回転するギロチン・3a
宇宙消防士の資格を取った人間が、クロノ・シティの仕組みについて無知であるはずがない。沙織が和馬に物理の初歩のような質問をしたのは、とにかく彼と何か会話がしたかったからだ。
遠くのほうで桃井翼が盗み聞きしているとしてもかまうものか、と沙織は思った。途中で割り込んできたければ割り込んでくればいい。こちとら物理的に近い距離にいるのだ。こうして腕を絡めたり、わざとらしく胸を押しつけたり、耳元に息を吹きかけたりとやりたい放題できるのだ。
隣りに座る晴香は、いつもこんな自分を応援してくれる。半年前に消防学校でチーム分けがあって、第十七小隊と第十八小隊のブラボー・チームがそれぞれ結成されたとき、沙織は和馬をわが恋人にすることに決めたのだ。それはまさに一目惚れだった。
第十七小隊と第十八小隊は、同じ第一階層東区第七十六分署に所属するもの同士だ。かつて三国龍之介先輩がアルファ・チームにいた頃の第十七小隊では、三組のカップルが生まれ、二組が結婚したと聞く。隊員同士の恋愛がこれほど積極的に行われているのならば、その勢いに乗らない手はない、と沙織は考えた。
ブラボー・チームのリーダー同士でお互いを伴侶とするならば、チーム同士の結束もより深まるに違いない。沙織は、自分と和馬こそがお似合いだと本気で思っている。
「ねえ、和馬くんもそう思うでしょ?」
沙織は、思わせぶりな視線を和馬の目にまっすぐ注ぎながら言った。
和馬は答えに困った。
「いきなり『そう思うでしょ』と言われても、なんのことやら……」
「深く考えなくてもいいんだよ。和馬くんは『うん、そうだね』って答えればいいの」
「そんなことより、クロノ・シティの物理法則についての疑問は解消できたの?」
沙織は首をぶんぶん横に振った。
「いやいやいやいや、解消できてないよ。もっとおしゃべりしましょ」
「どこまで話したか忘れちゃったよ」
「島が通過する前後十秒ずつは通行を避けたほうがいい、っていうところまで話したところだよ」
「そうそう、そこまで話したところだよ」
と、口を挟んだのは、遠くにいる桃井翼だった。「さあ、早く続きを聞かせてよ。和馬くん」
そのとき、沙織の口から「ちっ」と舌打ちが漏れたことに、和馬は気づきはしたが、知らないふりをした。
翼のはしゃいだ声が、まだネビュラの中で聞こえてくる。
「私はみんなみたいに宇宙消防士の常識を知らないんだから、いっぱい教えてほしいことがあるんだよ」
「桃井さん、私たちの会話に口を挟まないでくれる?」
沙織は、敵意を微塵も隠すことなく、完全な臨戦態勢の冷たい声色と気迫とで翼を牽制した。
「そうだそうだ、こっちは忙しいんだ」と、晴香も加勢した。
すると、驚くようなことが和馬の中で起こった。
その二人の言葉を聞いた途端、和馬の中に熱くて激しい感情が湧き起こったのだ。彼自身も自分の中にそういう気持ちがあることに驚いてしまうような、激しい怒りの波が、そのまま彼の口からほとばしり出た。
「こら、沙織ちゃん、あまり強い言葉を使わないようにしなさい」
いつもなら言えないようなことが、不思議なほどすらすらと言えた。なぜだか翼が関わることだと、いつもよりも度胸が据わってしまうようだ。本当のことを言うと、彼が沙織に対して強い態度に出られたのは、実はこれが初めてだった。
沙織はまるで雷に直撃されたかのように、激しいショックを顔に表した。なれなれしく密着していた身体を離すと、まるで和馬が別人と入れ替わったのではないかと疑うような視線を彼に向けて浴びせかけた。
和馬はさらに追い打ちをかける。
「これからは一緒に働くチーム同士なんだから、いじわるな言動は許さないぞ。もう俺たちは学生じゃないんだから」




