シンギュラリティ宣言(後編)・3b
衝突した事故船から要救助者が次々と運び出されていった。
複数の作業船が衝突したことで、まるで一つの金属の塊のように融合してしまっている。その塊が花火の閃光と轟音にさらされて、破片に取り囲まれながら宇宙を漂っている。
そこにぴったりと横付けしているのは、第十八小隊アルファ・チームが所有する消防宇宙船カエサル号だ。無骨で真っ黒なカエサル号はボディの外殻を展開させて、大きく翼を広げた格好になっている。そこからたくさんのアームを伸ばし、事故船から拾い上げた乗組員たちを船内に収容していく。
操縦席でカエサル号を操縦しているのは、パイロットの佐藤愛梨紗だ。彼女は防護ネットを広げる作業から大急ぎで戻ってくると、すぐさま作業員たちの救助に取り掛かった。
カエサル号の中では、救命医の天野妙子が防護服の上から白衣を纏い、医療用ゴーグルを装着して待ち構えている。両目が飛び出した暗視装置のような物々しいゴーグルは、彼女を戦場に立つ女神のように雄々しく見せていた。
アームに掴まれて運ばれてくる怪我人たちは、数人ごとにまずエアロックに収容される。そこで空気が満たされた後、隣接する治療室にベルトコンベアで移動する。そこで待つ妙子が、怪我人たちをすばやく選別する。
それぞれの怪我の具合によって順位付けが行われ、重傷者は即座に救急船に乗せられて最寄りの消防衛星に運ばれる。中程度の怪我人は応急処置の後、その場に留め置かれる。そして、ほとんど怪我をしておらず体力に問題のない者に対しては救助活動への協力を要請し、了承を得たうえで手を貸してもらう。
そうして一般の作業員たちの協力を得ながら、大規模な事故現場が少しずつ片付けられていった。
協力要請を受けたエンケラドス(巨大多腕式組立機)も現場に登場して、いよいよ融合した船同士を引き剥がす作業が始まった。まだ中に逃げ遅れた人がいるかもしれないので、少しずつ確認しながら作業は進められていった。
第十八小隊全体のリーダーでもある桃井華の指揮によって、救助は行われた。
その妹の翼は、姉やその仲間たちの雄姿をネビュラで記録に収めつつ、宇宙消防士としての仕事もしっかりとこなしていった。
妙子は淡々とした調子でこう言った。
「翼ちゃん、そっちの脚を持ってくれる?」
「こっちですか?」
太ももに大きな怪我をしてもがき苦しんでいる作業員の脚を、翼は持たされた。まだ若い作業員はねじったタオルをさるぐつわのようにして噛みしめ、必死で痛みをこらえている。縦に大きな裂傷を負った太ももからはどくどくと血が流れ、治療室の床に広がっていく。妙子が止血帯を鼠径部に巻きつけると、ようやく出血が止まった。
ほとんど自分と歳が変わらないような男の子が苦しんでいる姿を見て、翼はまるで自分が同じ苦痛を味わっているような気持ちになっていた。
「鎮痛剤を、早くください」
そんなことを繰り返し訴えたのは翼のほうだった。彼女のほうが卒倒しそうだった。
「翼ちゃん、使ったことある?」と妙子。
「なんとかします」
妙子の手から渡された鎮痛剤の容器は小さな筒状で、手の平にすっぽり収まるサイズだ。
「上下を間違えて、自分の手に針を刺さないようにね。矢印の先を患者に向けるの」
「わかりました」
翼は容器の矢印をしっかり目で確かめてから、思い切り手を振りかぶって、男の子の太ももに振り下ろした。
薬はまだ効いてこない。タオルを咥え、脂汗を浮かべている男の子の額を、翼は何度も撫でて励ました。
「がんばってください。もうすぐ痛みが消えますから。大丈夫ですよ。もう助かりましたよ」
ようやく楽になってきたのか、男の子は微笑みを浮かべて、翼の目を見つめてきた
このとき初めて、翼は自分が人の役に立ったという実感を得た。それは強烈な体験だった。




