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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第一話「桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)」
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桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)・3a

 そうして言葉を唱えかけた翼だったが、

「ごめん、智ちゃん、手を繋いで、一緒に言ってくれる?」

 急に怖くなってしまって、両手を伸ばして助けを求めた。頼られた智香のほうはまんざらでもない。

「仕方ありませんねえ」

 と、嬉しそうに目を細めて、両手をまっすぐに前に伸ばした。


 椅子に座る翼と、畳に座る智香とが両手を握り合い、二人の手に挟まる形で封筒が収まり、赤い封蝋が二人の指先に触れている。

「智ちゃん、さっきの言葉を続けて読むよ」

「いつでもいいですよ」

「いくよ、せーの……」

 二人は大きく息を吸い込み、魔法の言葉を唱えた。


「さちこ!」


 その瞬間、頭の真上でとてつもない雷鳴が轟いた。窓の外が閃光で真っ白になり、コンセントから火花が散った。

 ばちん、と大きな音がして、エアコンが止まってしまった。


 じわじわと部屋の温度が高くなっていく後ろで、ざあざあと激しい雨が降り出した。


 翼と智香は、びっくりして畳の上に転がり、お互いを強く抱きしめ合っていた。顔と顔が近くにあって、翼は智香の長い髪に鼻先を埋めていた。汗と吐息が混じり合い、胸のどきどきが止まらない。


 しばらくそうして固まっていると、階段を上ってくるおばあちゃんの足音と声が聞こえてきた。

「翼、すごい雨が降ってきたから、窓がちゃんと閉まってるか見てちょうだいな」

 おばあちゃんが襖を開けて入ってくる気配を感じたので、翼はとっさに身体を起こした。


「大丈夫、窓はちゃんと閉まってるよ」

 おばあちゃんに向かってそう答えたのは、翼ではなかったし、智香でもなかった。

「あらそう、それならよかった」

 おばあちゃんはホッとしたように言うと、「ああ、びっくりした。すごい雷だった」とつぶやきながら、階段を降りていった。


 閉じたガラス窓の前に、一人の女性が立っていた。翼は最初、その女性のことを女神だと思った。顔かたちが見目麗しいのは当然として、三つ編みを冠のように巻き付けた明るい色の髪はその明るい表情にぴったりだったし、全身を包んでいるキトンドレスは古代ギリシャの女神が着ている衣装そのものだった。袖のないドレスは肩が剥き出しで、その裾は太ももが露わになるところまで大胆にカットされている。


 窓の外には大量の雨が叩きつけるように降っていて、さっきまで快晴だった空は夕暮れ時のように薄暗い。

 落雷のせいで止まっていたエアコンが、再びがあがあと動き出した。


「すごいねえ、山の天気は変わりやすいんだね」

 窓辺に立つその女性は、こちらを振り返って親し気に話しかけてきた。「私もびっくりしちゃったよ」

 翼はその女性を知っていた。その大胆不敵な物腰や、いちいちこんな大げさな仕掛けを用意したがるいたずら好きな性格のことも、翼はよく知っていた。


 翼は椅子から立ち上がると、その女性に近づいた。

「やっぱり、このアテナ像は幸子(さちこ)さんだったんですね」

 翼は、封筒の綴じ目に押された赤い封蝋を示しながら言った。

「ご名答」

 と、天野(あまの)幸子さちこは嬉しそうに笑った。


 目を固くつぶって畳に倒れ込んでいた智香も、様子がおかしいことに気づいて、ようやく身体を起こした。

「あっ、幸子さんじゃありませんか」

 智香もたちどころに記憶を呼び覚ました。


「二人とも、私のこと覚えてる?」

 幸子のことを忘れてしまえる人間がこの世にいるとしたら、ぜひ会ってみたいものだと二人は思った。そのくらいに、幸子という存在にはインパクトがあった。

 翼は言った。

「幸子さん、確か、あのときも似たような格好をされていませんでしたっけ?」

 翼は三年前の夏に、まさにこの静岡の山奥で初めて幸子を目にしたときの記憶を思い出した。あのときの幸子は、彼女の双子の妹の妙子と、その夫のオットー・ハイネマンがみんなの前で誓いのキスを披露しようとしている後ろで、黒子のようにうろちょろしていた印象が強い(※パート1の第十九話参照)。


 そのときの幸子も、古代ギリシャの女神を真似たような衣装を着ていた。

「なんか、この格好がしっくりくるんだよね」

 幸子は大胆にも、そのミニスカートのようなドレスのまま畳に胡坐をかいた。そこから覗く白いものにぎょっとする翼たちを見て、幸子はしてやったりとばかりに声を上げて笑った。


「大丈夫だよ、中は水着だから」

 きっと、これを双子の妹の妙子が見ていたら、さっきの雷のような怒鳴り声が轟いていただろうことは想像に難くない。

 だが、まだ学生の二人にはそこまで強いツッコミは期待できなかった。幸子はちょっと物足りなそうな顔をして、話題を変えた。


「さあ、あなたたちもこちらへおいで」

 二人は、幸子の前で正座した。

「ところであらためて訊くけど、私をここに呼んだということは、あなたたちのどちらかが追いつめられてにっちもさっちもいかなくなっているということだね?」


 智香は隣りの翼を手で示した。

「こちらのお師匠がお悩みなのです」

 翼は神妙な面持ちでうなずいた。

 幸子は急に真顔になった。

「用件を聞こうか」


 うつむいている翼は、途端に真面目な話になったことで込み上げてくる恥ずかしさと居心地の悪さに頭をくらくらさせながら、なんとか言うべきことを言った。

「なかなか進路が決まらなくて、困っちゃったんです。大学に行くのかインターンに行くのか、今週中に決めて申し込まなきゃいけないのに、頭の中が真っ白で、どうしようもなくなっちゃって……」


「学校に入る前に、なりたい職業を言わされたでしょ?」と幸子。

「はい」

「そのときなんと答えたの?」

 翼は顔を紅潮させて、恥ずかしそうに答えた。

「哲学者になりたい……、って言いました」

 幸子は笑ったりしない。

「じゃあ、大学に行けばいいじゃん」

「でも……」

 翼はさっき智香にも話した、「社会経験を一度は積んでおかないと頭でっかちな学者にしかなれない」というおじいちゃんからのアドバイスを繰り返した。


「なるほどねえ……、そいつはもっともだ」

 幸子は腕組みをして、もっともそうな顔をしているが、どのくらい理解しているのかは誰も知りようがない。


「なるほど、それなら私が力になるのも面白いかもしれないね」

 幸子は真顔から明るい表情に切り替えると、急に元気な声を出した。面白いか面白くないかが、常に彼女の判断基準だ。


 幸子は、翼の肩に両手を置いて言った。

「翼くん、君が納得いくまで探索の旅につき合ってあげるよ」

「旅ですか?」

「そう」


 幸子はにやにやしている。もしも妙子がそばにいたら、ハラハラして居ても立ってもいられなくなっているところだろう。

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