柴田修一の決心
俺は、驚きのあまり大声を出してしまう。
「お、おい…井口これは夢か…」
「ほっぺをつねっても痛くありません!これは、夢じゃないです課長!」
「そんな、バハマ!」
「課長!そんな古い国際ギャグ言ってる暇じゃないですよ!」
次長は、頭を抱え俺たちの席へとゆっくりと近づいてくる。
「柴田、なんと言ったらいいか…」
「いや、待ってください次長!これは、冗談でしょ!?嫁の誕生日はまだ先ですよ次長!」
「混乱して動揺するのは分かる。だが、事実だ」
「いや、でも嫁はバリバリの日本人ですよ!そんなことあるわけ…」
「ああ、確かに柴田恵。いや、立石恵は日本人だ。しかし、10年前にA国の工作員と何度も会っているのを確認し多額の現金を受け取っていることが分かった」
恵の顔が脳裏にチラつく。
「いやいや、それだけじゃスパイだって…」
「ああ、確かに断定はできない。しかし、A国の漏れた機密情報にはこう書いてある。立石恵を買収することに成功。彼女のミッションは、政府中枢の人間と結婚することにより情報を抜き出すこと」
「え…あ…ほえ〜」
「しっかりしてください課長!」
井口に肩をさすられ正気に戻る。
「柴田、まあ君の心中は察する…。しかし、立石のミッションは成功しておりこれ以上泳がすわけにはいかない…」
人の結婚をミッションって…。
次長は、鬼か…。
いや、どちらかといえば嫁のほうが鬼か…。
もう鬼より鬼だ…。
鬼のゲシュタルト崩壊だ…。
「まあ、ですよね」
「ああ、そこで本来なら立石恵の担当は優秀な柴田なんだが、流石に酷だと思い井口を担当させようと思っている」
「はい…」
「では、柴田には私と一緒に全体の指揮を執ってもらう」
俺は、このままでいいのか…。
俺は…。
恵を信じたい…。
無実の証拠を集めてみせる!
「次長、立石の担当を俺にしてください」
「まあ、柴田ならそう言うと思ったがダメだ。お前は、任務に私情が出る。このまま、井口で行く」
冷徹な目で、俺を見つめる次長。
俺を哀れみの目で見る井口。
常識的考えれば、身内の担当なんてさせてもらえないよな…。
でも!
「次長、立石と結婚したのは俺の責任です。責任は自分で取ります」
「柴田…」
「嫁が、黒なら堂々と公安に報告します」
次長が、一呼吸を置き口を開く。
「仕方がない。では、条件付きだ。井口とペアで担当だ。これなら文句がないだろう」
「はい、俺は井口と一緒に立石を必ず逮捕まで追い詰めます」
渋い表情で悩む次長。
そして、険しい眉間が直り審判が下される。
「分かった。柴田、井口頼んだぞお前らが逆スパイだ。これから、やつを呼ぶときはM.Tと呼ぶんだ」
「はい」
「では、今日から任務に当たれ。では、解散しろ」
「オエエエエエ…」
「課長、大丈夫ですか?もうかれこれ30分個室に篭ってますけど」
「自分の嫁がスパイだなんて微塵も思っていなかった…。こんな人生俺だけだろう…。嫁がスパイだと嘔吐だ止まらないぃオェ」
吐き気が止まり、個室を出ると井口が心配そうに見つめて待っていた。
「すまんな、井口取り乱してしまって…」
「いやいや、奥さんがスパイだったなんて誰でもそうなりますよ。不倫じゃないだけよかったじゃないですか!」
「いや、不倫の方が100億倍マシだ!むしろ不倫であって欲しかった…」
「課長、不倫であって欲しかったって…。相当混乱してますね」
「ま、まあな一番の味方が今日で一番の敵になったようなもんだからな…」
「課長、足フラフラしてるんでとりあえず休憩室で座りましょう」
俺は、井口の肩を借りて休憩室へと向かった。
まだ、足に力が入らなくフラフラ状態だ。
そして、休憩室のソファーへと腰を落ち着ける。
「はあ、すまんな井口。井口がこれほど頼もしいと思ったことはないよ」
「本当ですか課長!いや、でもよく考えたら失礼じゃないですか課長!」
「…」
「コーヒー淹れてきますね課長」
そう言うと、井口は給湯室に行ってしまった。
あいつも、あいつなりに気にかけてくれてるのだろう…。
しかし、これからどうするべきか…。
恵の尾行調査するしかないのか…。
絶望だ…。




