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幹細胞・4b

 フリオ・エステバン首相の妻の名は、アデリナ・インペトロスという。彼女の祖父は、マルガリータの祖父の弟にあたる。つまり、エステバン首相はマルガリータのはとこということになる。


 首相とアデリナが結婚したのは十二年前、彼が自分の内閣を持つようになるおよそ二年前には、二人はすでに夫婦になっていた。子供を多く生み育てることがインペトロス家の家訓のようになっていて、そのためか、二人の間には三男三女の子が生まれ、病気一つかかることなく、すくすくと元気に育っていた。


 子供が一人生まれるごとに、妻の実家から豪華な贈り物が届いた。それは高級車であったり、地中海に浮かぶ島であったり、大きなお屋敷であったり、サッカーチームであったり、将来有望な新興企業であったりした。その中でも、もっとも首相にとって助けになった贈り物は、堅固な地盤を持った党幹部の地位だった。インペトロス家の支えによって、彼は生涯、政府の中枢に身を置ける保証を得たのだった。


 その恵まれた境遇を、今このとき、エステバン首相は自らかなぐり捨てようとしていた。この十年もの歳月で、彼が大きな権力の代償として失ったものはあまりにも大きかった。


 彼は長い間、本当の愛を知らなかった。彼がそのことに気づかされたのは、本当に愛せる人との出会いがあったからだ。

 その人こそ、今ここでテーブルを挟んで向き合っているセレナ・コロナード副首相だった。彼女は、エステバン首相が駆け出しのときからの戦友だった。その頃からずっと男性と同じような姿で彼女は活動していたので、首相はほとんど女性として彼女を意識することがなかった。


 それがいつしか、突然に距離が縮まりだしたのだ。思い出せば、二年ほど前からだ。彼の親族がインペトロス家から宇宙開発関連の新興企業の経営権を譲られたとき、彼はその共同経営者として、コロナード副首相の弟を招いた。弟の名はセシリオという。


 セシリオは政治には興味を持たず、黙々と会社の育成に励んだ。法律上はたくさんの抜け道があるにもかかわらず、ロビイ活動や献金に関しても、彼はクリーンなやり方を選んだ。それが、エステバン首相に大変深い感銘を与えたのだった。


 セシリオを仲介として、頻繁に連絡を取り合うようになった首相と副首相は、いつしかプライベートでも親しい間柄となった。


 セレナ・コロナード副首相は独身だった。彼女はこれまで、人前で女性として振る舞ったことがほとんどなかった。彼女もまた、人を愛するということがよくわからない人生をこれまでずっと歩んできた。ただひたすらに政治家としての生涯を全うするだろうと、彼女自身も確信していた。


 その二人が、新しい人生を選び取ろうとしていた。そこに、マルガリータがひょいと飛び込んできたことによって、彼らの運命は大きく動き出したのだった。

 4cに続きます。

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