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宇宙へお引越し・4b

「まもなく当機は離陸体勢に入ります。ご搭乗の皆様は座席にお付きになり、安全ベルトをお締めください」

 離陸を知らせるアナウンスが船内に流れた。客室乗務員たちが、歩き回っている乗客たちを席へと促し、やや強引にベルトで縛りつけている。離陸のスケジュールが込み合っていて、わずかな遅延も許されないからだ。


 そんな慌ただしい中を、和馬は追手から逃げるように走り回った。そうしながら、彼は一人の女性の姿を探し求めていた。なぜ、そこまでしてその人にこだわるのか、彼自身にもよくわからなかった。


「お客様、ただちに座席にお座りください」

 言葉遣いの丁寧さとは裏腹に、屈強な男性二名と女性一名の客室乗務員が、まるで囚人を抑え込もうとする刑務官のように迫ってきた。すぐそばに空いている席の一つに和馬を押し込もうと、彼らは手ぐすねを引いている。


 狭い通路の中で、和馬は前後を塞がれた。

「すみません、実は探している人がいまして」

 和馬は毅然として言った。あたかもそれが自分に課せられた重大な使命であるかのように。

「その方の名前をおっしゃっていただければ、こちらでお探しできますが」

 正面に立ちふさがる男性の客室乗務員が、通路の幅と同じ広さの肩幅で行く手を阻みながら言った。白い制服姿がまるで分厚い壁のようだ。その後ろから、小柄な女性の乗務員がぴょこぴょこと顔を覗かせている。


「もしもご同行の方とおはぐれになられたのでしたら、ただちにご伝言を差し上げられますよ」と、その女性は言った。

 別にはぐれたわけでもなく、探してくれと頼まれたわけでもない和馬は、ここで目当ての女性の名を言うことをためらった。彼女の迷惑になることよりも、出過ぎたことをした自分の印象が悪くなることを彼は恐れた。


「これより当機午後二時二十五分発クロノ・シティ行き第百五十四便は離陸いたします」

 機長の有無を言わさぬアナウンスが船内に流れた。


 出発を前に緊張の面持ちの乗客たち――それもことごとく航空宇宙消防本部に所属する消防官や職員たち――が、一斉に和馬のほうに注目を浴びせた。

 和馬を前後から挟む三人の客室乗務員も、上司とネビュラで盛んにやり取りを行っているらしく、こめかみに当てた手の平が小刻みに震えている。


 船のエンジンがうなりを上げ、出発の合図を今か今かと待ち構えている。床から伝わる振動が、和馬の両足を急かすように震わせた。

 睨みつけてくる上官や先輩や同僚たちの視線が痛い。すでに彼らのネビュラの中では、この騒動の犯人が名前や顔写真付きのデータとして駆け巡っているだろうことは想像に難くなかった。


 和馬はただ、桃井(ももい)つばさが船にちゃんと乗っているかどうかを確かめたかっただけなのに、ちょっとした思い付きで始めた行動がえらい状況を生み出してしまった。


「何をやっているんだ、和馬。船の離陸を遅らせているのはお前か」

 和馬のネビュラに、龍之介からの文字のメッセージが踊った。そう言えば、搭乗した直後から龍之介の姿も見当たらなくなっていた。


 船内を見回してみると、船尾側の遠くのほうに龍之介の位置を示す矢印がピカピカと光っている。しかし、桃井翼とは連絡先の交換をしていないので、彼女の位置をネビュラで知ることはできなかった。横に十人が並び、縦に座席が百列近く連なっている巨大宇宙船の中で、尋ね人を目視で探すのには限界がある。


 さっき自分がいた船首側から、海野沙織と浅倉晴香が心配そうに黄色いハンカチを一生懸命振っているのはよく見えた。さっきはつい振りほどくようにして来てしまったが、今ではなんだかとても申し訳なく思えてきた。ああして彼女たちは自分のことを心配してくれているのだ。まるで家出息子の帰りを待つ母と姉のように、和馬の目には映った。


 ネビュラを通して「ごめん、今からそちらに戻るよ」と返事を送るか、なにがなんでも桃井翼を探すか、二つに一つの選択を迫られた和馬は、そのとき思いがけない行動をとった。

 それは彼自身にとっても思いがけない行動だったから、後から思い返しても、よくあんなことが思いついたものだと、一生感心し続けるレベルのものだった。


 彼は大きな声を張り上げて、こんなことを叫んだのだ。

「広報官の桃井翼さん! 第十八小隊ブラボー・チームの所属手続きは済んでいますか? 手続きできていないと到着後の与圧服と生命維持パックの支給がされませんよ!」


 ネビュラに彼女のデータがないくらいだから、小隊の手続きが済んでいないことは確かだ。さっき搭乗前に龍之介が「手続きは全部済んでいる」と言っていたが、乗船の手続きと小隊の手続きを混同していたのかもしれなかった。やるべきことは山ほどあったから、一つくらい取りこぼしがあっても不思議ではない。


 乗客たちがざわざわと静かに騒ぎ始めた。ここにいる誰もが、復旧のために駆り集められた補充の人員なのだから、いざ現地に着いたときに自分の命を保証する装備が支給されなかったときの恐ろしさは他人事ではなかった。


「ごめんなさい! 私です!」

 龍之介よりもさらに後ろの座席から、豆粒大の桃井翼がウサギのように飛び跳ねて姿を現した。彼女の栗色のお団子が確かな目印になった。


 位置がわかれば、IDを送ってもらうことができる。翼の頭の上に、国民一人一人に割り当てられた数字が輝く演出と共に浮かび上がった。

「ありがとう、これでもう大丈夫」

 和馬が手を振ると、翼も恥ずかしそうに手を振り返した。


 いったい何が彼をそこまで駆り立てたのか、和馬は今になってやっとわかった。

 第十八小隊ブラボー・チームに六人目のメンバーがしっかりと加わった。


 広報官:桃井翼


 これで、現場に着いたらすぐに小隊としての活動を始めることができる。

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