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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第七話「野良ギャング三姉妹と捕まった男」
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野良ギャング三姉妹と捕まった男・3b

 四方から倒れてきた木の下に閉じ込められ、腐葉土の中に顔を突っ込んでもがいている間、ステファニーは妙な夢を見ていた。


 ピンクのワンピースを着て、ブロンドのくちゃくちゃな髪をした女の子が、道端をめそめそ泣きながら歩いている。両親に捨てられ、いくつもの親戚の家に預けられてきた彼女は、意地悪な兄弟にいじめられたり、大人に無視されたりするばかりで、どこに行ってもかわいがってもらえなかった。学校にも通わせてもらえず、きつい家事の手伝いばかりさせられていた女の子は、あるとき突然何かが胸の中で弾けて、気がつけば裸足のまま家を飛び出していた。


 初めのうちは意気揚々と歩いていたが、日が傾くにつれて心細さが倍々に膨らんできた。腐敗した臭いが路地裏から立ち昇り、汚らしい言葉で罵り合う男女の声がどこからか聞こえてくる。気がつけば涙がぽろぽろ落ちていた。女の子は我慢するのをやめ、声を上げて泣きに泣いた。これまでは泣くと大人をイラつかせてしまうので、思い切り泣くことができなかった。もう、うるさい大人はいない。


 焦げたような色の、薄汚れたレンガの家が建ち並び、あちこちにゴミが積み上げられている。必死になって食べ物を奪い合っている犬と猫のそばを、女の子は小走りに通り過ぎた。彼女もお腹が空いていた。喉もカラカラだった。だけどお金はないし、持ち物といえばポニーの絵がお腹に描かれた一張羅のワンピースだけだ。そのポニーも色が褪せて、周りのピンクと同化している。


 とぼとぼと歩いているうちに、行ってはいけないと言われていた街の外れに来てしまった。そこは人さらいや麻薬の売人が野放しになっている地域だった。帰るところがないのだから、そちらに足を踏み入れるしかない。


 角を曲がると様子が一変した。妖しげなネオンが街を彩り、オープンカーに改造された自動車が時代遅れのガスを吐き出しながら往来を行き交っている。


 道の向こうで大勢の男の子たちがたむろしている姿が見えたので、女の子は顔を伏せた。彼らは一斉にこちらに目を向けた。

「へい、レディー、どこから来たんだい?」

「そんなにおめかしして、どちらへお出かけで?」

「おすまし顔が魅力的だぜ」


 大きな身体の男の子たちが、女の子の周りを取り囲んで、しきりに囃し立て始めた。みんな自分こそがグループの中で一番だと張り合っているようだった。みんながみんな上下をジーンズで固めているが、派手なTシャツを着たり袖をぼろぼろに引きちぎることで個性を出している。


 そのグループの中でも一番弱そうな、優しい目をした男の子が、後ろから背中を押されるようにして、目の前に飛び出してきた。

 自分とほとんど歳が違わないような男の子が前に立ちふさがったので、女の子は恐ろしいと思う反面、「あなたで大丈夫なの?」という、妙な同情心が湧き起こった。


 その男の子は、使い慣れないポマードで髪をぎとぎとに撫でつけていた。その妙な大人びた香りが、女の子の鼻をくすぐった。これまで自分の周りにいた大人たちで、こんなワクワクするような匂いをさせている者は一人もいなかったからだ。


「あなた、誰?」女の子は訊いた。

「僕はマイケル。君は?」

「アナスタシア」

「移民なの?」

「ううん」女の子は首を横に振った。

「靴はどうしたの?」

「私、家出してきたの」

 アナスタシアと名乗った女の子は不思議と胸が清々して、次第に大胆になってきた。「何か食べるものはない?」


 男の子はささやき声で言った。

「こんなところにいちゃいけないよ。早くお帰り」

「あなたの家に置いてくれない?」

「ダメだよ、うちはろくなもんじゃないんだ。僕まで親父にどやされちまうよ」

 やっぱりどの家の大人もろくなもんじゃないんだなと、女の子は失望した。

「どこか行けるところはないかしら?」

「この辺りにはどこにもないと思うよ」


 二人がこそこそとおしゃべりを続けているので、他の男の子たちが苛立ち始めた。

「なにぐずぐずしてんだ、マイケル」

 ひときわ身体の大きな、リーダー格の男の子が身を乗り出してきたので、マイケルはその前に立ちふさがった。


「やめなよ、ボビー、この子はそっとしておいてあげて……」

 彼がすべてを言い終わる前に、ボビーの鉄拳が彼を道の端まで殴り飛ばした。女の子はあまりの凄惨さに声も出せなかった。


 ボビーはちょうど子供から大人へ抜け出そうとしている年頃のようだった。彼は仲間の誰よりも先に、大人たちから認められたいと思っているようだ。その肉体はすでに成熟し、盛り上がった筋肉はそのエネルギーの向けどころを探していた。


 アナスタシアはここに来て、初めてこれが現実だと理解した。ここは人さらいや麻薬の売人が野放しになっていて、警察さえ足を踏み入れることを躊躇するような、腐敗しきった街なのだ。今はまだ年端も行かない彼女でも、何年かすれば売り時がやって来る。狼たちの狩場に、羊が一匹のこのこ迷い込んだようなものだ。


「逃げろ、アナスタシア」

 マイケルの呻き声が遠くから聞こえたとき、女の子はすでに身をひるがえして走り出していた。


 そこからどこまで走ったのか、彼女は覚えていない。夢中で走っているうちに、どこかに強く頭をぶつけ、暗闇に呑み込まれた。次に気がついたときには、真っ白なシーツの清潔なベッドで眠っていた。

 そこは教会が運営する孤児院だった。これまでずっと寄る辺がなかったアナスタシアは、ようやくのことで安息の地を得たのだった。


 その孤児院で、彼女はとてもきれいな年上の女の子と出会った。

 その子の名はソフィアといった。髪は燃えるようなラディッシュブラウンで、肩の上で華やかにカールしている。目の色は、見たこともないような明るい紫色をしていた。生まれついての華やかさを、ソフィアは身に着けているようだった。


 他の孤児たちが新しい親に選ばれ、新しい家へ連れて行かれている間、アナスタシアとソフィアはひっそりと身を隠すようにしていた。そして、お互いに通じ合うものを感じた二人はここで義姉妹の契りを交わした。


 こうして、彼女たちは大人に頼らず自分たちで生きていこうと決めたのだった。もう大人たちに振り回されるのは二人とも御免だった。自由こそが彼女たちのもっとも欲するものだった。その自由を持ち続けるために富が必要なら、力ずくでそれを手に入れるまでだ。


 孤児院を飛び出した二人は名前を変えた。やがて三人目の妹を見つけると、彼女たちは三姉妹になった。


 水を得た魚のようにギャング生活を謳歌するようになったステファニーは、ときどき、あの日のマイケルの姿を思い出す。彼女を助けるために殴り飛ばされた彼は、今頃どうしているだろうか。まっとうな道を歩めたのだろうか。まだあの街にいるのだとしたら、もしかしたら、すでに生きてはいないかもしれない。

 ステファニーはずっと、彼の面影を追い続けている。

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