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第1話 追放された万能職は、世界の仕様を直せる

追放されました。感情より先に、契約と生存確率を確認します。

今日からは“他人の最適化”ではなく、“自分の生存”のために。

「アリスティア、君をクビにする。これはパーティ全体の総意であり、決定事項だ」


Sランクパーティ『暁の剣』の拠点最上階。リーダーのガラムが、重厚なマホガニー製のデスク越しに一枚の羊皮紙を突きつけてきた。事務的な筆致で『解雇通告』と記されたその書類を、俺は表情を変えることなく受け取る。


俺の役職である『万能職』は、索敵、罠解除、装備のメンテナンスを一人で担う。世間では器用貧乏と揶揄されるが、俺なりにパーティの致命的な失敗率を低減させてきた自負はあった。しかし、俺自身の戦闘能力は他のメンバーに比べれば誤差のようなものだ。爆発的な火力も、鉄壁の防御力もない。俺という存在は、彼ら天才たちが揃うパーティにおいて、本来なら不釣り合いな「間に合わせの部品」に過ぎなかったのだ。


「理由は、俺の戦闘数値が目標水準に達していないこと、およびスキルの貢献不足……ということで間違いないか? 了解した。それなら契約に基づき、退職金として三ヶ月分の給与を要求する。支払われれば、直ちにここを出ていく」


俺の淡々とした返答に、ガラムは拍子抜けしたように目を細めた。罵倒や縋り付きを予想していたのだろうが、俺にとってこの追放は、市場価値の低い部品が最新の機械から外されるような、極めて合理的な帰結に過ぎない。俺のような無能をここまで雇い続けてくれたこと自体、ある種の温情だったとさえ言える。


「……金の話だけは早いな。いいだろう、規約通りだ。受け取ってさっさと消えろ。お前の代わりなら、いくらでもいるんだ」


重量のある金貨の革袋がデスクに放り投げられる。俺はそれを拾い上げると、軽く会釈して部屋を後にした。


自室に戻り、俺は私物を整理する。予備の着替えと、数年間の手入れで刃が薄くなった一本のナイフ。それらを鞄に詰めると、拠点を出て王都の正門へと向かった。


石畳の上を歩きながら、俺は自身のスキル『事象の再定義』を完全にオフにした。

移動中に無意識で行っていた『歩行衝撃の分散』という定義の適用を停止した途端、膝に伝わる地面の硬さが、以前よりも鋭く、不快なものへと変わる。


俺のスキルは、対象に触れることで、その物質が持つ微細な特性を上書きする力だ。一般には、錆びた鉄を少しだけ光らせる程度の「外れスキル」と認識されている。俺自身も、この力は一流の英雄たちが持つような輝かしい奇跡とは程遠い、地味で効率の悪い能力だと思っている。


だが、俺はこの力で、仲間の装備の分子結合を密にし、物理限界を強引に引き上げ続けていた。魔法使いの杖には魔力伝導率の向上を、戦士の鎧には衝撃吸収の定義を。二十四時間、欠かすことなく魔力を流し込み、彼らの装備が「最強」であるように定義し続けていたのだ。


俺という楔が抜けた今、彼らの装備は本来の寿命を思い出し、急速に脆化していくだろう。

硬度を維持していた微細な定義は、俺の魔力供給がなければ数時間と持たない。

だが、それはもはや俺の処理すべきタスクではない。俺はもう、彼らを支える立場にはないのだから。


「これからは、すべての演算資源を俺一人の生存のために集中させる」


他人の剣を研ぐ時間は終わりだ。これからは、自分という無価値な存在が、少しでも長く生き延びるための効率化だけを追求すればいい。


目的地は、大陸屈指の危険地帯とされる『嘆きの森』だ。

そこは自律的な生態系が牙を剥く場所だが、他人の目が届かないという一点において、俺には最適な作業場となる。他人に迷惑をかけず、自分の欠陥と向き合うには、あの静寂こそが相応しい。


湿った土と、濃密な魔素の匂いが漂う境界線を、俺は迷わず越えた。

心臓の鼓動が一定のまま、脳内では生存確率の計算が自動的に開始される。


(ステータス:『暁の剣』との契約終了を確認。現時点での生存可能日数は不明。当面の目標を『嘆きの森』での拠点確保、および個体性能の最適化に設定)


一方、王都にある『暁の剣』の拠点。

ガラムは壁の武器ラックから、愛用の一振りであるオリハルコン製の大剣を握りしめた。

しかし、その瞬間に彼は、説明のつかない違和感に眉をひそめる。


「……なんだ、この感覚は」


大剣の重心が、記憶にある位置よりもわずかに剣先へ流れているような感覚。

昨日まで腕の一部のように馴染んでいた得物が、今はただの「重い金属の塊」として、自身の筋肉に不必要な負荷を強いている。


「少し、手がなまっているのか? いや、そんなはずは……。俺はこの剣で、昨日の遠征でも数多の魔物を屠ってきたんだぞ」


彼は、大剣の刀身に目に見えないほどの微細な亀裂クラックが生じ始めていることに気づかない。

彼がその「重さ」の正体に気づくことはない。

最強を自負するパーティの足元で、これまで彼らを支えていた前提が、修復不能なほどに崩れ始めていることに。

彼らを世界最強へと定義づけていた「見えないメンテナンス」は、もうどこにも存在しないのだ。


ここまでが導入です。万能職=器用貧乏、という評価の裏側を今後で回収していきます。

次回、魔素濃度が常識を超えた危険地帯「嘆きの森」へ。

読んでいただきありがとうございました。

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