだが、その格好が異常だった。

 彼女は、首から巨大なオモチャの宝石がついたネックレスを下げ、手には手製のダンボール工作を持っていた。


 そして、俺と目が合うと、ニヤリと不敵に笑った。


「匠。明日は何の日か知っているかしら?」

「明日? ……ああ、二月二十二日だから『猫の日』か」


 ニャンニャンニャンで猫の日。

 毎年SNSが猫の画像で溢れかえる平和な日だ。


「そうよ。古今東西、猫は歴史の影で人間を支配してきたわ。古代エジプトのバステト神しかり、日本の化け猫伝説しかり。

 だからこそ、歴史の探求者として、明日の猫の日を座して待つわけにはいかないの」


 真綾はテーブルの上にドンと図鑑を広げた。

 開かれているページには、首に美しい宝飾品をつけ、戦車に乗っている優雅な女神の絵が描かれている。


「北欧神話の女神、フレイヤ様をご存知かしら?」

「名前くらいはゲームで聞いたことあるけど」


「彼女は愛と戦いの女神なんだけど、移動手段が凄いのよ。なんと、二匹の猫が引く戦車チャリオットに乗って空を駆けるの」


「……猫が? 馬じゃなくて?」


「ええ。しかも大型のノルウェージャンフォレストキャットのような猫だったと言われているわ。可愛い顔して馬力ならぬ『猫力』で戦場を疾走する。

 これぞ、可愛さと機動力を兼ね備えた古代のハイブリッドカーよね!」


 真綾の目がキラキラと輝き始めた。

 嫌な予感がする。この輝きは、ロクなことを思いついていない時の合図だ。


「で、その女神様がどうしたの」

「再現するに決まってるじゃない。この首飾り(百均)もつけたし、あとは動力源よ」


 真綾は立ち上がり、足元で昼寝をしていた愛犬――ミニチュアダックスのきなこを抱き上げた。


「というわけで、きなこ。貴女には今日から猫になってもらうわ」


「ワン?」


 きなこが首を傾げる。

 俺はため息をついた。


「姉ちゃん、根本的な問題があるよ。きなこは犬だ。しかもミニチュアダックスだ。猫じゃない」


「甘いわね匠。その固定観念が科学の発展を阻害するのよ」


 真綾はきなこを抱きしめたまま、演説するように人差し指を突き立てた。


「いい? 私は物理的な観点から『猫戦車』の欠陥を発見したの。猫はね、意外と背が高いし、耳も立っているわ。つまり走行時の空気抵抗が大きいのよ。

 高速で空を飛ぶフレイヤ様の戦車にとって、空気抵抗は致命的な燃費悪化を招くわ」


「はぁ……それで?」

「そこで、このミニチュアダックスという生命体を見てみなさい」


 真綾はきなこを、ライオン◯ングのように高く掲げた。


「低い車高! 長いホイールベース! そして流線型のボディ! まるで新幹線……いいえ、F1カーのようなフォルムだわ! 空気力学エアロダイナミクスの観点から言えば、猫よりもミニチュアダックスの方が、戦車を引くエンジンとして圧倒的に優れているのよ!」


「……まあ、形だけ見ればそうかもしれないけど」


「つまり、きなこが戦車を引けば、フレイヤ様の伝説を超える音速の領域へ到達できるということよ! これは進化なの! さあ、準備はいいわねきなこ! おやつあげるから!」


「ワフッ!」


 おやつと聞いて、きなこが全力で尻尾をブンブン振っている。


 ああ、可哀想なきなこ。

 おやつという言葉に釣られて、姉ちゃんの狂気的な実験に付き合わされるとも知らずに。


 §§§


 一〇分後。

 俺たちは近所の公園に向かうアスファルトの歩道にいた。

 道行く人々が、ギョッとした顔で振り返っていく。


 無理もない。

 俺だって他人がこんなことをしていたら、警察に通報するか動画を撮るか迷うところだ。


 真綾は、DIYショップで買ってきたキャスター付きの台車の上に、あぐらをかいて座っていた。

 首元にはジャラジャラと鳴る安っぽい宝石のネックレス(女神の証、ブリーシンガメンと言うらしい)

 そして手には、きなこに繋がったリードを、まるで手綱のように握りしめている。


 さらに酷いのは、きなこの姿だ。

 頭には百均で買った「猫耳カチューシャ」が付けられている。


「……姉ちゃん、恥ずかしいから帰ろうよ。きなこも『なにこれ?』って顔してるし」


「静粛に。これより北欧式低床戦車『キナコ号』の風洞実験、ならぬ実走行テストを開始するわ」


 そう言うと、真綾はふところからどこからともなくサングラスを取り出し、シャキーンと装着した。

 ティアドロップ型の、パイロットがよくかけているようなやつだ。


 いつの間に用意していたんだよ……


 サングラスの奥の瞳は、無駄に真剣だ。


「目標、公園の入り口! 理論上、きなこの流線型ボディが生み出す整流効果により、我々は風になるはずよ。匠、ストップウォッチの準備は?」


「はいはい、準備OKですー(棒読み)」


「よし。エンジン始動アイドリング!」

「ワン!」


「進路クリア! 全速前進フルアヘッド! 行けぇぇぇッ、キナコぉぉぉッ!」


 真綾が叫ぶと同時に、きなこがやる気満々で走り出した。

 ダックスフンド特有の、短い足を高速回転させて。


 カシャカシャカシャカシャ!

 きなこの爪がアスファルトを掻く音が響く。

 しかし――――


「……動いてないね」


 俺は冷静にツッコミを入れた。

 きなこは必死に前進しようとしているが、体重五〇キロ近い姉ちゃんが乗った台車は、ビクともしない。

 物理法則(静止摩擦)の壁は厚かった。


「ぐぬぬ……ッ! やはり初期トルクが足りないか……! 仕方ない、補助エンジン点火!」


 真綾は台車から片足を下ろし、地面を蹴り始めた。


 ガラガラガラガラ……!


 自分の足で地面を蹴って加速をつける姉ちゃん。

 その勢いに乗って、ようやくきなこが前に進む。


「見たか匠! これがハイブリッド走行よ! 風だ……私は今、風を感じているわ!」

「時速四キロくらいだけどね」


 俺は早歩きでついていきながら呆れ果てた。

 傍から見れば、サングラスをかけた女子中学生が犬に引かれるフリをして自分で台車を漕いでいるだけだ。

 しかも、アスファルトの振動が凄まじい。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ……ッ!」


「姉ちゃん!? 大丈夫!?」


「す、すごい振動よ匠ッ! ろ、路面の凹凸ギャップをダイレクトに拾ってる……ッ! こ、これが古代のチャリオットの乗り心地なのね……ッ! サングラスがズレてくるぅぅぅ!」


「降りなよ! ただの自業自得じゃん!」


 しかし真綾は降りない。

 サングラスを必死に直しながら、奇妙な高揚感に包まれていた。


「で、でも、地を這うような低い視点! まるで戦闘機のコックピットにいるみたい! きなこ、もっと加速なさい! アフターバーナー点火(おやつ追加)よ!」


「ワフゥゥゥッ!」


 きなこがさらに加速する。

 しかし、速度は相変わらず早歩きレベルだ。


 その時だった。

 民家の塀の上に、一匹の野良猫が現れた。

 茶トラの、ふてぶてしい顔をした猫だ。


 猫は、眼下を必死の形相で通過していく「猫耳をつけた犬」と「サングラスをつけた震える女」を見下ろした。


「ニャァ……」


 完全にバカにした鳴き声だった。

 鼻で笑ったと言ってもいい。

 そして猫は、優雅にあくびをして、軽やかに塀の奥へと消えていった。


「……ッ!」

 真綾が、ギリリと歯噛みする音が聞こえた。

 彼女はきなこを停止させ、台車の上で立ち上がろうとして――バランスを崩して派手に転びかけた。


「痛ったぁ……! くっ、見た匠!? 今の猫の目!」

「見たよ。完全に引いてたね」


「違うわ! あれは『我々の制空権を侵す気か』という焦りの目よ! くそう、今はまだ高度(塀の上)を取られているけど、空気力学的にはこっちが勝っているわ! Cd値(空気抵抗係数)はきなこの方が優秀なんだからぁッ!」


 真綾はズレたサングラスの奥から、涙目で塀の向こうを睨みつける。

 その姿は、科学者の威厳というよりも、ただの負けず嫌いな駄々っ子だった。


 §§§


 結局、実験は中止になった。

 台車の振動でお尻が痛くなった姉ちゃんと、走り疲れたきなこを連れて、俺たちはとぼとぼと家に帰ることにした。


 夕暮れの帰り道。

 真綾はサングラスをポケットにしまい、きなこを愛おしそうに抱っこして歩いていた。


「……結局、猫戦車は失敗ね」

「まあね。そもそも犬だし」


「でも、分かったことがあるわ。フレイヤ様がなぜ猫を選んだか」

「なんで?」


「猫は液体だからよ。衝撃を吸収するサスペンションの役割も果たしていたのね。きなこは筋肉質だから、振動がダイレクトすぎたわ」


 真綾はもっともらしい顔で、また適当な理屈をこねている。

 俺は苦笑しながら、姉ちゃんの横顔を見た。

 変な格好をして、近所の人に笑われて、泥だらけになって。


 それでも、こうしてバカなことを全力でやっている姉ちゃんが、俺は嫌いじゃなかった。


「ま、明日の猫の日は大人しくしてようよ。きなこも疲れただろうし」

「そうね……。ごめんね、きなこ。無理させちゃって」


 真綾はきなこの頭についていた猫耳カチューシャを外し、その長い鼻先にキスをした。


「やっぱり、あんたは猫じゃなくていいわ。私が世界一好きなのは、猫よりもフレイヤ様よりも、あんたなんだから」


「クゥ~ン」


 きなこが嬉しそうに真綾の頬を舐める。

 姉ちゃんは「くすぐったい!」と笑い声を上げた。


 夕日に照らされたその笑顔は、さっきまでの変人っぷりが嘘のように、優しくて、温かかった。


「……ねえ、匠」

「ん?」


 ふと、真綾が俺を見た。

 その瞳が、夕日のせいか、少しだけ揺らいで見える。


「あんたもよ……あんたがどんなにバカでも、計算ができなくても、私はあんたが一番大事な弟だからね」


「はぁ? いきなり何だよ。気持ち悪いな」

「うるさいわね。たまには姉としての威厳を見せただけよ」


 真綾は照れ隠しのように、俺の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。

 痛いし、鬱陶しい。


 でも、その手は温かかった。

 こんなバカな日常が、ずっと続けばいい。

 物理法則なんて無視して、くだらない実験を繰り返して、きなこと三人で笑い合う毎日が。

 俺は漠然と、そう思っていた。


 この時の俺はまだ知らない。


 姉ちゃんが、なぜこんなに「急いで」実験をしていたのかを。

 そして、この温かい手が、俺を過酷な運命から守るための「武器」を育てようとしていたことを。


 ―――それは、また明日のお話。


「さあ帰るわよ匠! 帰ったら反省会を兼ねて、きなこの流体力学的なマッサージ(ブラッシング)を行うわ!」


「はいはい、分かりましたよ。我が家のマッドサイエンティスト」


 俺たちは並んで家路につく。

 長く伸びた二人の影と、一匹の犬の影が、アスファルトの上で一つに重なっていた。

 【重要なお知らせ】

 明日、2月22日(日)の17時30分頃に、

 本編である『武器物語』の特別短編(Episode.0)を公開します。

 今日の『うちの姉ちゃん』は日常回でしたが、明日の短編は……


「なぜ姉ちゃんは、これほどまでに奇行を繰り返すのか?」


 そのすべての理由が明かされる、涙と衝撃の「始まりの物語」です。


 今日の話を読んで「姉ちゃん、バカだなあ」と笑ってくれた方に、明日の話を読んでいただきたいです。 


 世界の見え方が、ガラリと変わる特別短編。

 それでは、明日の夕方、ぜひお立ち寄りください!



【匠の「その後」の物語はこちら!】

本作で匠が学んだ「無駄すぎる知識」が、異世界で最強の武器になる――!?


匠が古代ローマ風異世界に剣闘士として転生し、姉ちゃんの知識で成り上がる本編、『転生式異世界武器物語』も好評連載中です!


本編では実在した武器の“武器解説”、絵師様による“挿絵”付きの豪華な長編となっています。

ぜひ合わせてチェックしてみてください!

『転生式異世界武器物語』

https://ncode.syosetu.com/n3948lb/



※こちらのイラストにはAIを使用して製作しております。

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― 新着の感想 ―
ええ、ちょっと待って…… なんて気になる引き方……! お姉様の今までの行動に、お姉様の趣味……もとい、姉弟愛以外の背景が……!?笑 明日、楽しみにしてます!!
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