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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第十一話「シンギュラリティ宣言(前編)」
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シンギュラリティ宣言(前編)・3a

 クロノ・シティの第四階層は、富裕層と政府関係者が暮らす地区だ。そこは他の階層と同じく二つの島に分かれているが、単に東西で区別しているだけではない。それぞれに名前が付けられている。

 東の島をグラスヒュッテと呼び、西の島をラ・ショー=ド=フォンと呼ぶ。どちらも時計の産地として有名なドイツとスイスの都市から名前を持ってきている。


 クロノ・シティのグラスヒュッテ、あるいはクロノ・シティのラ・ショー=ド=フォンといえば、富と名声を兼ね備えた者だけが住まいを構えることができる、最高のステータスとなる土地だった。


 フーリエ三姉妹はここに邸宅を持っていた。グラスヒュッテの南の外れ、緑豊かな住宅街だ。背の高い塀に囲まれた敷地内にはプールがあり、手入れの行き届いた庭があり、車を走らせることのできる幅の広い遊歩道があった。

 敷地の中央は小高い丘になっていて、緩やかな階段を上った先に屋敷が建っている。全体がガラス張りで三階まで吹き抜け構造になっているモダンな新館と、レンガ造りで重厚なスペイン風の旧館とが溶け合うように一つになった贅沢な建物だ。


 マルコ・アントニオ・アルベルティーニは、生身の人間としてはたった一人でこの邸宅の留守を任されていた。

 見晴らしの良い新館三階のリビングでは、白い布に包まれたアリア・ヴィアが、アンティークのベビーベッドの上で安らかに寝息を立てている。


 リビングから廊下、さらに外までがすべてガラス張りで、日光が燦々と降り注ぎ、そよ風がレースのカーテンを揺らしていた。


 庭や屋敷の中では、常時十二体の使用人ロボットが働いている。その仕事はあらゆる分野にわたる。敷地内の掃除はもちろんのこと、庭の草木を手入れし、プールの水を入れ替え、食料や日用品の受け渡しを行い、洗濯やベッドメイク、食事の世話、入浴の準備(ときに身体を洗うことさえする)、警備と防災管理、そして、経理業務と三姉妹それぞれのマネージメントも彼らロボットの仕事だった。


 ロボットたちを取り仕切るリーダー格の執事ロボットには、アルフレッドという名が付けられている。その見た目は初老の白人男性そのものであり、そう言われなければ彼をロボットだと見抜くことは難しいだろう。


 アルフレッドは日中はダークスーツ、夜は燕尾服というように、時間帯によって服装を使い分けている。グレーの髪を緩やかに後ろに撫でつけ、いつでもきれいに髭を剃っている清潔な面立ちは、誰もがイメージするような英国紳士そのものだ。


 三姉妹が留守になった屋敷では、マルコは他にすることもないので、ひたすらアリアの世話を焼いていた。


 アリアは人間と同じミルクを飲んだ。一見すると人間のものと変わりのない真っ白なミルクだ。長女のアレクサは、そのミルクに何やら粉薬を混ぜた。その粉薬はある決められた時間にドローンで届けられる。それはおよそ六時間おきだ。そのドローンがどこからやって来るのか、そんなことはマルコが知るには及ばない。


 執事のアルフレッドは腕の確かな医者でもあった。彼は古今東西あらゆる場所、あらゆる時代の医療に精通し、いかなる事態においても、いつでももっとも適切な処置を行うことができた。


 そんな彼でも、ひたすら昏々と眠り続けるアリア・ヴィアについてはその経験がまだそれほど役に立ってはいなかった。

「こんなによく寝る赤ん坊の面倒を見るのは、君でも初めてのことだろうね」

「まったくその通りでございます、ご主人様(マイ・ロード)

「それにしても、目をつむったまま器用に飲むもんだね」


 赤ん坊にミルクを与えるとき、マルコはそれを自分の膝に座らせ、抱きかかえてから哺乳瓶を咥えさせる。そして、たっぷり飲ませた後、背中を優しく叩いてげっぷさせる。その間も、アリアは目を閉じたままだ。


 アリアは目を開けることもなければ、けっして声を上げて泣くこともしなかった。だからオムツの交換の際は、それが濡れたことを示すアラームの音に従った。


 オムツの交換のときにわかったのは、アリア・ヴィアは完全な両性具有だということだった。まだ未成熟ではあるが、男と女、どちらの機能も完全に備えていた。それはアルフレッドが透過検査と染色体の検査を行ったことで、よりはっきりと証明された。


 アルフレッドもまた、その内部に機械細胞(マシン・セル)を持つ新しい世代のロボットだった。見た目に反して、彼はまだ若かった。あらゆる機械細胞(マシン・セル)が共通して備える特徴として、彼もまた強い好奇心を持っていた。アリア・ヴィアという、未知の次世代に対して、彼はまるで親のように真摯に関わった。そして、あらゆることを知ろうとした。


 そうして、アリアがこの屋敷にやって来てから四十八時間が経過しようとしていたときだった。二度目の夜が終わり、二度目の朝を迎えたときだ。


 庭の小鳥のさえずりを追うように、彼(あるいは彼女)が、ついにその目を開いた。

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