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第8話 不条理な勧誘への論理的拒絶

不条理な勧誘に、論理で返す回です。

交渉も戦闘も、主人公にとっては同じ“設計”です。

 足の裏から伝わる不自然な鳴動が、ようやく静かな余韻となって消えていった。

 俺は地面に埋設した魔力触媒アンカーの状態を確かめ、ゆっくりと立ち上がった。


「集落防衛網、基部固定完了。稼働率、現時点で八・二パーセント。目標値まで残り七十一時間」


 独り言のように進捗を口にし、脳内の設計図を更新する。

 だが、その静寂を、境界線の外側から近づく不快な振動が乱した。


 東の街道から一騎の軍馬が、傲慢な蹄の音を立てて接近してくる。馬上に跨っているのは、王都のSランクパーティ『暁の剣』の紋章を纏った騎士——ガラムの使いだ。


「……高出力の魔力波形。だが、波長が乱れているな。装備のメンテナンス不足だ」


 俺は視線を上げ、境界線ギリギリで馬を止めた男を見据えた。


「よう、不遇職。こんな不毛な地で野垂れ死んでいなかったとはな」


 騎士は馬の上から俺を見下ろし、鼻で笑った。その鎧の関節部からは、潤滑定義が失われたことによる耳障りな金属音が漏れている。


「ガラム様からの温情だ。貴様のようなゴミでも、もう一度使ってやる。パーティへの復帰を許してやるぞ。条件は一つ、お前がこの森で見つけた『未知のアーティファクト』を差し出すことだ」


 俺は男の言葉を聞き流し、網膜に投影された比較データを空間に展開した。

 夕闇の中に浮かび上がる、冷徹な青いグラフ。


「断る。提案を検討する価値はゼロだ。客観的なデータを見ろ」


 俺は空間に浮かぶ数値を指し示した。


「現在、この集落の食料自給率は従来比四二〇パーセント。俺個人の活動効率は、パーティ在籍時の三六〇パーセント増を維持している。対して、君たちの装備維持コストは以前の三・八倍に跳ね上がっている。……君たちの下へ戻ることは、俺にとって純然たるリソースの損失に過ぎない」


「なっ……貴様、何をわけの分からんガラクタを! Sランクへの復帰を断るというのか!」


 騎士が逆上し、腰の長剣を引き抜こうとした。

 だが、その動作が完遂されるより早く、俺は指先を空に向けて滑らせた。


「定義変更——『局所摩擦係数:零』。座標、対象の足元四平米」


 静かな宣言。

 次の瞬間、騎士が踏み込もうとした地面の抵抗が完全に消失した。

 馬は足を滑らせて転倒し、騎士は無様に宙を舞って泥濘へと叩きつけられた。


「グ、ア……!? 何をした!」


「接地条件の書き換えだ。君の制御能力では、摩擦のない空間での姿勢制御は不可能だ」


 俺は泥まみれで這いずり回る騎士を、感情を排した視線で見下ろした。


「ガラムに伝えろ。俺はすでに別の『設計』に入っている。君たちの歪な英雄ごっこに割けるリソースはない」


 屈辱に顔を歪ませた騎士は、震える手で馬の手綱を掴み、逃げるように去っていった。

 背後でリアナが息を呑む気配がする。


「アリスティアさん、よかったのですか? あんな風に追い返して……」


「問題ない。想定内の刺激だ。……リアナ、本番はここからだ。エネルギー効率をさらに一五パーセント引き上げる。四二時間以内に、この村を『絶対的な聖域』へと定義し直すぞ」


 俺は再び地面に指を触れ、次なる演算を開始した。

 遠ざかる馬蹄の音すらも、もはや俺の設計図を阻害するノイズにはなり得なかった。


拒絶は宣戦布告でもあります。

次話、より大きい圧力が来ます。境界線を“恒久化”する段階へ。

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