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アリア・ヴィア・1a

「今から貨物船ごと爆破するから、あなたは隠れなさい」

 姉のアレクサからの無慈悲なメッセージを受け取ったマーガレットは、とっさに周囲を見回した。


 ここはミリオナリオス財団の巨大な貨物船の船内だ。縦横六メートル余りの六角形がいくつも連なるハニカム構造の格納庫は、とてつもない高熱と湿気によって、人間が活動できる限界をとうに超えていた。


 六角形と六角形の境目には、人が一人しゃがんで通れるくらいの出入り口が開いている。上下に移動する際には梯子を上り下りし、横に移動する際にはカニ歩きで進む。隣りの六角形とは斜めに接しているので、適当に移動していると自分がどこにいるのかわからなくなるので注意だ。


 一つの六角形のスペースには、六角形の引き出しが百個収まっている。その引き出しの九十九パーセントには、機械細胞(マシン・セル)が生きた細胞を作るために必要な炭素が、カーボンやグラファイトの形で仕舞い込まれている。一見すると、それらは単なる真っ黒な炭の塊にしか見えない。


 クロノ・シティ市警察から派遣されてきた緊急()出動()部隊()の隊員たちは、その引き出しの一つ一つを開けて、その中に隠されているはずの機械細胞(マシン・セル)の知性体「ノヴァ」を探していた。ノヴァとは、まだ正式な名づけがされていない新型知性体を一時的に呼ぶための通称だ。ギャングがそれを奪いに来る前に、安全な場所に移し替えなければならない。


 マーガレットが所属する、第四階層グラスヒュッテ南第七分署のESUは現在、十一人が船内にいた。その隊長が口髭と不敵な笑みが特徴のハリー・グラハム警部補であり、一番下っ端がマーガレット・フーリエだった。


 マーガレットは、この日が警官としての初めての出勤だった。本物の制服や銃に触れるのも、特殊装甲宇宙船で現場に急行するのも、何もかも今日が初めてだ。これは幼い頃からずっと憧れ続けていた夢が叶った瞬間でもあった。


 そして、それと同時に、ギャングとしてのマーガレット・フーリエがたった一人で重要な仕事を任された最初の日でもあった。


 マーガレットは、誰からも傍受できないプライベート回線を通して、姉のアレクサにメッセージを送った。

「姉さん、例のものは、どう見ても赤ちゃんそのものなんだけど、そのまま外に連れて出ていってもいいの?」


 間髪入れず、姉の返事が返ってきた。

「どのくらい赤ちゃんなの?」

「もう一度よく見なくちゃ正確なところはわからないんだけど、かなりリアルだったよ。人形か人間かで言ったら、限りなく人間寄り」


「そう……」

 アレクサは短く答えると、しばらく無言になった。何かを急いで調べているような、そういう間だ。

 マーガレットは薄暗い格納庫の中で目を凝らしながら、上下左右に耳を澄ませた。警察の仲間たちがあちこちの引き出しを開けながら移動していく音が、ほとんど切れ目なく聞こえてくる。もう他の誰かがノヴァを見つけてしまうかもしれない恐れはなかった。


 幹細胞は一つだけ――、それは、出発前に何度も確認したことだから間違いないはずだ。その唯一の一体が、今、マーガレットの胸の前にあった。六角形の引き出しの奥に、真っ白い布に包まれた柔らかほっぺの赤ちゃんが眠っている。


 マーガレットは、もう一度その赤ちゃんの顔を見てみたかったが、そういうわけにもいかなかった。警察のネビュラは隊員全員に加えて本部とも直結しているので、彼女が見たもの聞いたものはすべて共有され記録されてしまう。


 かんかんかん、と軽快な音が鳴って、下から隊長のハリー・グラハム警部補が上がってきた。今日の彼は新人のマーガレットの教育係として、ずっとそばについて面倒を見てくれていた。


 彼は下から頭を覗かせるなり、マーガレットを見上げながら言った。

「さっきから捜索の手が止まっているようだが、具合でも悪いのか? マーガレット」

 マーガレットは平静を装って、赤ん坊がいる引き出しを背中で隠した。そして、少し青ざめた感じを出しながら、重々しい声でこう答えた。

「すみません、想像していたよりも息苦しくて……」


「そうだろう、そんなことだろうと思って、酸素を持ってきてやったぞ」

 グラハム警部補は背中にザックを背負っていて、それを肩から外すと、中から小型の酸素ボンベを取り出した。「他の連中にも配って回っているんだ。こいつを吸って、一息つけ」


「ありがとうございます」

 マーガレットはボンベを受け取った。それは船から持ってきたばかりらしく、よく冷えていて手に心地よかった。口に当てる部分に、ラッパのように広がったノズルが付いている。


「署に戻ったらビールも用意してあるからな」

 警部補は元気づけるようにそう言うと、他の隊員を探して、さらに梯子を上っていった。


 彼の足が天井へと消えていくのを見送ってから、マーガレットはボンベの酸素を一息吸い込んだ。自分で感じていた以上に、その瞬間まで頭に濃い(もや)が掛かっていたことに気づいた。酸素はその靄をたちどころに一掃してくれた。


 あの隊長はとても気の利く隊長だ。彼の下でなら、これからも気持ちよく働いていけるだろう。彼女がひそかに一番尊敬しているのは本署のクラウディオ・ガレアーノ署長だが、あのハリー・グラハム警部補はその次に偉いとみなしてもよさそうに思える。これは単純な階級の話ではなく、人間として慕えるかどうかという基準での話だ。


 などと考えているうちに、どうやら結論が出たらしい、アレクサからの張りつめた声が再び届いた。

「把握したわ」

 アレクサは大きく息を吸ってから、慎重につけ加えた。「マーガレット、聞こえてる?」

「聞こえてるよ、姉さん」マーガレットは答えた。


「さっき言った通り、貨物船ごと爆破するから、あなたは赤ん坊を連れて逃げなさい」

緊急()出動()部隊()の隊員たちはどうなるの?」

「私たちが排除するから、あなたは気にせず脱出するのよ」

「殺すってこと?」

「他にどういう方法があるの?」


 マーガレットの胸に、激しい動揺が広がった。今日出会ったばかりの仲間たちを、会ったその日に裏切らなければならないということだ。


 ギャングとしての彼女の脳は、本能的な部分で、その現実を冷静に受け止めていた。しかし、もう一つの、ずっと憧れていた警察官としての彼女の理性は、別の方法を探すようにと必死に叫んでいた。正義と悪が(しのぎ)を削る瀬戸際に、彼女の自我は立たされていた。


 マーガレットは、外で捜索を行っているエディ・マーカス警部の隊のことを考えていた。彼らも十二人ほどの人数で外を固めている。もっと確実に、無理のない方法でこの場を切り抜けなければならない。


「ごめんなさい、姉さん、撃つのはちょっと待ってて」

 マーガレットは、強い信念をもってそう訴えた。「私がなんとか安全に、赤ちゃんを送り届けてみせるから」

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