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再就職・4a

 広報官の桃井(ももい)(つばさ)は別行動を取っていた。専用の小型消防宇宙船で復興現場を飛び回り、消防隊の活躍を記録に収めるのが、彼女に与えられた任務だ。


 彼女は第十八小隊に所属しているので、小隊が動いている間は彼女も基本的には行動を共にするが、連絡が取り合える範囲であれば自由に行動してもよいことになっている。


 翼の乗る小型消防宇宙船ナウシカ号は、みんなよりも早い時間に署を飛び立ち、二つ回るベゼル・リングのうち、内側にあるインナー・リングまで先に到達していた。

 インナー・リングは縦回転と横回転が組み合わさった複雑な二軸回転をしているので、その動きに合わせて飛ぶには管制からのアシストが不可欠となる。


「クロノ・シティ中央管制、こちら第一階層東区ファースト・フロアー・イースト第七十六分署第十八小隊所属広報官、桃井翼、船名ナウシカ号、インナー・リングとの同期飛行を要請する」

 すぐに管制からの返事が来た。

「ナウシカ号、こちらクロノ・シティ中央管制、同期飛行を許可する。チャンネルを一一八(ワンワンエイト)に合わせてください」


 翼はそこで、やって来る二つの小隊を前方からカメラに収めるつもりだった。

 彼女の目に映るのは、入り乱れるように回転している四層のギロチンのようなクロノ・シティの全貌だ。そこにはたくさんの作業船が飛び回り、資材と人員を運んでいる。


「翼ちゃん、今日の体調はどんな感じ?」

 救命医の天野(あまの)妙子たえこの柔らかな声が、翼のネビュラに届いた。

「おはようございます、妙子さん。私はいつでも絶好調ですよ」


 その元気な声に、妙子はくすりと笑うと、ネビュラの向こうからこう言った。

「気持ちは絶好調みたいだけど、脈拍がちょっと乱れている感じだね。他は特に問題ないけど」

「それはアドレナリンが出ているせいですよ」

「そうね。だけど、あまり無理しないようにね」

「はーい」翼は元気に答えた。


 すると、なぜだかネビュラの向こうの妙子はもじもじするように、つっかえつっかえ、こんなことを言った。

「ところで翼ちゃん、うちの姉が迷惑をかけたりしなかった?」

「迷惑? 幸子(さちこ)さんがですか?」

「そう」

「そんなことありませんよ。幸子さんにはお世話になりっぱなしです。おかげでこうしてなりたい職業に就けたんですから」

「本当に?」

「本当ですってば」

「そう……、それならいいけど」

 妙子は、腹の底からすべての空気を吐き出すような、大きな安堵のため息をついた。「そう、それならよかった。本当によかった」


 翼には、妙子がどうしてそんなに双子の姉の幸子のことを心配しているのか、不思議に思えてならなかった。あんなに頼りになるお姉さんはいないと、(いろんな突飛な行動は度外視しても)翼は思っているからだ。


「それより、私の姉の(はな)は、みなさんとうまくやっていけてますか?」

 妙子は笑った。

「あはは、そりゃもう……」


「うまくやってるに決まってるでしょ。何年やってると思ってるの」

 そう言って、急に会話に入ってきたのは、話題の姉の桃井(ももい)はな本人だった。「翼、あんた眠くない? ちゃんと休憩はとってるの?」

「とってるとってる」翼はうるさそうに言った。

「今は張り切ってるから元気かもしれないけど、後からどっと疲れが来るから、ちゃんと先のことまで考えて動くんだよ」

「わーかったって、もう、うるさいな」

「あはははははは」と、妙子はずっと横で笑っている。


「みんなが来るまで、私はここで取材してるから」

 翼は通信を切ると、風防ガラスの外に目を向けた。

 翼の乗るナウシカ号は、インナー・リングの軌道にぴたりと沿って飛んでいる。翼は風防ガラスの視界いっぱいに頭を振って、自分の周囲で行われている作業をしっかりと観察した。


 ベゼル・リングでは目下、デブリによる損傷を修復することと同時に、今後も同様の事故が起きたときに対処できるよう、機械細胞(マシン・セル)を練り込んだアルミニウムチタン炭素合金を貼り付ける作業が行われていた。そのレーザー溶接の火花が何百何千と一斉に光り輝くさまは、まるで天国のカーニバルのように華やかだった。


 この合金製の板を貼り付けることで、今後大量のデブリがこの一帯に飛来した場合でも、機械細胞(マシン・セル)による自己修復機能を即座に働かせることができる。

「すべては機械細胞(マシン・セル)御心(みこころ)のままに――なんだよね……」

 翼はそう小さく呟くと、自分の胸に湧き上がるなんとなく嫌な不安感を言語化しようとがんばってみた。


 そして、少し大きな声で、大衆に語りかけるようにつぶやいた。

「復興の歩みは力強い槌音と共に始まりました。私たちは力を合わせてこれまで築き上げた文明を修復し、さらなる段階へと発展を推し進めようとしています。私が所属するクロノ・シティ消防局では、こうした作業での事故をできる限りゼロに近づけるために、隊員たちを大幅に増員したうえで現場に臨み、防災任務に取り組んでいます。


 私たちの今後の生活に、機械細胞(マシン・セル)との共存はもっとも身近で喫緊の課題と言わざるを得ないでしょう。すでに地球文明は二つの新しい知性とのコンタクトを、この二年間で立て続けに経験することとなりました。木星の衛星エウロパの人々は私たち地球人のよき先輩であり、人類が生み出した機械細胞(マシン・セル)は私たちの子供であり同胞となる存在です。


 私たちは、その二つの知性に対し、よき友人であることができているでしょうか。今一度、自分たちの問題として考えるときが来ているように私には思えます。もちろん、これまでもたくさんの議論が繰り返されてきたはずですが、私が一番必要だと考えているのは、彼らと対等な信頼関係を築けるかどうかという課題に関する議論です。


 私たちは、彼らに対してどれくらいの知識を持っているでしょうか? お互いに対等だと確信を持つために必要な情報は十分にそろっているでしょうか? それらを一部の人たちに委ねきって、自分たちは知らぬ存ぜぬを通すことが許される時期は、とうに終わりを迎えたような気がしてなりません。それほどに、私たちの生活には深くまで機械細胞(マシン・セル)が浸透しているのですから」


 そこまで言うと翼は、自分の頭のお団子をまとめてくれているリングにそっと触れた。ここにも見えない機械細胞(マシン・セル)が働いていて、彼女の髪を自動で整えてくれているのだ。

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