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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第十一話「シンギュラリティ宣言(前編)」
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シンギュラリティ宣言(前編)・1b

 ステファニーを連れた翼が、小隊が集結している現場に着いてまずやったことは、事故についての報告だった。


「ステファニー・フーリエさんの証言によると、何かのアームが自分にぶつかってきて、それでバランスを崩して転落したかもしれない、とのことです」

 その報告を聞いているのは、翼の実の姉であり、第十七小隊アルファ・チームのリーダーである、桃井(ももい)はなだ。


 翼たちは、ベゼル・リングの修復工事現場から少し距離を置いた場所に消防宇宙船を停止させた。そこに華が報告を聞くために訪ねてきた形だ。

 三人はエアロックの中で対面した。三人ともが床に座り込んで、リラックスした姿勢になった。華は脱いだヘルメットを自分の横に置いた。


 船の外では、通称「ヘカトンケイル」と呼ばれる巨大多腕ジャイアント・モータイアーム式組立機・アッセンブリー・マシンが複数台、ベゼル・リングの周辺を飛び回って、修復工事を行っている。ここにある巨大建設機械はすべて、メルシー・スチール工業株式会社インダストリアル・カンパニーの所有だ。


 華は訊いた。

「翼、ステファニーさんのネビュラの視覚記録は提出できる?」

「はい、こちらにあります」

 翼は、華の手を取って、ネビュラを直結させた。華は手袋を着けたままだったが、情報は問題なく伝わった。


 ステファニーの視覚記録には、ブレてほとんど何もわからないものの、彼女が何かに衝突されて激しくバランスを崩す様子が映し出されていた。それは一台のヘカトンケイルの長いアームの延長線上で、船外活動(EVA)をしている彼女が荷物の受け取りを確認しようとしていたときだ。そのヘカトンケイルを操作している作業員たちのデータが、同時に華のネビュラに伝えられた。ヘカトンケイルは大型の宇宙船同様、大勢の作業員が乗り込んで操作を行うので、さらに詳しいことを知りたければ、その作業員一人一人から聞き取りを行わなければならないだろう。


「ステファニーさん」

 華は少し顔を引き締めて、ステファニーと向き合った。「この後、この件を警察に引き継ぐことになります。事故か事件かはまだはっきりしません。故意や悪質性が認められなければ事故として処理されますが、事件性があるとなれば詳しい捜査が必要になります。その際には、あなたの協力をお願いしたいのですが」


 ステファニーは、困ったように頭を掻いた。

「たぶん、そういうことになるだろうっていう予感はしていたんだけどさ……」

「どうされます?」と華。

 翼は、そのやり取りを真剣なまなざしで見ている。


 ステファニーは、華と翼の顔を交互に見た。

「私は、あんまり事を大きくしたくないんだよね……。まだこの会社に入ったばかりだしさ。あんたたちは仕事だから、関わらないわけにはいかないんだろうけど」

「お気持ちはお察しします」

 華は淡々とそう言うと、柔和でありながら力強い視線をステファニーに向けた。こんな目で見られると、捜査に協力したくないとは言いにくい雰囲気になってしまう。


 ステファニーは困っている様子だ。


 横でそれを見ていた翼は、双方の気持ちが同じくらいに伝わってきて、身を裂かれるような気持ちだった。華としては事件をうやむやにはしたくないし結果としてステファニーのためになることを確信している。しかし、ステファニーとしては事を荒立てて会社に居づらくはなりたくない。


 だが、曖昧なままにしておくことはやはりよくないと、翼は思った。

「ステファニーさん、捜査してもらいましょうよ」

「ええ?」

 ステファニーの顔に、はっきりと失望が広がった。さっき友達になったばかりの子に、それを言われたのがショックだという様子だ。


 翼にもその失望が伝わったが、それに負けじと彼女は言った。

「今回、ステファニーさんは助かりましたけど、また似たようなことがないとは限らないでしょ。あなたが事故で亡くなったら、後から入ってくる似た境遇の人たちも同じ目に遭うかもしれません。これがもし、ステファニーさんの言う『洗礼』だとしたら、私は、こんなことはここで終わらせるべきだと思います」


 翼は、純粋でまっすぐな瞳をステファニーに向けた。その濃い茶色な瞳は、その持ち主の心のきれいさを映し出すように透き通っている。

 ステファニーには、それがとても眩しく映った。彼女はほんの昨日まで悪党として生きてきて、自分の自由のためならば、罪のない人であってもためらうことなくその命を奪ってきた。


 それがアリア・ヴィアの呪縛によって、人を殺すのが不可能になったので、姉のコネを伝って、こうしてまともな会社に就職したのだ。その表社会に暮らすうえで、そこに掟があるとしたら、それに彼女は素直に従うつもりだった。メルシー・スチール工業が素人の現場監督を良く思わなくて、アームで背中を小突く儀式を行ってその人を試すとするなら、それもまた仕方ないと彼女は思っていた。


 しかし、自分がそうやって掟に流されそうになるのは、自分の中に正義の定義がないからだ。そのことに、ステファニーはこの瞬間気づいたのだった。

「私がどうしたらいいのか、翼、あんたが教えてくれるかい?」

 ステファニーの口から、そんな言葉が自然と漏れていた。「私はまだ、赤ちゃんみたいなもんだからさ。いろいろ教えてもらわないと、何もわからないんだ」

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