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再就職・3a

 頭上を通り過ぎる第二階層が、雲の向こうで目が眩むような明るさに輝いている。何枚もの鏡を通って集められた太陽光が、階層の外殻に並んだレンズから放射されているせいだ。


「おはよう、ヒーロー諸君」

 一足先に外に出た森崎(もりさき)和馬(かずま)は、後からやって来る仲間たち一人一人に元気な声を掛けた。彼は第十八小隊ブラボー・チームのリーダーとして、気合だけは人一倍だった。ただし、その合間に大きなあくびを挟むことは我慢できなかった。


 早起きを命じられたガラパゴス日本区消防本部第十七小隊と第十八小隊の面々は、オレンジ色の活動服に着替えて、場外に整列する臨時の消防宇宙船に乗り込んでいた。第一階層東区ファースト・フロアー・イースト第七十六分署は、市民たちよりも先に賑やかな朝を迎えていた。


 昨夜は夜中を過ぎた午前二時まで作業をしていたので、朝六時に起こされたみんなはほとんど眠気が取れていなかった。


「これからやる作業が終わったら、朝飯を食ってとりあえず三時間の休憩だ。それまでがんばれ」

 和馬が大あくびしながらそう言うと、隊員たちも「はーい」と気の抜けた返事を返した。いつもは彼らを勇ましく見せてくれるオレンジ色の活動服も、まるでゾンビの群れのように歩いている彼らに対してはその効果を発揮できていなかった。


 だが、一人だけまっすぐに背筋を伸ばし、元気に歩いてくる女性がいた。その颯爽とした姿には、見る者に活力を呼び覚ますような若さが溢れていた。

 その女性は、艶やかな黒髪をアップにまとめ、ぴんと張った頬を明るく染めた海野(うんの)沙織(さおり)だった。彼女は第十七小隊ブラボー・チームのリーダーであり、つい昨日、森崎和馬からの「これから一緒に歩いていこう」という夢のような申し出を受け入れたばかりだった。今の沙織は幸せの絶頂だった。


「おはよう、和馬くん」

「君は元気いっぱいだね、沙織ちゃん」

 和馬はたじたじとしながらも、彼女の元気はとてもありがたかった。「今日はよろしく頼むよ。きっと俺はいっぱいドジやっちまうだろうから」

「安心して私に任せておきな」

 沙織は頼りになる母さんのように、どしんと自分の胸を叩いた。昨日まではめんどくさい女だという印象が強かったのに、これこそが彼女の本来の姿なのではないかと和馬は感じて、なんだか嬉しかった。


 それを他の隊員たちは、やれやれといった目で一瞥した。


 クロノ・シティのもっとも外側の階層にあり、住宅街のど真ん中に署を構える第一階層東区ファースト・フロアー・イースト第七十六分署には、三つの国からえりすぐりの隊員たちが集められた。日本の航空宇宙消防本部から第十七小隊と第十八小隊、アメリカ合衆国航空宇宙消防局からクロノシティ第二十一方面隊と第二十二方面隊、そして、アフリカのケニアから国家災害管理局の第三十五部隊と第三十六部隊が派遣されている。その他にも事務や整備要員として、さまざまな国からやって来た職員が働いている。


 六つある小部隊を二つ一組にして、三交代で任務を務めるのが本来の勤務形態だ。だが、今は非常時なので、短い休憩を挟みながら、全隊員がフルで出動させられていた。少しずつ休憩時間がずらしてあり、アメリカの隊員たちはこれから一時間後、アフリカの隊員たちは二時間後から再び出動となる。


 多重事故によって引き起こされたケスラー・シンドロームは、クロノ・シティの外殻に設置された太陽光照射レンズにも甚大な被害を与えた。おびただしい数のスペースデブリが外殻のレンズを破壊したことで、クロノ・シティの各階層には十分な太陽光が送られなくなった。


 太陽光が不足することは、単に気温が下がったり、明るさが減ることだけを意味しない。奇跡的なバランスによって成り立っているクロノ・シティの大気は、ほんの少し予想外の変化が加わっただけで、致命的な影響を受けてしまうのだ。


 クロノ・シティの回転する島は、四分の一球同士が向き合った形をしている。四等分したスイカの身を食べて、残った皮を二枚向き合わせたような形状だ。それが四階層重なり、各階層が時計回りと反時計回りで互い違いに回転している。二つの島は、東区と西区に分けられ、回転して大気にぶつかる側を「衝突面」、大気から離れる側を「離脱面」と呼んでいる。衝突面では大気が圧縮されることで高温になり、逆に離脱面では大気が引き延ばされることで低温になる。この高温の大気と低温の大気が混ざり合うことで、クロノ・シティには雲が発生し、雨が降り、風が吹く。


 クロノ・シティの内部を満たす大気には仕切りがなく、第一階層から第四階層までを流れに乗って循環している。大気が宇宙へ逃げないのは、外側を回る二重のベゼル・リングが磁場を発生させているからだ。この磁場が大気を内部へと押し戻すことによって、地球と同じ大気圧を維持することができる。もしも、この磁場が存在しないなら、回転の遠心力によって大気は一瞬で宇宙に散ってしまうだろう。

 この大事な磁場を生み出すベゼル・リングにも、デブリによるダメージは蓄積していた。


 いくつもの要因が重なったことで、クロノ・シティの大気は不安定となり、安全な組成バランスを維持することが難しくなっている。酸素や二酸化炭素の濃度がほんの少し変わっただけでも、人間の身体には重大な影響を与えてしまう。


 安全のために市民たちは自宅待機を命じられ、外に出ているのは警察や消防や軍といった一部の公務員と、復興作業を行う民間の作業員たちだけだ。世界中から大勢が駆けつけてきたボランティアたちも、今は屋内での待機を余儀なくされている。


「俺たちの任務は、昨日に引き続き、現場での作業員たちの安全確保だ。眠いのはわかるが、もしも俺たちが判断を誤れば重大な事故を引き起こすことに繋がる。隊員一同、気合を入れて現場に臨んでくれ」


 消防宇宙船に乗り込んだ第十八小隊ブラボー・チームの仲間たちに向かって、和馬はがんばって声を張り上げた。それはネビュラを通して、もう一隻に乗り込んだ沙織たちの第十七小隊ブラボー・チームにも伝わった。

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