第9話 事象の最終定義
この回は「守る」の定義を決める回。
誰を内側に、何を外側にするのか。
集落の境界線に、砂塵を巻き上げて一台の重装馬車が停止する。王都の象徴である大鷲の紋章——Sランクパーティ『暁の剣』の意匠が、夕刻の光を反射して歪に光っていた。
馬車の扉が開き、重厚なオリハルコンの鎧を軋ませてガラムが降り立つ。
かつて俺を『無能』と呼び、追放したリーダー。その後に続くのは、盾役のボルド、魔導士のセーラといった、かつての「仲間」たちだ。
「ようやく見つけたぞ、アリスティア。辺境の土にまみれて惨めな生活を……と思っていたが、どうやら余程の『宝』を溜め込んでいるようだな」
ガラムは周囲の黄金の畑と、俺の黒銀の城塞を睨みつけ、濁った強欲を隠そうともせずに笑った。
「その『遺物』と生産技術をすべてこちらへ譲渡しろ。そうすれば、慈悲として再び荷物持ちとして使ってやる。……光栄に思え、アリスティア。Sランクパーティへの復帰を許すと言っているんだ」
俺は手元の魔導演算板から視線を上げることなく、冷淡に言い捨てた。
「『復帰』? ……認識に重大なエラーがあるな。俺は既にこの領域を最適化した。君たちのような『不具合』が入り込む余地は、この世界のどこにもない」
「……貴様、本気で俺たちを侮辱するつもりか!」
怒り狂うガラムが、腰の長剣——かつて俺が日々微調整を繰り返していたオリハルコンの剣を引き抜いた。
だが、その刀身は既に微細な金属疲労の音を立て、構造維持率は三十パーセントを切っている。
「『物理座標系:アリスティア領土』——定義を最終固定。外部質量の排斥、および事象の再定義を開始する」
ガラムが咆哮と共に踏み込んできた。以前なら全方位を崩壊させる斬撃。
だが、俺の掌から放射された青白い回路が、ガラムの剣を迎え撃つ。
「『対象:オリハルコンの剣』。硬度パラメータを気体組成値へ同期」
接触の瞬間。鉄よりも硬いはずの神金が、物理的な限界を超えて霧のように俺の身体を透過した。
確かな手応えの消失。全力を込めていたガラムの身体が、慣性の法則に従って無様に前のめりになる。
「なっ……!?」
俺は一歩も動かず、よろめいたガラムの眼前で、指先を小さく弾いた。
「構造維持率、ゼロ。自壊シーケンスを開始」
キィィィィィン——ッ!
耳を刺すような高周波の金属音。
ガラムが握っていた長剣が、内部から爆散し、無数の破片となって地面に降り注いだ。かつての「栄光」が、輝きを失った無惨な残骸へと成り下がった瞬間だった。
「俺の……俺の剣が……ッ!」
「剣を振るうたびに積み重なった金属疲労。そして俺が加えた定義の書き換え。それらが合致した結果だ。君の暴力は、この領域では単なるエラーに過ぎない」
愕然と跪くガラム、そして恐怖に凍りつくかつての仲間たちへ、俺は冷淡に最後の一撃(定義)を告げた。
「立ち去れ。次は、君たちの存在確率そのものを、この座標から排除することになる」
俺が地面に触れた瞬間、境界線から巨大な物理斥力が展開された。
見えない巨大な手に押されるように、ガラムたちは悲鳴を上げながら村の外へと無様に弾き出されていく。
土煙が収まり、境界線に再び静寂が戻った。
俺は閉ざされた門を背にして、駆け寄ってくるリアナへと視線を向けた。
「排除完了だ。……さて、これからはこの場所を真の『楽園』へと書き換えるための、本番の計算を始めよう」
俺は空中に新たな設計図を展開した。
もはや追放者ではない。俺は、この世界の論理を書き換え、最適解を導き出す「設計者」として、新たな境界線を引いたのだ。
境界線ができると、世界は“領土”として反応し始めます。
次話、村は楽園になる。でも、楽園は目立ちます。




