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再就職・3b

 消防宇宙船アントニウス号に乗り込んだ和馬たちブラボー・チームは、クロノ・シティの大気の中を飛んだ。デブリによって傷ついた、二つのベゼル・リングの修復現場の安全確保が今回の任務だ。


 第十八小隊ブラボー・チームの救命医、足立(あだち)俊作(しゅんさく)は、隊員たちの健康状態が気がかりでならなかった。眠気を押しての無理な出動は、かえって重大事故を引き起こす原因になりかねない。


 経験を積んでいけば、短くて浅い睡眠でも瞬時に身体を現場に対応させる体質を作ることができる。しかし、ここにいるのは全員がインターンを終えたばかりの新人ばかりだ。


 リーダーの和馬と、救命医の俊作のネビュラには、ブラボー・チーム五人の意識・血圧・脈拍・呼吸・体温の五つのバイタルサインがグラフとなって表示されている。今は午前六時を過ぎたところで、みんなの眠気はピークだ。五つのグラフはそれぞれ不安定に揺れている。万全な状態であればグラフは緑だが、不安定になるとオレンジに変わり、危機的状況に陥ると赤になる。今のみんなは、かろうじて緑のグラフを保っている。


 五つのバイタルサインのうち、意識レベルに関しては、「コーマ・スケール」という、眠気を測る別の指標がある。レベル1は刺激がなくても覚醒している状態、レベル2は刺激を与えている間だけ覚醒している状態、そして、レベル3は刺激しても覚醒しない状態だ。


 今の隊員たちのコーマ・スケールは、ほとんどがレベル1とレベル2の間を不安定に行き来していた。それは救命医の俊作にとっても例外ではない。

 彼は眠気に痺れる瞼をなんとか手で無理やり広げると、ドクターズバッグの中から五つのパウチを取り出した。


「パイロットの檜山(ひやま)拓也たくやくん」

 俊作はネビュラを通して呼び掛けた。「意識がはっきりしているなら、操縦桿を握ったまま片手を上げなさい」


 操縦席に座っている拓也は、後ろから見てもみんなより一回り背が大きい。がっちりした肩幅の上に乗る頭は小さく、ふわりとカールした短髪は彼の男ぶりに繊細な若者らしさを加えている。

「なんだよ、俊作、お前は国会の議長かなにかか?」ネビュラを通して、拓也は答えた。

「いいから、意識がはっきりしているなら片手を上げなさい」


「はいはい、なんだよ」

 拓也が操縦席のヘッドレストの横に手を出すと、そこにめがけてパウチが飛んできた。それは見事な放物線を描いた。

「ナイスキャッチ」と俊作。

「なんだよ、これ?」と拓也。

「眠気覚ましのアミノ酸とビタミンとブドウ糖とカフェインのドリンクだよ」

「変な薬が入ってないだろうな?」

「さあ、それは知らん」

「いらないよ、後で眠れなくなるから」

「さっきからお前のコーマ・スケールは2のてっぺんすれすれなんだよ。たまに夢を見てるだろ」

「そんなことはない」


 そこにリーダーの和馬が割り込んだ。

「いいから、ドリンクを飲め、拓也」


 すると拓也は、受け取ったパウチを片手に持ったまま、

「了解」と、素直に返事した。

「俺が蓋を取ってやるから」

 和馬が代わりに開けてやると、拓也はおとなしくそれを飲んだ。

 

 和馬は自分でも驚いていた。彼は初めて、リーダーらしいセリフを何気なく言うことができた。みんなの前で演説するのと、一人一人に強い口調で何かを命じることは緊張感の種類が違う。本当のところ、同じチームの仲間に対してこれほど強く指示を出すのは、彼にとって、これが初めてだった。「ドリンクを飲め」程度のことでも、これまでは遠慮してなかなか言い出せなかったのだ。


 和馬は座席から後ろを振り返ると、残る二人(宇宙船技師の桐野(きりの)十三(じゅうぞう)、通信士の落合(おちあい)茂雄しげお)にも声を掛けた。

「お前たちも、現場に着く前にドリンクを飲んでおくんだ。居眠りでミスをしたら、二度と現場に出れないぞ」


 救命医の俊作は、和馬に向かって礼をするようにうなずきを送った。和馬は軽くウインクをして、それに答えた。


 和馬もドリンクのパウチを受け取ると、中身を一気に吸い込んだ。脳に明るい火花が散り、心臓がどくどくと鼓動を打った。本当に変な薬が入っているのではないかと、拓也みたいな心配をしてしまうほどだった。

 眠気は嘘みたいに吹き飛んだ。


 いつの間にか、ベゼル・リングは目の前にあった。船はリングの回転に合わせて飛び、相対速度はほとんどゼロに近かった。


 すぐ隣りを、第十七小隊ブラボー・チームのレムス号が飛んでいた。その真っ黒で角ばった機体は、先輩たちの要望が叶ってそういうデザインになっていた。それに対して、和馬たちのアントニウス号は流線型のシルバーだ。


 アントニウス号はレムス号を追い越した。

 レムス号の操縦桿を握る黒川(くろかわ)スバルは、その特徴的な赤毛のショートヘアをひるがえして、青い目を爛々と輝かせていた。それを見た茂雄(ミスター)の体温が、また急上昇した。

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