第10話 設計者の楽園
第一部(拠点編)の締めです。
灰色の土地を、設計者の楽園へ。
境界線の向こう側で土煙が舞い上がり、急速に沈下していく。
「暁の剣」のリーダー、ガラムたちが立っていた場所には、もう誰もいない。俺が定義した「外部質量進入禁止境界」の斥力によって、すべて村の外側へと物理的に排除された。
網膜に映る防衛網の最適化率は、一気に九九パーセントへと跳ね上がる。
「……状況終了」
俺は呟き、閉ざされた門を背にして歩き出した。
四二時間後に想定されていた総攻撃の可能性は、今この瞬間に消滅した。装備を破壊された彼らには、この境界を再突破する資源は残されていない。
俺は村の中央へ向かいながら、付近の石積みに手を触れた。
一時的戦闘定義を解除し、事象をこの土地の恒久的な物理法則として固定する。
「事象の再定義。事象の定着、開始」
手のひらを通じて、村全体を覆う魔力の波形が書き換わっていくのがわかる。
硬度や振動係数といった数値を、この土地の恒久的な定義として固定した。
これで「辺境」という不安定な概念は消失し、ここは俺の設計した「特区」へと再構築された。
「アリスティアさん!」
背後から駆け寄る足音が聞こえた。
リアナだ。彼女の瞳には、かつてのような怯えはなく、静かな確信が宿っていた。
「終わったのですね。あの人たちは……」
「ああ。脅威は完全に排除した。もう二度と、彼らがこの門をくぐることはない」
淡々と報告を口にする。
感情的な昂ぶりはない。ただ、予測されたリスクが排除されたことへの、合理的な満足感があった。
「防衛プロトコルは終了だ。これからは、この場所の維持と発展に資源を割ける」
俺はリアナと共に、新しく書き換えられた村の中心部へと歩を進めた。
村の広場にある古びた井戸。ここが地下水脈と魔力ラインが交差する、構造上の中心点だ。
俺は井戸の縁に手を置き、事象の再定義を深層展開した。
土壌の栄養比率を最大効率に固定し、水質をマナ飽和状態へと置換する。
掌から放たれた淡い光が、井戸を伝って地下へと奔った。
視界の端で、黄金の畑へと繋がる魔力ラインが脈動し、輝きを増していく。
死んでいた大地が、俺の設計図通りに生命力を取り戻していく感覚があった。
「事象の再定義、完了。これでこの集落は、完全自律型特区となる」
石造りの家の影から、恐る恐る村人たちが顔を出し始めた。
彼らの視線は、蘇った黄金の畑と、清冽な水を湛えた井戸へと注がれる。
網膜のモニタを介さずとも、彼らの生存意欲が劇的に上昇したことが見て取れた。
「生存環境の最適化に伴う、精神的安定。予測通りの反応だな」
自らの技術が生存確率を最大化させたという事実。
その合理的な成功が、俺の胸に静かな満足感として定着していく。
彼らの安堵した表情は、計算式が正解に辿り着いたことを示す最も確実な証左だった。
「ここはもう、あなたの故郷になるのですね」
リアナが、水路を流れる水の音に耳を傾けながら、静かにそう言った。
故郷。俺にとって、場所とは機能の集積体でしかなかったが、今は違う。
「維持コストに見合うだけの価値は、十分にある」
俺は彼女に向き直り、明確な意志を込めて言葉を継いだ。
「俺の技術を証明し、合理的な環境を拡大していくための試金石だ。だから、守り抜く」
リアナは俺の言葉に含まれた「合理性」という名の誓いを聞き届け、小さく微笑んだ。
俺たちは村の入り口へと戻り、古びた石碑の前に立った。
風化して銘すら読めない石材に、右手を密着させる。
事象の再定義により組成を再構築し、滑らかな黒曜石の質感へと変貌させた。
「ラベルの同期。外部認識パラメーターを『特区・アリスティア』へと更新する」
石碑の表面に鋭い論理のメスが走り、新たな銘が物理的に刻み込まれた。
網膜上の地図が更新され、この座標が正式に俺の支配領域として固定される。
これは単なる象徴ではない。この世界の論理構造に、俺という存在の楔を打ち込んだ証だ。
俺は右腕を垂直に掲げ、余剰となった膨大なマナを掌一点へと集束させた。
排熱処理を兼ねた、広域環境の最終最適化を実行する。
「……放出」
掌から放たれた光の柱が、垂直に天を貫いた。
立ち上る魔力の奔流が、停滞していた灰色の雲を内側から食い破っていく。
一瞬にして大気はその濁りを失い、果てしなく透き通った蒼天へと変貌した。
頭上から降り注ぐのは、数十年もの間、この地が拒絶してきた本物の太陽光だ。
光を浴びた黄金の畑が、文字通り波のように輝き始める。
物理的な安寧と論理的な安定が、完全に重なり合った「楽園」の完成だった。
かつて俺を「器用貧乏」と蔑んだ王都の者たちの声が、脳裏をかすめる。
特化することしか知らぬ者たちには、この世界の再設計など不可能だっただろう。
俺はもはや追放された万能職ではない。
世界の論理を書き換え、最適解を導き出す「設計者」だ。
その新しい定義を、手に残る確かな反動と共に、俺は静かに受け入れた。
琥珀色に染まり始めた空の向こう側に、小さな熱源の反応を検知した。
劇的な環境変化を察知した商隊か、あるいは周辺領主の使者か。
不確定要素を排除するための計算式を脳内に展開し、俺は口角をわずかに上げた。
「アリスティアさん、戻りましょう。みんなが待っています」
リアナに促され、俺は夕闇に溶け込み始めた村へと歩き出す。
踏みしめる土の感触は、俺の定義を受け入れた確かな反動として足裏に伝わってきた。
設計者としての長い旅路。その第一歩は、驚くほど静かに、しかし確かな重みを持って刻まれていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、「追放された」「役に立たない」と判断されたところから始まり、
主人公が自分なりのやり方で生活を立て直していく、
ごく小さな一歩を積み重ねる話として描いています。
まだ大きな成功も、派手な逆転もありません。
それでも、少しずつ手応えを得て、
「ここから先に進めそうだ」と思えるところまでを一区切りとしました。
もし続きがあるとすれば、
この先で主人公がどこまで行けるのか、
そしてこの力をどう使っていくのかを、
もう少しだけ掘り下げていくことになると思います。
またどこかで続きを書く機会があれば、そのときはお付き合いください。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




