回転するギロチン・2a
クロノ・シティの周囲には、「ベゼル・リング」と呼ばれる輪が二つ回っている。
外側のアウター・リングは、地球から伸びる宇宙エレベーターに固定されており、まっすぐに直立する縦軸を中心に横回転している。その内側のインナー・リングは、九十度傾いた横軸で回転している。つまりは二軸回転だ。
二軸回転とは、体操の宙返りで、横に身体を捻りながら前転するような形だ。
二つのベゼル・リングの中で、球体のクロノ・シティはその四つの階層をそれぞれ九十度傾けて回っている。内側に階層が進むごとに回転軸が一つずつ増えていくので、第四階層になると六軸まで増える。そうやって複雑な軌道を描いて回転することによって、遠心力が球体すべてにまんべんなく広がり、重力のバランスを取りながら、コリオリの力の影響を軽減することができるようになる。
これらのバランスを調和させるためには複雑な機構をコントロールする必要がある。クロノ・シティの第四階層のさらにその奥には、「トゥールビヨン」と呼ばれる直径二キロメートルの球体が浮かんでいる。ここには都市の中央政府機関と、クロノ・シティ全体の回転を制御する心臓部が収められている。トゥールビヨンの周囲五千メートル圏内は飛行禁止エリアに指定されており、許可を持たず不用意に近づけば撃墜される恐れがある。
クロノ・シティには、地球と同じ一Gの重力(に見せかけた遠心力)と、地球と同じ組成の大気が存在する。一Gを維持するために、直径三十六キロメートルの第一階層はおよそ四分半で一回転する。そこから内側の階層は六キロメートルずつ直径が小さくなっていくので、回転速度はわずかに遅くなり、秒数も短くなる。
四つともが、ほぼ音速に等しい時速千二百キロメートル前後の速度で回転している。
そのすさまじく複雑な回転の中を突き抜けて第四階層に行きたがる者はほとんどいない。そのため、第一階層の底面にある離発着のための開口部には、順番待ちの行列が並ぶことになる。
たくさんのボランティアと救援物資を満載にした宇宙船が、ベゼル・リングの外側にごった返している。次々にやって来る新しい船に場所を空けるために、警察の船がまるで牧羊犬のように先導して、宇宙船の群れをゆっくりと動かしていた。そうすることで警察は第一階層に上陸するものと、ギロチンの中へ突っ込んでいくものとを選別していた。
ただちに復旧に取り掛からなければならない宇宙消防士の一行が、最も安全な外側の開口部でぐずぐずと順番待ちをしている場合ではない。彼らが第四階層に突っ込んでいかなければならない理由は、そういうことだった。
他の民間宇宙船が安全のために行列を作っている間に、消防隊や軍隊の船はどんどんギロチンへ飛び込んでいく。それはまさに命知らずの所業だった。
「うひょお、さすがは命を扱うプロだねえ」
桃井翼は、飾り気のない素直な声を上げた。彼女は窓に張りつくようにして、ギロチンに飛び込む船の映像をネビュラに収めている。
その隣りで、森崎和馬は微笑ましく彼女を眺めていた。ギロチンのほうもいくらか順番待ちで混雑しているので、突入の許可が下りるまではまだ時間の余裕があった。そのチャンスを利用して、彼は翼の隣りに席を占めたのだった。
翼はとにかく夢中になって外を眺めている。そこには恐れは微塵も感じられない。訓練で何度かクロノ・シティを突き抜けていくシミュレーションをやっていた和馬でさえ、いざ現実の本番を前にすると震えてしまうというのに、翼のこの度胸はどこから来るのだろうか。
和馬は横から言った。
「俺たちも順番が来たら、あそこに入っていくんだぜ」
「すっごい楽しみだね!」
翼は大きな目をキラキラさせて振り返った。
「怖くないの?」と和馬。
「怖いけど、それも合わせてすっごく楽しみ!」
翼はまた窓にしがみつき、今まさに階層と階層の間のわずかな隙間へ吸い込まれていく軍の宇宙船を見つめた。彼女は三つ揃えのダークスーツでばっちり身だしなみを整えているのに、その行動はまるきり少女のままだ。頭のてっぺんの栗色のお団子をしきりに左右に振っている。
その近くで、真剣に数式を唱えている声が聞こえた。
「島と島の間の空間が目の前を通過する時間はおよそ一分……」
通信士の浅倉晴香は、自分のネビュラと手元のメモ帳を駆使して、複雑な計算を繰り返していた。「島」というのは、クロノ・シティのそれぞれの階層で向き合っている四分の一球のことを指している。階層ごとに二つの島があり、「東」と「西」に区別される。
「その先の階層は逆回転だから、相対速度は音速の二倍で、空間を通過できる時間はおよそ三十秒……、そして、その先は……」
計算していくごとに隙間が空いている時間が短くなり、どう考えても安全に通過することは不可能に思えてくる。
「晴香、あんまり厳密に計算すると本当に怖くなるからやめて」
リーダーの海野沙織は半分命令するように言った。こういうことは専門家に任せて、自分たちはのほほんと船に乗っていればいいのだ、というのが彼女の考えだった。
ちゃんと自分たちの船にも水先案内人がついてくれていて、その小さな水先船について行きさえすれば何も心配することはないのだ。
そんなことより、窓際ではしゃいでいる桃井翼と、その横で楽しそうにしている森崎和馬のことが、沙織にとっては百倍気になる問題だった。沙織と晴香は、わざわざその監視のために近くの席まで移動してきたのだった。
「お前たち、そろそろ自分の席に戻れ」
遠くに座る三国龍之介の声が、新人たちみんなのネビュラに届いた。彼は最初から最後まで決められた席から動かないでいた。それは真面目だからという理由もあるが、搭乗した時点から今の今まで、終わりの見えない打ち合わせがずっと続いているせいでもあった。第十七小隊の小山三郎隊長や、第十八小隊の渋川英治隊長も交えて、現地に到着したら何をして、その次に何をしてと、やるべきことを延々と話し合っていた。
その隊長たちを通して、もうやがて三分後には自分たちの船が突入態勢に入ることが知らされたのだった。
「あと三分で突っ込むそうだ。和馬たちは早く席に戻れ」
龍之介の急かすような声が、新人たちのネビュラの中で鋭く響いた。和馬は名残惜しかったが、翼のそばから離れなければならない。
「俺はそろそろ席に戻るよ」
和馬が声を掛けると、翼は振り返った。
「和馬くん、行っちゃうの?」
彼女が残念そうにそう言ったのが、和馬にはとても意外に思えた。もしかしたら、翼も俺と離れたくないのだろうかと自惚れた考えが浮かんでしまう。
「そろそろ席に戻らないと、さっきみたいに叱られるからさ」
また客室乗務員に取り囲まれるのはこりごりだと、和馬は思った。
「じゃあ、後でね」
翼は無邪気に手を振った。そこにはあまり他意はなさそうだった。彼女はただ、そばに話し相手が欲しかっただけかもしれない。
和馬はよくわからない複雑な気持ちを抱えて席に戻った。相手の反応によってむやみに気分が上がったり下がったりするのは、向こうに自分の感情を握られているせいだ。
和馬を追って、沙織と晴香も自分の席に戻った。




