幹細胞・3a
ガレアーノ巡査が署に連絡を入れると、すぐに署長が無線の向こうにすっ飛んできた。
「クラウディオ、よくやった。お前の出世は約束されたから、粗相のないように丁重におもてなしするんだぞ」
「は? 署長、いきなりどうしたんですか?」
「お前はもう、今日は退勤だ。給料は出すから、お嬢様のお相手をしっかり務めろ。明日からの処遇はこちらで検討しておく。悪いようにはせん」
「はあ……」
呆然として突っ立っているガレアーノ巡査の手を、マルガリータが下から引っ張った。
「ぐずぐずしていないで、早く行きましょ」
彼女が着ている水色のドレスが、初夏の海風を浴びてはたはたと揺れている。襟や袖口やスカートを覆う透明なフリルは、まるで妖精が身に纏う光のようだ。ジャスミンの花をふんだんに寄せ集めた髪飾りは、王女の冠と呼ぶにふさわしい高貴さを放っている。
「お嬢様、お腹がお空きではありませんか? アイスクリームなどいかがです」
二人が立つ丘の上の公園には、石造りの古い城壁の遺跡が建っている。その周囲を囲むのは、観光客向けのカフェやお土産屋などだ。アイスクリーム売りの屋台が、人混みの中をかき分けるように練り歩くと、たちまち客たちが集まってきて長い行列ができた。アイスクリームの屋台はいくらでも歩いているが、そのどれもが大勢の客に囲まれて身動きが取れなくなるほどの繁盛ぶりだった。
「あんなものにいちいち並ぶほど、私は子供じゃないわ」
マルガリータは生意気なことを言うと、巡査の手をぐいぐい引っ張った。「せっかくだから、食堂へ行きたいわ。お巡りさんはお昼ご飯はもう召し上がったの?」
「いいえ、まだですが」
「じゃあ、行きましょ」
二人が飛び込んだ路地裏は、飲食店がずらりと建ち並ぶ雑然とした通りだった。店先に椅子とテーブルが出され、そこで大人たちが昼間からワインやビールを楽しんでいる。
ガレアーノ巡査が子供でも入れるバルを一生懸命に探していると、マルガリータは一人でさっさと一軒の店に入っていってしまった。
「いけませんよ、セニョリータ、そこは子供が一人で行くようなところではありません」
薄暗い食堂の店内は、魚介を煮る独特の香りと熱気でいっぱいだった。一目見て地元の人間だとわかる風貌の、どちらかといえば高い年齢層の客たちが席を占めている。
火にかけられたたくさんの鉄壺の中で、魚介たっぷりの雑炊が煮られている。カウンターには様々な小皿料理が並び、客たちがそれぞれに好きなものを注文している。
ガレアーノ巡査の姿を目にした常連客が、気安く声を掛けてきた。
「珍しい奴がいるな。お前も一口賭けてみるか?」
見れば、その坊主頭の白髪の老人は、仲間たちとテーブルを囲んでサイコロ賭博の真っ最中だ。彼らはすでに酒を飲んで出来上がっており、早く次の勝負をやりたくてうずうずしていた。
ガレアーノ巡査は警棒の先でテーブルをどんと突いた。
「お前たち、ほどほどにしておかないとしょっぴくぞ。しばらく留置場で頭を冷やすか?」
「若造が息巻いていやがる」
赤ら顔の老人たちは大笑いした。
そこに太った店主が熱々の雑炊を抱えてやって来た。彼は額に汗を浮かべながら、困った顔をしている。
「巡査殿、お手柔らかにお願いしますよ」
ガレアーノ巡査は声をひそめた。
「ちょっとお願いがあるんだが」
「なんですか?」と、店主はめんどくさそうに言った。
「奥のほうに席を用意してもらいたいんだ。ほら、あそこで足をぶらぶらさせて座っている女の子がいるだろ?」
マルガリータは、窓際のベンチで外を眺めながら足をブラブラさせていた。テーブルが空いていないので、そこに座るしかないのだ。
「巡査殿のお連れ様でございますか?」
「そうなんだ、しかも、どうやらやんごとなき御身分のお方らしい。どうか丁重におもてなしして差し上げてはくれまいか」
ガレアーノ巡査はいっそう声をひそめて言った。これまでに味わったことのないような緊張を、彼は感じていた。




