宇宙へお引越し・4a
大型の乗り合い宇宙船は、新しくクロノ・シティに赴任する宇宙消防士たちでごった返している。
荷物を預けてしまって手ぶらになった森崎和馬は、空いている座席を探して船内を歩き回った。こうした場でも組織の階級というものは生きていて、おいそれと適当な席を選んでしまうと偉い人たちに周りを囲まれて気まずい思いをしたりする。
かといって近い階級(和馬は当然ながら一番下の平の消防士だが)と同じ席に着こうとすると、見知った仲間同士で固まっていたりして、その中に加えてもらうのにはなかなか勇気がいる。
同じ航空宇宙消防本部の人間ではあっても、それぞれは違う部署に所属している。現場で働く宇宙消防士の他にも、医療施設に常駐して働く医師もいれば、宇宙船の整備だけをする技術者もいるし、作戦立案を専門とする司令部のスタッフもいたり、新しい機材を開発する研究チームもいたりする。
そんないろんな人たちがごった返している中で、和馬はひどい孤独を感じていた。
「なに迷ってんの? 和馬くんは私と一緒に座ればいいんだよ」
今日の海野沙織はやけに積極的だ。彼女は和馬の腕にしがみつくようにして、うろうろしている彼を自分の身体に引っ張り寄せた。彼女もまた緊張と不安の中で興奮しているのかもしれない。それを男女の心の近しさと勘違いしたとしても、この場合は無理もなかった。
それでも和馬の孤独感が晴れることはなかった。ここに同じ第十八小隊の落合や足立や桐野や檜山がいてくれたらさぞ心強いだろうに、と彼は思っていた。
今の和馬には、女の子が自分に甘えてきてくれても、それを仲間同士の連帯よりも良いものだと思うことができなかった。特に相手が積極的であればあるほど、和馬の心の奥には虚無が広がり、そこに冷たい風が吹き抜けるのだった。
なぜ、そんな気持ちになるのか、和馬には思い当たる過去があった。それは彼が中学生だったころ、お互いに恋人同士だと公言できるような女の子としばらくつき合っていたことがあったのだ。
その女の子の名前は、もう忘れてしまった。ただ、いつも前髪に小さなカモミールのヘアピンを付けていたことだけは今でも鮮やかに思い出される。その子とは毎日一緒だった。学校の行き帰りはもちろんいつも二人きりだったし、放課後に長いおしゃべりをしたり、相手の誕生日にはプレゼントを贈り合ったり、週末にはいろんな場所に出掛けたりもした。きれいな景色が見えるらしいと話題になる場所があったら、必ず一度は一緒に行くようにしていた。夏休みには友達みんなと集まって、その子ももちろん一緒に三泊四日のキャンプをやったりもした。クリスマスにはお互いの家族ぐるみでパーティもやった。
その思い出は、今でも青春の甘酸っぱさとして、ときどき胸に込み上げてくる。
だが、いつしかその関係は終わってしまったのだ。一年近く付き合ってきたはずのその女の子は、突然に和馬の前から姿を消した。死んだわけでも転校したわけでもない。彼女はいつも通りにそこにいたが、それまで和馬と共に過ごしていたあれこれを、他の男の子とするようになっていた。まるで以前の彼女が消え去って、生まれ変わった別人にでもなったかのようだった。それ以来、元の関係に戻ることはなかった。学校で会っても、目を合わせることもなければ、挨拶することもなかった。
なぜそうなってしまったのか、和馬はその理由をしっかり自覚していた。彼は女の子と深い関係になることを拒んだのだ。キスはおろか、手を繋ぐことさえしなかった。その覚悟ができなかった。その女の子と身体が繋がり、心が繋がったその先を想像できなかった。共に歩んでいける自信がなかった。
和馬はそのことを思い出すたびに、はたして何がいけなかったのだろうかとしばしば自問した。だが、何度自問しても結論に辿り着けなかった。男としての責任感の欠如? ただの意気地なし? それともその子に飽きただけなのか? いろんな考えが頭を巡るが、どれも正しいような気がするし、どれも間違っているような気がする。
ただ一つ、確かに言えることは、そんな経験をしてしまった後だと、どんな女の子を前にしても同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと常に怯えるようになったということだ。
海野沙織が潤んだ瞳でこちらを見上げ、こちらの腕に両腕を絡め、さらにはそれを彼女自身の胸に押しつけようとしていたとしても、それに対して純粋にドキドキしたり、慌てふためいたりすることが、和馬にはできなかった。
そんな関係を期待されるよりも、同じ宇宙消防士の仲間としてドライに接してくれたほうがどれだけ気持ちが清々することかと、沙織に対して、しっかり目を合わせて教えてやりたい気分だった。しかし、それをすれば彼女を傷つけ、二度と同じように接してくれることはないだろうと考えると、なかなかその一歩を踏み出せない。
そのもどかしさを打破するきっかけが欲しいと、和馬は常々思っていた。
「ねえねえ、こっちの席が三つ空いてるよ」
遠くのほうから、浅倉晴香が大きな声で手招きしている。その周りを大勢の人たちが行き交っているので、晴香の姿をはっきり見ることはできなかった。
「早くおいでよ、私が取っておくからさ」
晴香の大声がもう一度聞こえた。
「ちょっと待ってて、すぐ行くから」
沙織は大声でそう答えると、捕まえている和馬の腕をぐいぐい引っ張った。「和馬くん、こっちだってよ。早く行こう」
和馬はそのとき、自分でも不思議に思うほど強い力が、自分の喉元に込み上げてくるのを感じた。彼はまるで散歩を拒否する犬のように沙織の腕を引っ張り返すと、周囲の雑踏に負けない声を張り上げて、向こうのほうにいる晴香にこう叫んだ。
「桃井さんはどこにいるの? 搭乗するまでは一緒だっただろ?」
その問いに、雑踏の向こうの晴香は答えなかった。行き交う人々の背後に彼女が見え隠れするが、その姿はただその場に突っ立っているだけだ。
一緒に船に乗ったはずの桃井翼は、いつの間にかいなくなっていた。
「俺、ちょっと桃井さんを探しに行ってくるよ」
「え? どうして?」沙織はすがるように訊いた。
「ごめん、そうしたいんだ」
和馬はやんわりと沙織の手を振りほどくと、人混みの中に力強く踏み込んでいった。




