第4話 合理的拠点の構築
黄金の畑、合理的拠点づくり。主人公は“居住権”を取りに行きます。
足元に広がる黄金の輝きを、リアナが震える指先でなぞる。数分前まで死んでいたはずの土壌が、俺の『事象の再定義』によって力強い緑の芽を噴き出させていた。
「あり得ない……。こんな短時間で、毒に侵された土地が蘇るなんて。神様の奇跡としか思えません」
救済を信じる祈りのような声に、俺は一切の感傷を挟まず事実だけを突き返した。視界の端では、再定義された土壌のエネルギー波形が、青い文字列となって淡々と流れている。
「奇跡ではない。単なるリソースの最適化だ。周辺に漂う過剰な魔素を『毒』ではなく『成長燃料』として再定義し、植物の代謝エネルギーへと強制転換したに過ぎない。計算上の誤差は三パーセント以内。……ただの効率化の問題だ」
俺は膝をつき、芽吹いたばかりの双葉を確認する。指先から伝わる魔力の脈動は、設計した論理式通りに循環していた。これで一つ、生存の確率は上昇した。
「さて、契約の履行についての詳細を詰めよう。俺はこの集落での長期的な居住権と、外部から干渉されない独立した作業空間を要求する。提供する側が餓死しては契約が成立しないため畑を改良したが、これはあくまで俺の報酬を保全するための投資だ。勘違いするな」
リアナは一度、黄金の光を湛えた畑を見つめ、それから決意を固めたように俺を見返した。
「分かりました。アリスティアさん。今のあなたを見た後で、それを拒める人はこの村にはいない。……村の北端、もっとも嘆きの森の境界に近い場所に、古い石造りの廃屋があります。魔素の汚染が深刻で、数年前に放棄された場所です。そこなら、誰にも邪魔されないはずです」
「案内しろ。環境負荷が高い場所ほど、事象の再定義による恩恵は大きくなる。構造上の致命的な欠陥さえ特定できれば、劣化の定義を書き換えれば済む話だ」
俺たちは集落の北端へと向かった。
歩を進めるごとに、大気に混じる魔素が鉄錆のような冷たい金属臭を帯びていくのが分かる。視界の端の解析モニタが警告色を増すが、俺はそれすらも「高純度な原材料」として利用可能だと判断した。
やがて、視界を遮る立ち枯れた林の向こうに、半ば崩落した石造りの影が姿を現した。
屋根の一部は抜け落ち、壁面には魔素の侵食による幾何学的なひび割れが、癌細胞のように広がっている。通常の人間が見れば、ただの瓦礫の山にしか見えないだろう。
俺は立ち止まり、その構造体を冷徹な解析眼で射抜いた。
「……玄武岩と石灰モルタルか。石材自体の損壊は少ないが、接合部の分子結合が解離して『砂』に退行しているな。これなら、強度の定義を上書きするだけで済む」
俺は壁に右手の掌を密着させた。指先から伝わる、芯まで冷え切った石の感触。周囲の停滞した魔素を触媒として強制抽出し、欠落した結合材をその場で高密度な硬質結晶へと相転移させる術式を、網膜の裏側で組み上げる。
「事象の再定義――結合係数を『零』から『極大』へ。構造の崩壊という概念を抹消し、既存定義を上書きする」
呟きと共に掌から放たれた青白い光が、石の迷宮へと浸透していく。ギィィ……と、建物全体が理想的な座標へと噛み合う重厚な軋み音が響いた。不透明な灰色だった石材が、内側から磨き上げられた黒銀の光沢を放ち、ひび割れが生き物のように震えて消えていく。
数分後、そこにはもはや風化の欠片もない。かつての廃屋は、一つの巨大な結晶体のように地面に根を張った、絶対的な「拒絶」の硬度を備えた城塞へと変貌を遂げていた。
「……信じられない。最初から一つの岩だったかのような、圧倒的な質量感だわ」
背後でリアナが息を呑む。俺は掌を離し、付着した灰色の粉末を払い落としながら、静かに宣言した。
「直したのではない。定義を上書きし、物理的な限界を引き上げた。これよりここを『特区・アリスティア』として占有し、生存のサイクルを安定させる。……リアナ、お前は村へ戻れ。外部からのノイズは、計算の精度の妨げになる」
俺は振り返ることなく、次の最適化プロセスへと意識を向けた。ここが、不合理な世界を計算可能な領域へと書き換えるための、俺の最初の観測基地となる。
ここで「村に残る理由」と「作業場」という軸を固定しました。
次話は、生活を回すための“流れ(生産→交換)”へ。




