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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第十一話「シンギュラリティ宣言(前編)」
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シンギュラリティ宣言(前編)・1a

 小さな消防宇宙船のエアロックの床に、オレンジの活動服を着た桃井(ももい)つばさと、銀色の宇宙服を着たステファニー・フーリエが向き合って座っている。


 ステファニーの宇宙服は身体にぴったり密着するタイプで、強靭な耐久力と保温性能を持つ代わりに、脱ぎ着するのにとても骨が折れた。

 しかし、ステファニー自身の骨は一本も折れていなかった。


「軽い打撲だけみたいなので、これで治療はお終いです」

 翼は小さな湿布薬をステファニーの身体のあちこちにぺたぺた貼り付けると、満足そうにうなずきながら言った。


「本当に? ありがとう。治療代はいくらになるの?」

 そんなことを訊くステファニーに向かって、翼は安心させるように微笑んだ。

「宇宙での遭難者に対しては、私たち消防隊が特に何かを請求することはありませんよ」

 すると、ステファニーは驚きで目を飛び出させそうになった。まん丸お目目のおもちゃみたいになった彼女の顔に、さっきの美しい面影はない。

「嘘でしょ、タダなの?」


 翼は、ステファニーが服を着るのを手伝いながら言った。

「船乗りは昔から、遭難したときはお互い様だという気持ちで助け合ってきた、長い歴史があるんです。そのときにいちいち費用を請求したりなんかしません。お互い様ですから」

「だからって……、それじゃ無茶し放題ってことじゃないか」

「宇宙に出てきた時点で、すでに無茶なのは同じですから」


 翼は、「よいしょ」と言いながら、ステファニーが立ち上がるのに肩を貸した。

 ステファニーの曲げた肘が、ちょうど翼の肩に乗るくらいに、二人には身長差があった。

「頭がフラフラしたりしませんか?」

「ちょっとフラフラするかも」

「それじゃ、上でしばらくお休みになってください」


 広報官の翼にあてがわれた消防宇宙船は、基本的に一人乗りの極めて小型のものなので、患者が横になれるようなベッドなどはない。操縦席の隣りに一人分の座席があるだけだ。翼はそこに、ステファニーを座らせた。


「背もたれを倒せば、いくらか身体を伸ばせるはずですよ」

 その言葉を聞き終わらないうちに、ステファニーはすでにめいっぱい背もたれを倒して、両手両足をうんと伸ばしていた。その勢いで、天井に「ごん」と拳がぶつかった。


「いてて」

「狭くてごめんなさいね」

 翼はなんだか可笑しくなってしまって、笑った顔を見せまいと、慌てて横を向いた。

「私を笑ったな?」

「ごめんなさい」

 なぜだか二人とも吹き出してしまって、笑いが止まらなくなった。翼とステファニーは、まるで縁がなさそうな見た目の違いがあるのに、不思議とお互いに近しいものを感じて、どんどん親しみが湧いてきた。


「ステファニーさんは、この近くでお仕事をなされていたんですか?」

 翼は、パウチに入ったコーヒーを手渡しながら訊いた。

 ステファニーは、冷たいコーヒーを一気に吸い尽くすと、手の甲で口元をくいっと拭いてから、こう言った。

「そうだよ。メルシー・スチール工業株式会社インダストリアル・カンパニーが取り仕切っている現場でさ、ベゼル・リングを補強する材料を貨物船から移し替えていたんだ。私は現場を一番近くで見なきゃいけなかったから、船外活動(EVA)してたってわけ」


「どうして転落しちゃったんですか?」

「わかんないよ。たぶん、どっかのアームがぶつかってきたんじゃないかな」

「危ないですね」

「きっと、それが洗礼なんだよ」

 ステファニーは両手で頭を支えて、風防ガラスの外をぼんやりと眺めながら言った。「素人がちょろちょろしてたから、お灸を据えてやろうって、誰かが思ったのかもしれない」


「そんなことないですよ」

「いやいや、そんなことあるんだって。私みたいなド素人がいきなり現場を仕切ることを、よく思わない奴らがいるんだよ」


 それを聞いた翼は、なんだか自分に対して同じことを言われたような気がして、胸がずきりと痛んだ。

 つい何日か前までは自分が何をやりたいかさえわかっていなかったのに、急に宇宙消防士の現場に飛び込んで、右も左もわからないうちから広報官なんていう立派な肩書までいただいている自分のことが、翼はなんだか滑稽に思えていたのだ。


「でも、現場に来てしまった以上、そんなことでいつまでもうじうじしていたってしょうがないじゃないですか。いつかみんなに、目にもの見せてやりましょうよ」

 翼はそれを、半ば自分に言い聞かせるように言った。

 ステファニーは両手で頭を支えたまま、翼のほうへ顔を向けると、にっこりと微笑んだ。

「そうだね、いつかあいつらに、舐めたことしてすいませんって、謝りたくなるようにさせてやろうかね」

「そうですよ、そうしましょう」

 翼は胸の前で両こぶしを握り締めて、力強く言った。


 そのとき、船の外をいくつもの消防宇宙船が通り過ぎた。ようやく仲間の隊のみんなが現場に到着したようだ。

「やっとみんなが来たみたいです。私たちもリングの修復現場へ向かいましょう」


 外を見ながら元気よくそう話す翼に、ステファニーは呼びかけた。

「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかった。もしかしたら、これから長い付き合いになるかもしれないから、よかったら教えてよ」


 翼は振り返ると、嬉しそうに答えた。

「私は翼です。桃井(ももい)つばさ、将来はジャーナリストになるのが夢なんです」

「うふふ、そうなんだ」

 ステファニーは笑うと、すっと右手を差し出した。翼はそれを力強く握り返した。


 ここから不思議な友情が始まった。

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