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第3話 井戸が死んだ村と“契約”した

枯れた井戸、飢えた村。救済ではなく「取引」から始まる共同生活です。

湧き出した水の冷たさに、銀髪の少女が細い指先を浸す。数年ぶりに村に戻った清流の音が、静まり返った広場に響き渡っていた。


俺は井戸の縁から手を離し、立ち上がる。事象の再定義による構造修復は完了だ。魔力消費も計算の範囲内に収まっている。


いまだ水面に視線を落としている彼女に、俺は改めて声をかけた。

「契約の第一段階は完了だ。案内を頼む前に、名前を聞いておこう。今後、あんたを単なる『少女』と定義し続けるのは非効率だ」


少女は一瞬足を止め、小さく肩を揺らしてから振り返った。

「……リアナ。リアナ・エルムです。アリスティア、様」

「様は不要だ。単なる契約相手だ。……分かった、リアナ。案内しろ」


リアナは小さく頷き、集落の中心部へと歩き出した。井戸から村へ向かう道すがら、俺は周囲の状況を解析し、視覚情報を整理する。


歩いている村人の顔色は一様に悪い。栄養失調、あるいはこの森の異常な魔素に当てられたことによる慢性的な疲労。そして何より、道の両脇に広がる畑の惨状が目を引いた。本来緑が芽吹いているはずの土壌は、どす黒い灰色に染まり、作物の残骸が灰のように枯れ果てている。


「食料の備蓄は、あとどれくらいある」

俺の問いに、リアナの肩がわずかに跳ねた。

「……一週間持てばいい方です。水は手に入りましたが、この土地では何も育たない。餓死の運命が変わるわけじゃありません…」


彼女の言葉には、絶望を通り越した諦念があった。だが、俺にとってそれは「最適化の余地がある課題」に過ぎない。


 土壌組成を解析する。

 やはり、高濃度の魔素が深層まで変質させている。本来は生命を育むはずの成分が、ここでは植物の育成を阻害する『毒性物質』として固定されているのだ。


俺は立ち止まり、膝をついて灰色の土に触れた。指先に伝わってくるのは、生物の営みを拒絶するかのように硬く、無機質な感触だ。


「宿泊場所と食事の提供。それが俺の要求した報酬だ。しかし、提供する側が餓死しては契約が成立しない。したがって、報酬の保全という観点から、この畑の改善を提案する」


「本気なのですか……? この土地は嘆きの森の毒に侵されているのに」


「手法が異なるだけだ。俺にとって、これは奇跡ではなく、効率的な資源の再分配に過ぎない」


俺は地面に押し込んだ掌に魔力を集束させる。解析。構造の深層へアクセス。俺が選択したのは、排除ではなく『利用』への定義変更だった。


(事象の再定義――マテリアルシフト。この『毒』を『栄養』へと反転させる)


脳内で数式の重なりが高速で書き換わっていく。

「……変換プロセスの最適化。魔素を動力源とし、土壌成分を成長触媒に固定」


静かに呟くと同時に、右手の先から青白い光が土の隙間を縫うように広がった。掌の下で、岩のように硬かった土の塊が、サラサラとした柔らかな感触へと変質していく。不快な金属質の異臭が霧散し、代わりに肥沃な大地の香りが立ち昇った。


俺はゆっくりと立ち上がった。そこには、内側から淡く発光する豊潤な土壌――『黄金の魔力土』が広がっていた。


「……あり得ないわ。土地の性質そのものを変えてしまうなんて」

膝を突き、へたり込んだリアナに、俺は感情を排した声で告げた。


「系の中に元から存在していたエネルギーの用途を変更したに過ぎない。奇跡などという不確定な要素に頼る必要はない」


俺は腰のポーチから乾燥穀物の種子を一粒取り出し、黄金の土に落とした。


 供給レートを最大値まで引き上げ、種子の細胞分裂におけるエネルギー損失を土壌側で強制的に相殺する。


地面が微かに盛り上がり、パキリという硬質な音が空気を裂いた。土の表面から、鮮やかな緑色の芽が突き出し、一センチ、三センチと目に見える速さで伸長を始めていく。


「これで当面の餓死は回避可能だ。……さて、次は俺の宿の話だ。案内しろ」


呆然と芽吹きを見つめるリアナを促し、俺は再び歩き出した。生存のための足場は、もう一段階固まった。

リアナとの関係は、感情よりも利害で動きます。

でも利害が重なると、案外しぶとい。次話、畑(食料)の仕様を直します。

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