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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第一話「桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)」
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桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)・4b

 目に染みる白い白煙に包まれて、翼は嫌な予感がした。

「智ちゃん! そっちの窓開けて!」

「了解です!」

 何も見えないホワイトアウトの中で二人の声が響く。


 幸子は少しも慌てることなく、さっきの不思議なダンスを続けている。

 今度は強い風が巻き起こった。古いエアコンの何倍もの空気の流れが部屋中を駆け巡り、翼たちの鼓膜を、目を、全身を、ものすごい力で圧迫した。


 その風が煙を吹き飛ばしたおかげで、白い煙の中に少しずつピンクのものが現れ始めた。


 翼は唖然とした。畳の床から天井まで、丸っこい形の宇宙船がぎっちり埋め尽くしている。天井からぶら下がっていた電灯の笠が、宇宙船と天井との間でひしゃげている。


「幸子さん、こんなもの部屋の中で出したら、床が抜けちゃうでしょ」

 不思議なダンスを踊っている幸子は、華麗に前かがみになって、宇宙船と畳の間にすっと指先を走らせた。

「よく見てごらんなさい、ちょっと浮いてるでしょ」

 確かに猛烈な風の力で船体がわずか数センチほど浮き上がっている。そのために必要な風力はいかほどのものだろうか。さっき翼が大声を出して智香と一緒に窓を開けなかったら、おそらく窓のガラスはすべて粉々に吹き飛ばされていたところだろう。


 その予感を証明するように、机の上にまき散らしていたガラクタたちが、きれいさっぱり庭まで吹き飛ばされてしまっている。幸い、姉からもらった封筒とカードは翼がしっかり握りしめていて無事だった。

 風ですっかりぼさぼさ頭になった智香が、目を回してフラフラしている。

「お師匠、ご無事ですか?」

「智ちゃんこそ、大丈夫?」

「鼓膜がやられてキーンと耳鳴りがします」


「もう、幸子さんたら、こういうことするなら先に教えてくださいよ」

 翼がぎゅっと握った両手を斜め下に伸ばしたポーズで抗議してきたのを見て、幸子は満足そうな顔をした。

「いいよ、そのツッコミ。もっと強くてもいいくらい」

「もう! なに笑ってるんですか!」

 幸子の目に映る翼の姿は、まるで怒って両手をぶんぶん振り回している小動物の威嚇のようで、実にかわいかった。


 幸子は目を細めて、宇宙船さっちゃん号のドアを開けた。そして彼女は、胸に手を当てて恭しくお辞儀をした。

「さあ、お嬢さん方、ぐずぐずしている場合ではありませんよ。これからリップマンさんの行方を捜すためにニューヨークへ向かうのですから、それなりの覚悟をしてください」


「ちょっと待って、幸子さん、いきなり出発するの?」

 翼は、いくらなんでも急すぎると思った。「ニューヨークって、そんなに急がなきゃならないくらい遠いの?」

「うんにゃ、超光速輸送だから一瞬で着くけど」

「だったら、急ぐ必要ないじゃないですか」

「夜のニューヨークを見てみたいと思わない?」

「そりゃあ、見てみたいですけど、リップマンさんも寝てる時間でしょうし」

「向こうに私が行きつけの良いホテルがあるよ。料理もベッドも最高だし、なんなら宇宙船で遊覧飛行もできるし」


 翼はだんだん楽しみになってきた。今すぐ向こうに着けるのなら、今すぐにでも出発したい。でも、ちょっと気になったのは服装だ。翼は自分の身なりを見下ろした。白いTシャツに赤いショートパンツという、そこらへんをジョギングするような格好だ。智香もTシャツと短パンが黄色系なだけで、ラフなことには変わりない。一応着替えは何着か置いてあるけれど、よそ行きにできるようなちゃんとした服はないのだ。


 翼は心配そうにもじもじした。

「こんな格好じゃみっともなくないかな?」

 幸子はどんと胸を叩いた。

「そんな心配ご無用だよ。さっちゃん号の中には、ぽちっとボタン一つで世界中のお洒落な服がいくらでも作れる機械が備えてあるんだから」

「すごいね幸子さん、まるでドラえもんみたい」

「おっと、その言葉は二度と使わないようにしてくれたまえ」

 幸子は、翼の口をぐいと手の平でふさいだ。「それを言っちゃうと、私のアイデンティティが揺らぐんでね」

「わはひまひは(わかりました)」と、翼は答えた。


 智香は、窓から身を乗り出して庭を見ている。その視線の向こうには、庭いっぱいに無残に散らばっている桃井姉妹の思い出の品々があった。

「お師匠、あれ、どうします?」

「拾ってから行くよ。誰かに見られたら大変だし」

 昔の日記帳を誰かに読まれたりしたら死んでしまう、と翼は思った。


 そこに、いつの間にか階段を上がってきたおばあちゃんが現れた。さっきの物音や大声を聞きつけてきたのだ。

「あらまあ、これはなんとした……」

 宇宙船を見たおばあちゃんがびっくりしすぎて心臓が止まってしまうのではないかと心配した翼は、大慌てで両手を広げて立ちふさがった。そこに智香も加わって、二人がかりで視界を遮った。


「おばあちゃん、見ちゃダメ。これは夢だよ。おばあちゃん、疲れているんだよ。さっきもテレビ観ながらうとうとしてたでしょ。まだその夢の続きを見ているんだよ。気にしない気にしない」

「いやいや、気にしないって言ったってねえ」

 おばあちゃんに、そんなごまかしは通用しない。部屋の中を見回しながら、こう言った。「あらあら、こんなに散らかして……、いつも整理整頓しなさいって言ってるでしょ。ちゃんと晩御飯までには片付けておくんだよ」


 おばあちゃんの目には、部屋の端から端までを埋め尽くしているピンクの宇宙船が(しかも猛烈な風を吹き散らしている)、子供が遊んでいるおもちゃか何かに見えるらしい。


「わかったわかった。晩御飯までには片付けるから」

 翼は、両手を振り振り後ずさりしながら、宇宙船の陰からひょっこり顔を出そうとしている幸子を無理やりお尻で追いやった。ここでこんなややこしい人物とおばあちゃんを会わせたりしたら、説明だけで日が暮れてしまう。翼に押しやられた幸子は、さっちゃん号の後ろに前のめりで転がった。


「智香ちゃんも晩御飯食べていくでしょ? 前に食べたいって言ってた、鶏のから揚げと筑前煮作っておくからね」

「ありがとうございます!」

 智香は輝くような笑顔でお礼を言った。


 おばあちゃんが無事に階段を下りていったので、なんとかこの場を取り繕うことができた。


 翼は、さっちゃん号の陰で転がっている幸子に言った。

「ねえ、幸子さん、やっぱり今すぐには行けないよ。おばあちゃんが晩御飯作ってくれるから、出発するならそれよりも後にしようよ」

 幸子は、肘枕をついて横になり、不満そうに言った。

「えー、ニューヨークの夜景、楽しみだったのに」

「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ」


 そういうことで、出発は夜中過ぎということになった。翼と智香はおじいちゃんおばあちゃんと夕食を共にした後で、二階のこの部屋に布団を敷いて寝る。そこに幸子がさっちゃん号で合流するという手はずだ。

「夜中におばあちゃんたちが様子を見に来たらどうするの?」

 そう心配する翼に、幸子は「身代わりロボットを置いておくから大丈夫だよ」と答えた。

「すごいですね、まるでアルカトラズ刑務所から脱獄するクリント・イーストウッドみたい」

 智香はそんなことを言って興奮したが、翼と幸子には何のことやらさっぱりわからなかった。


 夜中過ぎ、二人が寝ているところに幸子が迎えにやって来た。

 今度のさっちゃん号は部屋の中に突然現れるのではなく、窓の外にこっそり浮かんでいた。あの幸子にしてはなかなか気の利いた行動だった。

「ちゃんと言いつけを守って静かに登場できたね。えらいえらい」

 翼がそう言って褒めると、幸子は尻尾を振る犬のように喜んだ。翼の中に、幸子の飼い主としての自覚が少しずつ芽生えつつあった。


 こうして、さっちゃん号はニューヨークに向けて飛び立った。ここから一瞬で向こうに移ると、現地時間は午後二時だ。朝御飯までに帰ってこなければならないから、向こうに滞在できる時間は六時間しかない。

 後半に続く。一気にシリアスになります。

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