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回転するギロチン・2b

 突入の時間が迫ってくると、船内の緊張は否が応でも高まってくる。百戦錬磨の宇宙消防士もいれば、ほとんど現場に出たことのない職員も大勢いる。復興のための増員は、これまで宇宙に出たことのない人々までもを宇宙に引っ張り出すことになった。


 クロノ・シティの第一階層が一周する四分半のうち、突入のチャンスは二回だ。第四階層の向こう側まで突き抜けるためには、針の穴を通すような繊細な軌道を通らなければならない。途中でバランスを崩せば、たちまち回転するギロチンの餌食となってしまう。


「ねえ、和馬くん」

 隣りの席からぴったりと身体を寄せてくる海野沙織が、甘えたような声を出した。

「なんだい?」

 突入を目前にして緊張で身を固くしていた和馬は、ねっとりと絡みつく沙織の声音に少々苛立ちを感じた。「加速が始まったら舌を噛むから、黙っておいたほうがいいよ」


 沙織は声を低めた。

「ちょっと訊きたいことがあるの」

「なんだい?」

 きっと桃井翼のことを訊いてくるに違いない、と和馬は思った。沙織や晴香たちを相手するときに比べて、翼と接するときの態度が明らかに違うことは彼自身も自覚していた。

 何を訊かれたとしても、ともかく手っ取り早く片付けてしまおうと和馬は思った。


 しかし、沙織の訊きたいことというのは、予想とはまるで違っていた。

「どうして第四階層まで行くのに、四つの階層を一気に突き抜けなきゃいけないの? 一階層ごとに止まって待てば、三十秒は余裕があるのに」


 なぜ彼女はそんな初歩的な物理の話を急に始めたのだろうかと、和馬は奇妙に思った。突入まで残り一分あるかないかというときなのに、こんなことを今さら説明しなければならないのだろうか。

 和馬は噛んで含めるように言った。ただし時間がないから早口で。


「いいかい、沙織ちゃん、わかりやすく説明するけど、それで気を悪くしないでくれよ」

「いいよ、私、知りたいの。素朴な疑問」


「それ、私も知りたい!」

 と、ネビュラの中で急に割り込んできたのは桃井翼だった。彼女はずっと後方の席に座っているのに、ネビュラを通してずっと耳を澄ませていたらしい。

「あんた、盗み聞き?」沙織はムッとして言った。


 翼は怯まない。

「だって、これも任務中でしょ。仲間同士でネビュラを共有しちゃいけないの? 私は全部聞かれても平気だよ」

 確かに、さっき翼と和馬が窓の外の景色について会話した内容は、包み隠さず同じ隊のメンバーのネビュラでも聞けるように設定されていた。わざわざそばに近づいて監視する必要さえなかったほどだ。


 一瞬、沙織のこめかみがぴくりとひきつったように見えたが、和馬はそれ以上踏み込んで考えないようにした。翼が急に話に参加してきたことで、声が弾みすぎないように気をつけながら、こう言った。

「もう時間がなさそうだから手短に言うけど、つまりは加速と減速に人間や荷物が耐えられるかどうかという問題さ。一つの階層の厚みは千メートルあるから、それを十秒以内に突き抜けるためにどのくらいの加速が必要かを考えればわかるだろ」


「十秒? 島と島の間を通れるのは三十秒でしょ」

 と、ここで急に浅倉晴香も話に加わった。もはやこの会話に参加しなければ損だとでもいうような勢いだ。


 和馬はその疑問に答えた。

「島の前後は船が安全に通れるような状態じゃないんだ。これも物理の初歩の初歩だよ。大気が満たされている中を音速で通り抜けていく島が、その周りにどういう影響を与えるか考えてみなよ。島の前方は空気が圧縮されて高熱になるし、島の後方には乱気流が生まれるんだ。一応、気流の流れを整えるためのウィングレットはたくさん付いているけど、それでも完全に安全というわけじゃない。だから通過前の十秒と通過後の十秒は通行を避けるべきなんだ」


 手短に話をするはずだったのに、一つの説明に答えるだけでもずいぶんとたくさんの言葉が必要だった。遠くでこの会話を聞いていた三国龍之介が、とうとうじれったくなって割り込んできた。

「お前たち、そろそろ口を閉じろ。話の続きは着いてからにしろ」


 すると、ここで急に機長のアナウンスが船内に響き渡った。

「ご乗船のみなさま、突入の待機状態に入っておりましたが、いったん解除することとなりました。当船よりも先に、ミリオナリオス財団の貨物船が突入いたします。医療機器の修復に必要な機械細胞(マシン・セル)を積んでいるためというのが、その理由です。どうかご了承いただきたく存じ上げます」


 船内がざわついたと同時に、窓の外に大きな大きなシロナガスクジラのような真っ白な船体が現れた。それは太陽系最大の慈善団体ミリオナリオス財団のもので間違いなかった。この船が、治療を待っている人たちのために資材を届けなければならないとなれば、宇宙消防士たちとて先を譲らなければならないということなのだ。


「あら、話をする時間ができたじゃない」

 沙織は嬉しそうに言った。

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