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宇宙へお引越し・3b

 クロノ・シティでケスラー・シンドロームが起きた影響で、和馬たちの赴任の日取りも前倒しになった。復旧のためにただちに補充の人員が必要になったからだ。

 本来ならば、一週間かけてのんびりと宇宙エレベーターで移動する予定だったのだが、高速宇宙船を使った数時間の移動に変更された。宇宙エレベーターでも時速二百キロメートルの速度が出せるのだが、高速宇宙船ならその二百倍の時速四万キロメートルで飛んでいける。


 三国龍之介の運転する大型バンは、航空宇宙消防本部の宿舎を回り込んで、裏手の飛行場に向かおうとしていた。

「ねえ、龍之介さん」

 車の後部座席に座る沙織が、心配そうに身を乗り出して尋ねた。「私たちの研修はどうなるんですか?」


 ハンドルを握る龍之介は答えた。

「ぶっつけだと不安かい?」

「そりゃあ、不安ですよ」

「しょうがないんだ。教官たちは先に現場へ行ってしまったし、この非常時にゆっくり研修なんかやっていたら世間からどう言われるかわからないからな」


 龍之介は、セリフの途中から隣りの助手席に座る桃井翼に視線を送っていた。彼女こそ消防隊の活動を世間に知らしめる広報官として、常にアンテナを張り巡らしている張本人なのだ。

 翼は「えへん」と咳払いして胸を張った。


「そんなの、口止めすればいいじゃないですか」

 などと言い放ったのは通信士の浅倉晴香だ。彼女と沙織は真ん中に和馬を挟んで後部座席に座っている。「世間に知らせるべき情報なのか知らせるべき情報じゃないのか、広報官さんだって自分で判断できるはずです。組織にとって都合が悪いことは沈黙すべきです」


「あんたも知ったようなことを言うよね」と、沙織は呆れた。

「組織の秩序を守るためには規律が必要だよ」

「あんたがそういうことを言うと、本気なのか冗談なのかわからないから、やめてくれる?」

「沙織、今日の私は本気だよ」

 晴香はあえて主張を曲げない。


 それを聞いた翼は、「むむむ」と眉間に皴を寄せた。

 龍之介は言った。

「そうもいかないんだよ。広報官は消防本部に所属している形になってはいるけれど、組織からは独立した身分になっているんだ。広報官が何を報じるのか、組織が指図する権限はないんだ」

 そう言いながら、龍之介は翼を親指で指した。「政府の方針で、国の各組織は透明化を徹底することになったんだ。すべては税金の使い道を国民に正しく知らせるためさ。これまでは無駄遣いだ無駄遣いだと火のないところに煙を立てるような不毛な批判が多かったから、それらを一掃するためでもある。それに、俺たちが現場で何を必要としているのかを国民が知ることができれば、必要な予算が通しやすくなるしね」


 言いたいことを龍之介が代わりに言ってくれたので、翼は満足そうに「えへん」ともう一度咳払いした。

 さらに、勢いに乗った翼は念を押すように言った。

「龍之介さんのおっしゃる通りです。私たちジャーナリストの使命は、市民のみなさんが納得いく議論ができるように、正確な情報をお伝えすることなんです」


 その一言一言があまりにも純粋で力強いので、晴香はそれに反論することができず、悔しそうに口をつぐんだ。


 沙織はネビュラを通して、晴香の真意を尋ねた。二人のやりとりは文字で行われた。

「なんなのよ、晴香、今日のあんたはずいぶん性格が悪いよ」

「これも沙織のためだよ」

「どういうこと?」

「だって、あの人(翼の絵文字)があまりにもまっすぐ過ぎて、和馬くんが何も言えなくなっているじゃない」


 確かに和馬は、後部座席で二人の女子に挟まれた状態で、肩を縮めてひたすら黙り込んでいる。しかし、その目はキラキラと輝き、ときおり車内のルームミラーに映る桃井翼と視線を交わし合っていた。二人にはどこか通じ合うものがあるかのようだった。

 和馬と翼は、しきりに視線を交わらせたり、逸らせたりして、何かのコミュニケーションを取っていた。二人がネビュラを使っているかどうかは、外からは判断できない。


 それに気づいた沙織は、たちまち頭に血が上った。あまりに血が上り過ぎて言葉が浮かばないらしく、ただひたすら「!」を連打するばかりだった。

「!!!!!!!!!」

「怖いよ、やめて、沙織」

「!!!!!!!!!!!!!!」

 晴香は、真ん中に座る和馬の身体を乗り越えて、沙織の手を握った。そうやってなんとかして落ち着かせようとしたが、沙織の目は半分ひっくり返って白目になったままだった。


 そのとき、本当のところは、和馬と翼はただ視線をほんの少し交わらせただけで、ネビュラでこっそり会話などしてはいなかった。

 ただ、和馬の本音としては、翼に対して訊いてみたいことが山ほどあった。特に、その不思議な服装について尋ねてみたかった。


 三つ揃いのダークスーツとウイングチップの革靴は、今はもう伝説になってしまった名アンカー、ディビッド・リップマンのおなじみのコスチュームだ。和馬と同世代の若者たちはみな、幼少期からリップマンの報道の洗礼を受けている。だから大なり小なり彼に対する憧れの気持ちがあった。


 和馬の場合は中くらいの憧れの気持ちだが、翼はきっとものすごくリップマンのことを尊敬しているに違いないことだけはわかる。それを隠し立てもせず、まっすぐ表に出す翼の率直さに、和馬はすでに惹かれ始めていた。


 そうしている間にも、車は飛行場に着いた。たくさんの宇宙船がひっきりなしに飛び立っている様子は、ほんの数日前の緊急出場命令のときの光景をほうふつとさせた。

 本来ならばみんなそろって宇宙エレベーターで移動しながら一週間の研修を受けるはずだったのだ。それが今は、慌ただしく準備のできた者から手当たり次第にピックアップされて、宇宙へ連れて行かれているような状況だった。


 第十七小隊と第十八小隊の他の新人たちは、先にクロノ・シティに飛び立っていた。リーダーの和馬と沙織(それと晴香)は、地球に残った最後のメンバーだった。


 龍之介の運転する大型バンは、巨大な宇宙船に尻を向けて停車した。後ろの扉が開くと、飛行場のスタッフがすべての荷物を宇宙船へ移し替えてくれた。


 龍之介は、運転席から後ろを振り返って、言った。

「さあ、降りろ。もう手続きは全部済んでいるから、後は飛び立つだけだ。三時間後には向こうに到着しているはずだぞ」

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