シンギュラリティ宣言(後編)・2a
「ねえ、ミスター、私に手を貸してよ」
消防宇宙船レムス号の操縦席の床に転がっている黒川スバルは、目が眩むような光の洪水の中で呻き声を上げた。
ミスターと呼ばれた落合茂雄は、すぐ後ろの座席の下で、同じように転がっていた。それはまるで気絶した昆虫のように間の抜けた仰向けの姿だった。
「ちょっと待っててよ、黒川さん」
茂雄はひっくり返った状態から立ち直ろうとするが、どうしても起き上がれない。彼の身体は奇妙に混乱した遠心力の中で振り回されていた。体重が身体の中で上下左右に移動し、立ち上がろうとすれば押し潰され、踏ん張ろうとすれば浮き上がるので、思うように動けないのだ。
それでも茂雄はなんとか根性でがんばり続けた。
「待っていてくれよ、黒川さん、絶対に助けるから」
パイロットのスバルが操縦桿から手を離してしまっているので、レムス号はコントロールが利かなくなっていた。
大きな花火が宇宙全体を埋め尽くしている。宇宙エレベーターの先に見えるはずの真っ青な地球も、花火の光を四方から受けて白く色褪せて見えた。
爆発音があまりにうるさいので、隊員たち全員が五感補完処理をオフにしていた。耳が聞こえにくくなった代わりに、みんなはネビュラを通して会話した。
第十七小隊ブラボー・チームのレムス号と、第十八小隊ブラボー・チームのアントニウス号は、船の側面同士をドッキングしていた。そうすることで大勢の怪我人を収容し、同時に治療することが可能になった。
ベゼル・リングの修復工事では、たびたび事故が発生した。レーザー溶接での熱傷や、溶接の光を見てしまったことによる目の火傷、足場からの転落、組み立て機械の操作を誤ったことによる怪我など、想定し得るあらゆるパターンの怪我人がやって来た。中には狭い船内で起きた病原菌の集団感染などという珍しい事例もあった。
救命医の桜井美穂と足立俊作は、新人でありながらも健気に現場を取り仕切り、途切れることなくやって来る怪我人たちをさばいていった。他の隊員たちもある程度の医学的知識は身につけているので、自分たちにできることはなんでもやった。注射でも挿管でも、必要とあれば率先してやった。第十八小隊ブラボー・チームのリーダー森崎和馬は、初めて骨折した人の脚にギプスを取りつける作業を経験した。皮膚を突き破って飛び出したギザギザの骨を見て、思わず卒倒しそうになったが、その段階を乗り越えてしまえば、後は何度でもこなせるようになった。
先輩たちアルファ・チームは、事故現場に赴いて怪我人たちを救助した。そして、応急処置を終えた怪我人たちを輸送船に運ぶことも同時にやった。そうして現場と消防宇宙船との間で怪我人のピストン輸送が行われた。
そうやって大忙しで働いていたところに、あの大きな花火が打ち上がったのだ。
消防宇宙船はたちまちひっくり返った。ベゼル・リングと同期して回転している宇宙船はどれも、遠心力によって地球と同じ重力を得ていたのだが、それがどうしたことか、花火が打ち上がると同時にめちゃくちゃに乱れたのだ。
「ベゼル・リングの磁場の乱れのせいで、大気が漏れ始めているぞ」
ネビュラの向こうから、三国龍之介の切迫した声が響いた。「ただちに大気の漏れを食い止めるんだ。大至急、船を動かせ」




