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再就職・1b

 月明かりの中でアレクサとマーガレットは向き合い、安らかに眠っている赤ん坊を見下ろしている。

 マーガレットの胸に抱かれた「アリア・ヴィア」と名付けられた赤ん坊は、たくさんのミルクを飲まされたせいか、発見時よりも一回り大きくなっていた。


 思う存分食欲を満たしたアリアは、安心しきったように眠っていた。その身体を包む白い布はふわふわと柔らかくて、まるで洗い立てのように真っ白だった。目に見えないほど小さな機械細胞(マシン・セル)が何千何万と駆け回って、赤ん坊を汚れや細菌から守ってくれていた。


 アレクサはカールしたラディッシュ・ブラウンの髪を指先で弄びながら、うっとりしたようにアリアを見つめていた。彼女は仕事を終えたばかりの疲れに加えて少々のお酒が入っているので、いつもの迫力はいくらか影をひそめていた。


 しかし、マーガレットはずっとびくびくしていた。今日自分がしでかしたことを姉からどう追求されるのか、何度も何度も心の中で反芻した結果、怖すぎて吐きそうになっていた。マーガレットは赤ん坊の世話に没頭することによって、その不安をなんとか和らげることができたのだが、ついさっきアレクサが銃を手にしてドアに向けて引き金を引こうとしたのを見てしまって以来、あらためてものすごい恐怖が足のつま先から頭のてっぺんまで一気に這い上がってきていた。


 長女のアレクサは、味方にすればこれ以上なく頼もしい人だが、その信頼を失えばたちまち恐ろしい死神に変わる。それをマーガレットは何年もそばで見続けてきた。今度は、その恐怖を自分が味わう番だ。


「ねえ、マギーちゃん」

 アレクサが突然話し掛けてきたので、マーガレットの身体はびくりと小さく跳ね上がった。それはほとんど反射的なものだったので、意識して抑える暇もなかった。

「なあに? お姉ちゃん……」

 怯えて目を泳がせている妹に、姉はいたずらっぽい微笑みを向けた。

「何をびくびくしているのかな?」


「今日は本当にすいませんでした」

 マーガレットは慌てて赤ん坊をテーブルに置くと、椅子から飛び降りた。そして、床に額を擦り付けて土下座した。「現場で急に仲間を死なせたくないとか言い出したりして、私の考えが浅はかでした。そのせいで計画がめちゃくちゃになっちゃって、ごめんなさい」


 早口で弁明する妹に対し、姉はゆっくりと口を開いた。

「あなたもだんだん大人になってきたってことよ。物事を簡単に割り切って人を殺したりできる人間は、まだまだ子供だからそうできるの」

 アレクサは椅子から立ち上がると、リビングの奥のバーカウンターへふらふらと歩いていった。棚には上等な酒が宝物のように並んでおり、月明かりを受けて鈍く光っている。


 アレクサは新品のウイスキーの封をナイフで切った。カウンターのロックグラスには自動的に大きな氷がセットされた。彼女はそこにウイスキーをなみなみと注ぐと、まず一杯目を一気に飲み干した。


 そうしている間も、マーガレットは土下座を続けていた。こんな風に妹が謝る姿を見るのはずいぶん久しぶりだとアレクサは思っていた。昔はずいぶん躾けるのに骨を折ったものだが、最近はずいぶん素直に言うことを聞いてくれていた。アレクサは、妹があまりに従順すぎるので、もしかして元々持っていた芯の強さを失ってしまったのではないかと心配さえしていた。ところが今日の現場で、マーガレットが突然に我を出してくれたのを見て、アレクサは逆に嬉しくなってしまったのだった。


 だけど、妹がああして必死になって謝っている姿をもう少し見ていたいという、意地悪な気持ちもあって、アレクサはしばらく思わせぶりな態度を取ることにした。


 そのとき、リビングに隣り合っている個室のドアが開いた。そこからぱあっと明るい人工的な光が差し込んできて、たちまち月明かりのムードが壊れた。

「あら、アレクサ、お帰りなさい」

 顔いっぱいに玉の汗を浮かべたステファニーが、バスローブを着てひょっこり顔をのぞかせた。そのブロンドの髪はぐしゃぐしゃに乱れ、汗に濡れた身体にへばりついている。


 その奥から、同じくバスローブを着た汗まみれのマルコが這いずるようにして現れた。

「お帰りなさいまし、アレクサお嬢様」


「あなたたち、何をやっていたの?」

 笑いと怒気の両方を含んだアレクサの声が、二人に向かって威圧するように放たれた。

「私はただ、昼間こいつがあんまり調子に乗っていたもんだから、お仕置きしてやっただけだよ」

 ステファニーがそう言うと、マルコも顔を盛んに上下に振って同調した。

「そうそう、そうです、お仕置きですよ」


 そこにマーガレットが、核心を突く一言を投げ込んだ。

「あの二人、さっきから一時間もああしていたんだよ、お姉ちゃん」

 アレクサは、わざとらしく呆れ顔を作った。

「あなたたち、こんな大変な日だってのに、いい加減にしなさいな」


「しょうがないでしょ、むしゃくしゃしちゃったんだから」

 ステファニーの言葉には反省の欠片もなかった。「姉さんやマギーもいろいろ発散したいでしょうに。無理して我慢するのは身体に毒だよ」

「お姉ちゃんと一緒にしないで」

 いつの間にか土下座をやめて椅子に座っていたマーガレットは、じっとりとした目をステファニーとマルコに向けた。「それよりマルコ、お腹が空いたから早くご飯作ってよ」


「はいはい、少々お待ちになってくださいね」

 マルコはバスローブを着たまま、そそくさとキッチンへ駆けていった。

 その後姿に向かって、アレクサはのびやかな声を掛けた。

「ねえ、マルちゃん、ご飯を食べて一休みしたら、私の相手もお願いね」


 するとキッチンから、マルコの声が元気に答えた。

「はーい、承知いたしました」

 そこにはすべての諦めを呑み込んだような悲哀の響きがあった。

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