正義モ又、悪ヘト代ワル
この世に完全な正義を名乗れる人間など存在しない。
死刑囚。囚人番号三六二番。刑務所内での愛称は「サイ」。十年前に一家強盗殺人を犯している。立派な犯罪であり、重罪だ。
被害者は「弓田家」の妻、娘一人、息子一人と、幼き赤ん坊。その四名。夫である「弓田 雅弘」は殺されそうなところで近所の人が警察を呼んでくれたらしく、警察が駆けつけ、ギリギリ生き残った。あと数分遅れていたら亡くなっていたそうだ。
まぁ、四人も殺害したのだ。サイは死刑宣告を受け、今は牢屋の中でどんよりとした沼のような目をして、ただ死を待っている。
ただ…それだからといって雅弘さんの復讐心が晴れる訳でもない。それでも雅弘さんがその復讐心を抱えたまま、前を向いていて欲しい、と刑務官として私は願っている。
「そんなのほんとに叶うと思ってんですか?刑務官さん」
光の灯らない瞳でこっちを見据え、無知な私を嘲け笑うように彼はそう言い放つ。
彼は、人は復讐心を放って前は向けないと言いたいのだろう。それでも、私は人の心はそこまで脆いわけではないと思っている。ここで、復讐心の為に自由に動いてしまえば、被害者雅弘さんも又、加害者であるサイのようになってしまう。そんな無知で馬鹿な事を人間はしないと思っている。
「刑務官さんは何も分かってない、善良な儘生きてきたんだもんな」
こちらを見透かしているようなその態度に苛立ちが湧いたが、ここでその言葉にまともに耳を貸してはいけない。あくまで、死刑囚の言葉だ。
「俺は、あの時、ウイルスを撒いたんだ、あのおっさんに…『悪』というウイルスをな」
悪というウイルス。
それはこいつが死刑囚だから出てくる言葉だろう。きっとなにかの比喩だ。言ってしまえば悪は感染する。という意味なのか?
「刑務官さんは真っ当な世界で生きていたから知らないと思う。俺も、そうだったなぁ、でも…一秒でも『悪』というものに触れちまえば、もう戻れなくなる。『復讐』『嫉妬』感情のままに動くことがどんなに愚かな行動か、知ってても、ウイルスに感染した脳はそんなのを気にしない、そしてまた、そのうウイルスを誰かに撒くんだ、なんでそんな愚かな事をって刑務官さんは思うかもね、でも…僕らは……感染者は「人間」じゃないんだよ」
なるほど、彼の言いたいことは理解できた。彼はその味を知っているのか。だとしても、彼の犯したことは彼の意志だ。つまり彼が犯したことになる。
なんて愚かなんだろう。自分の、暴論とも言える考えにしか縋れないなんて。私は彼に同情の目線を向けた。
建前なのはあっちも理解しているだろうが、これが私が彼に送れる全てだ。心中では同情なんてしていない。なんなら、早く死んでしまえばいいなんて思っている。
こんな私が真っ当だと言えるのか? 死刑囚の頭は愉快なのだな。
「では、私は失礼する」
「じゃあな、刑務官サン」
死刑囚を担当している私は早く地方の警察にでも立場を落として欲しいと思っている。
何故って、この空間は所謂死臭がするからだ。死体の纏う死臭とは違う、生きた心地のしない、息の詰まる空気。多分あそこは、人間の住処じゃない。
今日は早く帰ろう。家に帰れば、妻が暖かいご飯を作って待っていてくれているはずだ。
私は早くこの場から離れたい一心で荷物をまとめ、気づけばぼーっとする頭で帰路に着いていた。
ボトッと、片手に持っていたバックが重力にしたがって床に落ちる。そして、私は玄関でただぼうっと突っ立っていることしか出来なかった。
鼻腔をくすぐる鉄の匂い。さっきと同じような死臭。少し違う。これは、本当の死臭だ。なぜ? 妻は肉を捌いているのか? いや、そんな匂いじゃない。焦りと不安で、体が動かない。
「…俺は、俺は……」
急にリビングの扉から焦った顔の男性が飛び出してくる。私を見ると表情を一変させる。その表情で汲み取れたのは、この家で、もうこの二人しか居ないということ。
だが、ふと気づいた。男の顔をどこかで見たことがある。いや、そうだ。こいつは、一家強盗殺人事件の資料で見た。『弓田雅弘』。なぜここにいるんだ。
「あいつは、あいつは? 死刑に、なったのか!!!! 俺は、ずっとあいつに苦しまされたんだぞ! 早く、早く早く早く、死刑にしろよ!!!!」
男が手に持っていた包丁を振りかざそうとする。必死に抵抗をするが、男の力の方が強い。
――あぁ、死ぬ、そう思った。
「止まれ! 警察だ!」
もう少し遅かったらやばかった、そんなタイミングで警察が家の中に入って来て、雅弘さんの事を拘束する。
警察との取調べが終わり、落ち着いた頃、改めて家の中を見てみる。娘と妻の死体。不思議と、死臭はしなかった。それだけが救いだ。まだ生きているかもしれない、と希望をもてた。
孤独になった頭の中で一人、うずくまる。この先私は、どう生きればいいんだ。
「三六二番、これから死刑を執行する」
そう言って、執行官が三人並び、同時にボタンを押す。きっと、私のボタンが、あいつの死に直結している。
さようなら、サイ。心の中でそう唱える。
「はは……」
「は、…はは」
「ひ、は…ははは」
思わず笑みが零れる。自分の家庭を壊した元凶をやっと殺せて嬉しかったからだ。きっと、俺の家族を殺したあいつも牢の中で喜んでいることだろう。
だが、まだ終わらないぞ。
二つも家庭を滅茶苦茶にした男の親族はまだ……まだ生きているんだ。
もう誰も言葉を交わさなくなったキッチン。娘と、妻と三人で眠っていたベッドも今はその広々とした空間だけが、俺を孤独にしてくる。
あの家庭に残されたのはただの孤独感だけだった。妻の部屋も、娘の部屋も手を付けていないのに、ただ…ただ、孤独である。
だから、俺は最後にやるべきことを、終わらせなければいけない。
俺が思っていたよりも、この世界はとっくの遠に悪と化していた。
そして俺も又、悪へと変わってしまった。
技法も何も分からない初心者作家なので、目の痛くなる所が多数あると思います。
ミステリ、と言えるかは自分で判断のできない作品ですが、(短編)社会派ミステリとして受け取っていただけたのなら嬉しい限りです。
自分自身が、社会派ミステリ、本格派ミステリ、心理系ミステリがとても好きなので、オススメの作品や作家様などを教えていただけるととても嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。私の作品を今後も読みたい、と思っていただければ幸いです。




