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幹細胞・1a

 部下たちと共に貨物船に乗り込んだエディ・マーカス警部は、格納庫の中をしらみつぶしに捜索した。


 探しているのは、ミリオナリオス財団がその持てる資金を惜しみなく投入して開発したという、機械細胞(マシン・セル)の最新の幹細胞だった。


 機械細胞(マシン・セル)はこれまで、バージョン・アップを何度も繰り返してきた。基本ソフトウェアとなる「知性体」が変わるたびに、機械細胞(マシン・セル)の構造はがらりと変わる。その知性体は初代のエルピスから数えて、すでに七代目までが生まれている。その七代目の存在はまだ世界に公表されておらず、名前も付けられていないため、常に新しい世代に付けられる仮の名で呼ばれていた。


 その仮の名は、「ノヴァ」という。ラテン語で「新しい」を意味する言葉だ。


 そのノヴァさえギャングたちに奪われていなければ、今回の強奪事件は失敗に終わったということになる。


 船内をマーカス警部が、船外をハリー・グラハム警部補が指揮していた。

 マーカス警部指揮の緊急()出動()部隊()のメンバーは、船内の捜索にあたった。一方、グラハム警部補指揮の応援部隊は、周囲の森の中に逃げ遅れたギャングがいないかを調べている。


 マーカス警部は、狭い船内の慣れない捜索をひたすら忍耐でやり抜いていた。船の図体はやたらに大きいくせに、人が通る通路は極めて最低限の広さしか確保されていない。こんな幅の狭い場所では、彼の分厚い筋肉は邪魔になるだけだった。上の棚を調べるだけでも、関節がねじ切れるような複雑な動作で腕を上げなければならない。そこからものを取り出すのも一苦労だ。

 高速で飛び続けていた船は断熱圧縮のせいで高温になっている。さらにはひどい湿気だ。マーカス警部の身体中から噴き出した汗が床に滴り落ち、靴の底がぬるぬると滑った。


「お前たち、ときどき外に出て身体を冷やすんだぞ。体温の上昇に気をつけろ」

 あのマーカス警部が珍しく優しい言葉を掛けているぞと、隊員たちは小さくざわめいた。警部はさらにつけ加えた。

「勘違いするなよ、誰かが気絶して倒れでもしたら、ただでさえ狭い通路がさらに移動困難になるから言っているんだ」


 貨物船の積み荷のほとんどは炭素だ。結晶の結びつきが緩やかなカーボンから、より結晶が発達したグラファイトまで、さまざまな種類の炭素が積み込まれている。機械細胞(マシン・セル)たちは、クロノ・シティに元からある酸素と水素を利用しながら、その炭素を主な材料として、新しい生命体を作り上げていくのだ。


 コンテナの中は、そうした炭素の塊でいっぱいだった。捜索する隊員たちはそれらのコンテナを一つ一つ開けて、中にノヴァが入っているかどうかを調べなければならなかった。ノヴァが積んである場所は、警察はおろか、乗船していた乗組員ですら知らされていなかった。すべては盗難や強奪を防ぐためだ。だから、どこにノヴァがあるのかは、実物が出てくるまではわからない。


 そうしている間にも、クロノ市消防局の消防隊員たちが続々と現場に集まってきた。宇宙船を操る宇宙消防士たちと、あくまで地上での勤務を主とする従来の消防士たちとが混在している。彼らは重機を駆使して倒れた木々の撤去を始めた。その手際は見事なものだったが、少々荒っぽかった。


「消防隊の諸君、人命を第一に考えるのは素晴らしいが、現場保存のほうにもちょっとばかり協力してはくれまいか」

 船外にギャングの痕跡を捜索していたグラハム警部補は、その口髭を歪ませながら苦言を呈した。彼の声はネビュラを通して消防隊に伝えられた。しかし、それでもなお、彼の周囲を、大勢の消防士たちが駆け回っている。おかげで犯人たちの足跡も遺留品もめちゃくちゃだ。シャーロック・ホームズばりの名探偵でも、ここまで証拠をかき回されたらその後の捜査はお手上げだろう。


「ちくしょう、あいつら、あとで苦情を申し立ててやる」警部補は悪態をついた。

「ボス、こんなことくらいでくじけちゃいけません」

 新人警察官のマーガレットは、両手のこぶしを握り締め、黒い宝石のような瞳をきらきらと輝かせながら力説した。「消防隊の人たちにとっては、一人でも多くの命を救うのが使命です。われわれ警察官も、一人でも多くの犯人を捕まえるのが使命じゃありませんか。お互いの職務を尊重し合いながら、できる限りの良い結果を出すことが、みんなを幸せにする一番正しい道なんじゃないでしょうか」


 グラハム警部補は、彼女のまっすぐさに圧倒された。

「確かにそうだな、もう少しがんばってみるか……、安月給に見合う労働とは思えんが」

「月給とか言っている場合ですか」

 マーガレットはぴしゃりと言ってのけた。彼女の身長は、警部補よりも頭一つ分大きかったから、なんだか姉が弟を叱っているようにも見えた。周りの部下たちは、声を押し殺してクスクスと笑った。


 そこに、船内を調べているマーカス警部からの息も絶え絶えな声が届いた。

「外にいる応援部隊のみんな、そろそろ中と代わってくれ。俺たち全員、体温調節と水分補給をしなければならん。熱さと狭さでグロッキーだ」


 グラハム警部補は、わざと意地悪して返事をしなかった。


「おい、ハリー、聞こえているのか? いるのなら返事をくれ」

 必死で懇願するマーカス警部の声を聞いて、グラハム警部補はにやりと口髭を歪めてみせた。


「もう、ボスったら、いけずなんですね。早く答えてあげてくださいよ」

 マーガレットもそう叱りながら、ちょっと笑ってしまった。グラハム警部補は、さらに嬉しそうに笑った。

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