宇宙へお引越し・3a
急に横から現れたスーツ姿の女の子は、和馬よりも頭一つ分小さかった。その華奢な身体をぴっちりとダークスーツで覆っているので、さらに体格がスマートに見える。その反面、栗色の髪をお団子にして頭のてっぺんに乗せ、大きな目をくりくりと動かしている姿には生き生きとした愛嬌があった。
「どうも初めまして、フリージャーナリストの桃井翼と申します」
彼女は積極的に握手を求めてきた。
しかし、大荷物を抱えて前を見ることも困難な和馬たち誰一人として、その握手に応じることができなかった。
すぐにそれに気づいた翼は、両手を顔の横でフリフリさせて、自分のそそっかしさを謝った。
「あら、ごめんなさい、握手なんてできないですよね」
そう言うと、彼女はぐいぐいと前のめりになって、荷物を持つのを手伝おうとした。「いいんですよ、これからお世話になるんですから、手伝わせてください」
「お世話になる?」
言われた意味がわからない和馬を尻目に、コンテナケースを奪い取った翼はその重さによろよろしながら先に行ってしまった。
翼は、龍之介がこの日のために用意しておいた大型バンの後ろの荷台まで一息に歩いていった。
「龍之介さん、この荷物はこの車でいいですか?」
「ああ、いいよ」と答えた龍之介も困惑している。
その隣りで、ようやくタコ踊りをやめた幸子がニヤニヤしながら突っ立っていた。
荷台にコンテナケースを積み終えた翼は、さらに次の荷運びを手伝うために取って返した。
なるほど、幸子が来たのはそういう魂胆かと龍之介は勘づいた。
「おい、幸子さんよ」
「なんでござんしょう? 龍之介殿」
「あの子、華の妹の翼ちゃんだよな?」
「どうやら、そのようでございますね」
「はあ……」
と龍之介はため息をつくと、いつの間にか額にうっすらと滲んでいた汗を手の甲で拭った。「あんた、今はあの子の後見人なのか?」
幸子はすぐにはその問いに答えず、ただただもったいぶった笑顔でにこにこと見返すばかりだ。
すぐに翼は次の荷物を抱えて、大型バンのところへやって来た。
「龍之介さん、ケースがあと五つ残っているらしいので、私も取りに行ってきますね」
「あんまり慌てて転ぶなよ。そのスーツが破れたりしたら大変だろ」
「大丈夫ですよ、そんなドジしませんって」
自信たっぷりにそう言い切った翼だったが、取って返そうと身体を回した途端に何もないところでつまずきそうになった。彼女は「うおおおおおお」という低い唸り声を上げながら、慌てて両足を前に出し続け、すんでのところで転ぶのを回避した。
その元気いっぱいなところとドジなところは、姉の華とよく似ていた。龍之介はそういうタイプの女性と接すると、いつも決まって肩の力が抜けて、楽しい気分になってくるのだ。
「龍之介ちゃん、あの子とだったら、うまくやっていけるんじゃないの?」
幸子はそう言って頭を傾け、サイドテールの髪を龍之介の鼻先でゆらゆらさせた。龍之介はくしゃみが出そうになった。
「ちゃんと……、隊長に……、話は通して……」と言い切る前に、龍之介は大きなくしゃみをぶちかました。「ぶはっくしょん! ……話は通してあるんだろうね?」
「そりゃあ、もう」
面白がった幸子は、その場でくるくると回転し、サイドテールで龍之介に何度もくしゃみをさせた。
和馬たちがようやく、最後の荷物を抱えてやって来た。和馬と沙織と晴香の三人がケース一つずつをようやく運んできたのに対し、元気いっぱいの桃井翼はそれを二段重ねにして、足元もおぼつかないというのに一番乗りでやって来た。
「龍之介さん! これで荷物は全部です!」
ぜえぜえと肩で息をする翼は、顔からだらだらと汗を流している。
「翼ちゃん、ご苦労様」
幸子はいつの間にか手に持っていたふかふかのタオルで、翼の汗を拭いてあげた。その高級感あふれるピンクのタオルをどこから持ち出したのだろうかと龍之介は不思議に思ったが、そんなことをいちいち追求していたのでは幸子という人間とまともにつき合うことはできないことを、彼はよく理解していた。
翼ががんばってくれたおかげで引っ越しの積み込みはあっという間に終わった。だが、そんな元気な女の子の乱入に、新人宇宙消防士たちは戸惑うばかりだった。
桃井翼という名の知れた人物が、そこまで一生懸命やってくれたということの裏には、必ず何か理由があるはずなのだ。
ガラパゴス日本区人工島の中央官庁街に、強いビル風が吹き抜けた。からりとした涼しい風は、引っ越しで火照った身体を心地よく覚ましてくれた。
ジャージ姿の新人三人と、三つ揃いのダークスーツをばっちり着こなした女の子が向き合っている。その横では、ベテラン宇宙消防士と一人の奇特な女がその場を見守るように立っている。
翼は、頭の上のお団子を無造作にぎゅっと握った。そうすると、髪留めの中に仕込まれている機械細胞が自動的に髪をきれいにまとめてくれるのだ。ついでにオプション料金を払うことによって、顔のメイクも直してくれたりする。
そうしてめかし直した桃井翼は、あらためてみんなの前で姿勢を正した。
「それでは、ご挨拶をやり直させていただきます。私がフリージャーナリストの桃井翼です。官民人事交流法に基づき、これから、私はみなさんと一緒にクロノ・シティで宇宙消防士としての生活を送らせていただくことになりました。不束者ではございますが、どうかよろしくお願いいたします。所属は第十八小隊、担当は広報官です」 翼は細い身体を九十度に折り曲げると、右手をまっすぐに差し出した。その堂々とした仁義は、デブリをその身に浴びながら長口舌をふるった女性と確かに同一人物だと思わせる説得力があった。
和馬たちは、畏れ多く思いながら、その右手を順番に握り返した。「こちらこそ、どうぞお手柔らかに」と願わずにはいられない気分だった。
戸惑う後輩たちのために、龍之介はきちんと説明した。
「今、彼女が言った通り、官民人事交流法といって、民間企業から公務員になったり、公務員が民間企業に出向したりする制度があるんだ。彼女は国の要請を受けて、俺たちと一緒にしばらく活動することになった。広報官として俺たちに密着し、宇宙消防士という仕事をもっと世間に広く紹介するために彼女は働くんだ。彼女がいるからといってむやみに気負ったりせず、いつもの君たちとして、職務に励んでほしい。これまでの訓練の積み重ねが、きっと君たちを立派な宇宙消防士に育て上げてくれたはずだと、俺は期待している。どうか、がんばってくれ」
新人宇宙消防士の三人は姿勢を正すと、消防学校で教わった通りの敬礼のポーズをとった。ジャージ姿が初々しさと力強さを同時に強調している。和馬は代表して言った。
「こちらこそ、ご期待に沿えるよう全力を尽くしてがんばります」
龍之介は答礼でそれに応えた。
それを見届けた天野幸子は、満足そうな微笑みを浮かべて、そっと後ずさりした。彼女がこっそりそこから立ち去ろうとしていることに気づいたのは翼だけだった。幸子のサイドテールが、道にとまっている車の陰に隠れた。
翼はネビュラを通して、幸子にお礼を言った。
「幸子さん、今まで本当にいろいろありがとうございました」
それに対し、幸子は二頭身のイラストつきで答えた。
「コネに頼れるのはここまでだよ。あとは君一人の力でやっていくんだ。せいぜいがんばりたまえ」
翼がその姿を探そうとしたときには、幸子はすでに都会の人混みの中に消えていた。




