第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(後編)・4b
落合茂雄と浅倉晴香の二人の通信士は、直径百メートルのグラフェン・シートの網が、「どの部分から」裂け始めるのかを調べた。
春香が、「私は網のどの辺りが危ないか調べるね」と言うと、茂雄はすぐに「じゃあ、俺は飛んでくるデブリがどの辺りに集中するかを調べるよ」と言った。そのやりとりはオープンチャンネルで行われた。
まるで土砂降りの中で傘を広げたように、猛烈なデブリの飛来に網は今にも破れそうだった。網は弾性を持っているので、柔らかくたわむことによって受ける衝撃を小さくすることができる。茂雄はそれらを考慮したうえで、現在飛来してくるデブリを計測可能な距離いっぱいまで拡大して計算した。
茂雄のレーダーには、半径五十キロメートルまでの範囲で、こちらに向かって飛んでくるデブリが立体的に表示されている。それはクロノ・シティをすっぽり覆えるくらいの広さだ。
一センチメートル以上の大きな破片は、すでに他の消防宇宙船が回収してくれているので、考慮に入れる必要はない。現在こちらに向かってきているのは、いずれも数ミリメートル単位の微小なデブリだ。ただ、それらが雲のように密集しているので、その合計質量は大変なものになる。
特に密集している部分は赤く、まばらな部分は青く、茂雄のレーダーに表示されている。宇宙消防士のネビュラは司令本部のスーパーコンピューターに繋がっており、広げている網のどの部分に、その赤い塊が衝突するのかを、時系列順に計算することができる。茂雄はそれらのデータをざっと分析したうえで、春香が調べている網の状態のデータと照らし合わせた。網の状態もまた、すでに破れ掛けている部分は赤く、まだ大丈夫な部分は青く表示されている。
二つのデータを重ね、赤と赤がぶつかる部分が、もっとも破れる可能性が高いポイントということになる。
「森崎・海野両リーダー、こちら通信士の落合」
茂雄は形式に則って粛々と報告を行う。彼はグラフェン・シートの網の立体モデルを示したうえでこう言った。「デブリの飛来量と網の耐久力のデータを合算した結果、以下の三か所がもっとも緊急を要する部分になります。それと、それより程度は軽いですが、さらに五か所が次に危険とみなせる箇所になります」
リーダーの森崎和馬と、もう一人のリーダーの海野沙織が、そのデータを共有した。もっとも緊急を要するとされる三か所は、崩壊までのカウントダウンがそれぞれ示されている。一つは残り十三分を切り、他の二つも十七分と十六分しか残されていない。
それらが一か所でも破れれば、せっかく集めたデブリは宇宙に広がり、さらなる被害を発生させることになる。密集している分だけ質量が大きく、速度も時速一万一千キロメートル(音速の九倍程度)を維持しているから質が悪い。
そのとき、ようやくアルファ・チームの桃井華と通信が繋がった。
「ごめん、おまたせ。和馬くん、そちらはどんな感じ?」
「今すぐ応援に来ていただけませんか? もうすぐこちらは限界を迎えそうです。今、僕らに与えられているリソースでは、どうすることもできません」
和馬は、今現在のデブリの飛来状況と網の状態を示したデータを送信しながら、畳みかけるように言った。
切羽詰まっている和馬の問いに、華の返事は歯切れが悪かった。
「こっちも救助が立て込んでるの。なるべく時間を見つけて応援に向かうようにするから、もうちょっと待てる?」
「もう残り十一分しかありません」
すがりつくようにそう言いながら、和馬も自分の胸がひりひりと痛むのを感じていた。華たち先輩のアルファ・チームが今やっている仕事は、目の前で今にも消えようとしている命を救う仕事だ。自分たちはまだデブリが飛散してしまったとしても、その後で何とか手を打つことができるが、先輩たちが救い損ねた命はもう二度と戻ってくることはないのだ。
――一つの命を救う者は、世界を救う。
あのときのナザレの言葉が、和馬の頭の中に聞こえてきた。
先輩たちの手を煩わすわけにはいかない。
和馬は、五十メートル向こうで網をつかんでいるもう一人のリーダーの沙織に、こう呼びかけた。
「僕たちで何とかしよう。急げばなんとかなるかもしれない」
「でも、どうやって?」
沙織のその声は落ち着いてはいるが、かなり張りつめていた。
「とりあえず網を修復するんだ。その材料と道具だけを先輩たちに送ってもらおう」
沙織はそれを聞いただけで、おおよそのイメージがつかめたようだった。彼女はいつものふんわりとした口調に戻って、オープンチャンネルで他の隊員たちも聞こえるように言った。
「そうね、修復すればなんとかなるかもしれないね」
すると、ざわめいていた隊員たちが、すっと静かになった。
和馬はすぐさま華に呼びかけた。
「華さん、宇宙ドローンを十機ほど送ってもらえますか? それにグラフェン・シートの予備を縛りつけておいてもらいたいんです」
向こうの華には、その説明だけで和馬たちが何をしようとしているのかおおよその察しがついたようだ。
「十機で足りるの?」と華。
「それ以上あっても使いこなせないと思います。ドローンなら、すぐ打ち出せるはずですよね」
「シートを付けるのに一分だけくれる?」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、すぐやっとくよ」
華が力強く通信を切ったので、その勢いに乗って和馬は隊員たち全員に呼びかけた。
「もうすぐグラフェン・シートの予備をドローンと一緒に送ってもらうことになった。それで網を修復して時間を稼ぐ。とりあえずそれでやっていくことにするけど、異論がある者はいるかい?」
残り九分を切っているのに、反対意見を出す者はいない。みんなは二人のリーダーの決定を信じることにしたようだ。
グラフェン・シートではないが、炭素繊維の複合材料をレーザーで溶接する訓練は全員が受けていた。特に宇宙船の修理に欠かせないその技術は、宇宙船技師の桐野十三と暁しずくの得意とするところだ。
和馬は言った。
「宇宙船技師の桐野と暁さんは、網の修復をお願いします。救命医の足立と桜井さんは、その助手としてそれぞれ付いてください。修復のために今の持ち場を離れるメンバーの代わりに、ドローンが網を支えます。そのドローンをパイロットの檜山と黒川さんが操縦してください。通信士の落合と浅倉さんは、網の修復状態を見ながら桐野と暁さんに場所を指示してください。そして、俺と海野さんは……」
一呼吸おいて、彼は言った。「みんなの手の回らない部分を手伝います」
こうして、やるべきことは決まった。
華が言った通り、一分の作業時間の後に、十機のドローンが射出されてきた。それらが操縦可能圏内に入ろうとしているときに、アルファ・チームの宇宙船技師の千堂しのぶから、みんなにこんな言葉が送られた。
「こちら千堂しのぶ、ブラボー・チームの諸君、君たちのために材料を用意しておいた。足りなくなったらまずいから、詰め込めるだけ詰め込んでおいたよ。それでも足りなくなったら言ってくれたまえ」
「ありがとうございます」和馬は代表してお礼を言った。
「みんながんばりんしゃいね」
という、パイロットの佐藤愛梨紗の声も届いた。「そっちにはすぐには行けんばってん、きっとみんなならできるて信じとるよ」
さらに、救命医の天野妙子の声も。
「これまで訓練でやってきたことを思い出せば大丈夫だよ」
そして、通信士の夏木ユズもこう言った。
「もう何も言うことはなくなったから、以下同文」
そのノリにまだついていけない新人たちは、シーンと静まり返った。
「また問題が起きたら連絡をちょうだいね。最優先で手を打つから、遠慮しないで」
桃井華のその言葉を最後に、先輩たちからの通信は終わった。
残された時間はわずかだ。
「さあ、みんな始めるぞ!」
和馬の一声で、みんなは動き出した。
ドローンの操縦はパイロットの檜山と黒川さんが握った。ドローンのそれぞれの背に、重ねられたグラフェン・シートが縛りつけてある。それらを一枚一枚手に取って渡す仕事を、救命医の二人が受け持った。
シートを受け取って、直接網にレーザーで熱溶着を行なうのは宇宙船技師の二人だ。
通信士の二人は、デブリの飛来量と網の修復状態を逐一調べて回った。
リーダーの二人は、手が回らない三つ目の修復個所を、見よう見まねで熱溶着することになった。
そうしてみんなが忙しく飛び回っている間、二人のパイロットは網を支えつつ、残ったドローンを使って網をしっかり円形に広げて保持する仕事を受け持った。
その様子は、他の国々の宇宙消防士たちからもお手本として注目を浴びることになった。和馬と沙織のとっさのアイデアは、すぐさま周りの隊員たちの真似するところとなり、同じような光景がこの周囲の現場のあちこちで展開されることになった。
ともかくも、新人たちの初仕事はこれで一つの山を越えた。この後、リーダーたちと合流したみんなは、今後正式にクロノ・シティでの勤務が決まることになる。




